悪役令嬢はスローライフを語り怪盗の旗を折る
いいのよ、アラン。運命の相手に出会ってしまったなら、仕方ないわ。恋する心は、誰にも止められないもの。
貴方はきっと、私との婚約を白紙にされるおつもりね。けれど、色恋を理由に貴族同士の婚約を無効になどできないわ。
恋に狂った貴方は、邪魔な婚約者を排除なさるでしょう。ありもしない不義の噂をばらまいたり、その可愛い方を破落戸に襲わせた犯人が私だなんて、恐ろしい濡れ衣を着せて名誉を汚すのです。
私はお慕いする貴方から、こんな女とは結婚できないと、公の場で棄てられてしまうのよ。
もう王都では暮らせませんわ。惨めな小娘は家を出るよう、お父様から……いえ、お母様から……ううん、お兄様から……死んでも言いませんわね。
そうだわ! 妹のマーシャなら、紅玉のブローチをあげれば言ってくれるかもしれないわ。
買収に応じたマーシャの命令に従い、咽び泣く両親と兄を振り切って追放された私は、粗末な小屋に住み、畑を耕して生きるのです。
たぶん、栽培する作物はホロロ芋よ。
ホロロ芋を作り、ホロロ芋を食し、またホロロ芋を作る毎日。衣服はホロロ芋繊維のドレス、履き物はホロロ芋蔓を編んだ草履。
すっかりホロロ芋女に成り果てた私が、鍬を担いでトボトボ道を歩いていると、立派な馬車が通りかかるのです。
馬車には貴方たちが乗っているの。きっとご旅行の途中でしょうね。落ちぶれた私に、貴方たちは気付かない。立ち竦む私へ御者が横柄に尋ねるわ。
「おい、女。エレガンス城への道は、ここであっているか?」
私は、こう答えるの。
「ホロロォ……」
おお、神よ……なんという悲劇でしょうか!
ずっと誰とも口をきいていなかった私は、言葉を忘れているのです。悲しいわ、アラン! なんて悲しいの! こんなにお喋りな私が、ホロロしか言えなくなるなんて!
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宰相子息アランは困惑した。彼は聖ラブリー学園の校内で迷っていた下級生の男爵令嬢を、道案内していたのだ。そこへ通りかかった婚約者が涙ながらに、先程の与太話を始めたのである。
「嫉妬かい、ビアンカ?」
「そうですわ!」
「それが何故、芋の話になるんだ。まったく……君って人は、僕がいないと駄目なんだな」
あとは直進するだけだと下級生に教えたアランは、婚約者を連れてカフェテリアへ向かった。
彼は知らない。最近、高位貴族の子息へつきまとっている下級生が、婚約者を憎々しげに睨んでいたことを。
そして、ビアンカが彼女を振り返り、薄く冷笑したことを……。