江戸
江戸。
東京の旧名称であり、江戸幕府の設立と時を同じくして誕生した街である。
徳川家康が征夷大将軍に任命されたことを機に生まれたとも言える。
俺が何故、江戸の話をしてるかって?
馬鹿女神は"江戸"をベースとした世界しか作れないらしい。
しかも、普通に歴史上に存在していた江戸。
工夫も何にも見られないリアルE.D.O。
ハイファンタジーな世界を夢見ていたのに江戸って詐欺だろ。
「しゅみません……」
「よーーーーし、聞こう。よりによって何で江戸なんだ?」
「ちょんまげが好きだったんです……。かわいい、ひっ、睨まないで下さい」
「16世紀のヨーロッパとかは? 魔女狩りあったし、ファンタジー感あるし」
「私、ずっと日本ばかり見ていて……。それに、日本語以外苦手ですし……」
「じゃあさ、漫画が好きって言ってただろ! そこから何か作れないのか?」
「ハァ? 頭、お馬鹿なんですか? 漫画で世界が作れるなら女神はいらないです」
「……お前に言われたくねぇよ」
「ていうか、人を幸せにするのにファンタジー要素が必要なんですか?」
「うっ……、それは、まぁ、確かに」
俺が怯んだことに、ふふん、と鼻を鳴らす女神。
ムカつくわ、殴りてぇ。
馬鹿な女神に指摘されたのは悔しい。
だけど、クレアの言葉に一理あるのは確かだ。
最近流行りの異世界転生に囚われすぎていた。
けど、テンプレを利用しないというのは勿体ない気もする。
昔、たまたま読んだ本で感銘を受けた言葉があった。
《感情的体験を伝えて金が得られるのであれば、それはビジネスである》
民衆が望むモノを提供すれば、金は得られる。
感情的体験は絵画、映画、小説などで置き換えてもいい。
俺が今、欲しているのは異世界を作る為のポイントだ。
それを得るには、転生者が満足する感情的体験を誘発させる必要がある。
じゃあ、何をするのか?
目的のため最短距離を突っ走るにはテンプレを利用するのが簡単だ。
それがチートスキルであり、覚えたスキルが有利に働く異世界の構築となる。
万人受けするには中世ヨーロッパ風の世界が無難だろう。
人選も簡単だ。
異世界転生という流行を熟知する人間を連れて来ればいいだけだ。
今の俺みたいにダラダラと転生前に底辺女神と戯れていては駄目だな。
さっさと異世界に吹っ飛ばして末永く幸せになって貰わねば。
俺はポイントをゲットしてWIN WINの関係だ。
そのためには、やっぱり中世ヨーロッパ感は必要なんだ!
俺も異世界転生するのかなと想像した時、真っ先に浮かんだ世界感だしな!
「クレア! やっぱり、中世ヨーロッパは必要だと、」
「江戸しか作れませんから諦めて下さい。江戸江戸江戸江戸江戸江戸だけです」
「江戸で……」
「はい、江戸です! エヘヘ」
俺を洗脳したことに満足気に笑うクレア。
可愛いなぁ、そして、終わったは俺。
小説サイトで例えれば、転生先が普通の江戸でブラバされるヤツだわ。
「クレア、もし江戸に転生させたら次のことが予想される」
「えっ? 何ですか?」
「ブラバポイントという言葉はクレアの消滅を意味すると思ってくれ」
「えっ、何、やだ、聞きたくないです。ブラバ超怖いです」
ちなみに、ブラバはブラウザバックの略称な。
WEB上の小説でも動画サイトでも面白くなかったら、戻るボタン押すだろ?
駄目女神にはブラバは死の宣告だと誇張して伝えておいた。
さて、俺達の終焉を超短編小説にするとこうなるだろう。
『俺は死んだ。 ←ふーん
馬鹿っぽい女神に異世界に飛ばされた。 ←ブラバポイント1
転生先は江戸! ←ブラバポイント2
普通の江戸! ←ブラバポイント3
リアル江戸なので言葉も微妙に通じない。←ブラバポイント3.5
スキルも勿論ない。 ←ブラバポイント4
諦めたわ、町人として生きるぜ! ←ブラバポイント5
続く』 ←続くんかい、ブラバ
ブラバポイントの嵐。
だって、普通の江戸としか言えないんだぜ。
100歩譲ってちょっと変わった江戸でも厳しいだろうが。
俺はクレアに言う。
「死亡フラグしかないんだよ。分かるな? 馬鹿だから分からんか?」
「ていうか、プラバポイント? の一番目おかしくないですか?」
「いや、お前見たらブラバするじゃん」
「私で詰んでるじゃないですか! 江戸行く前に終わってりゅじゃなすかぁ……」
後半、涙声で何を言っているか分からない女神を無視した。
泣きたいのは俺なんだ。
これから、どうやってポイントを……、いや、待て。
冷静になれ、俺。
そもそも、クレアは一般人が入ると死ぬ世界しか作れないのではなかったか?
「クレア! 前に世界そのものすら作れないって言ってなかったか?」
「ずびっ、ちゅくるんじゃなくて、江戸は"転写"したんです」
「てんしゃ?」
「はい、現実世界をそのままコピーするっていうか……」
「そんなこと出来るのか?」
「生命体のコピーは禁則事項で無理ですけど、それ以外は瓜二つな世界です」
「じゃあ、今の時代をコピーすればいいじゃん」
「ポイント使うんです。私、江戸はいっぱい転写した余りがあるので」
「……ちなみに、江戸世界を幾つ作れるんだ?」
「47江戸です」
「江戸を単位みたいに言うんじゃねぇよ。しかも、江戸多すぎだろ」
「私、失敗するから沢山、予備を持ってないと駄目ですし」
「確かに400年前って江戸時代だもんな。ニーズの薄い腐った世界になったか」
「酷い! そんな言い方!」
需要は無いとは言わない。
かなり、ニッチな層にしか受け入れられない世界ではあることは確かだ。
多分、優秀な女神なら、江戸をカスタマイズして素敵異世界にするのだろう。
だがクレアは駄目だ。
普通の江戸が極寒や灼熱の地となり、落書きのような化物が闊歩する。
人が生きていける世界ではなくなる。
「ちなみに、転写を1回するのに何ポイント使うんだ?」
「10万ポイントです! ふべっし!?」
何故、馬鹿が470万ポイントを持っているのか?
その疑問より先に手が出ていた。
綺麗な水平チョップが女神のおでこを穿つ。
どうして、そのポイントを少しでも残しておかなかったんだ……。
本当に馬鹿女神。
そして、最初に作る俺達の異世界は強制的に江戸となるのだった。
現在所持している異世界構築ポイント:413pt