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約束

「ハアハア……、ここは落ち着いて話そう」

「ハアハア……、そうですね」


 不毛な争いにより疲弊した俺達はちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。

 真面目に状況を把握する必要がある。


「まずは名前だな。アンタの名前は?」

「女神のクレアです」

「よし、クレア。お前はここで何をしているんだ?」

「ずっと、寝ていました」

「…………。質問を変えよう。お前の仕事は何だ?」

「女神は異世界を作り、死人を転生させるのが仕事です」


 やはり、異世界に飛ばすことが出来るらしい。

 腑に落ちないのはクレアが、それを不可能と断言したことだ。

 目の前に置かれた"温泉マーク"が印象的な湯飲みを取る。

 クレアが用意したモノだが中身は普通のお茶で案外美味しかった。

 喉を潤したところで、気になった点について質問する。


「クレアが異世界を作るのか?」

「はい。作った世界で、人を幸福にしたり、ある人には試練を与えたりです」


 穏やかな笑顔で話すクレア。

 それを見ていると与えられた役目が嫌いなわけではないらしい。

 職務怠慢で惰眠を貪っていたのなら容赦しないところだった。


「人を幸せにする方法が異世界転生ってわけだな。他にも方法があるのか?」

「ないです。異世界転生関連が女神に与えられた力なので」

「肝心要のそれが出来ないのはなんでだ?」

「私、才能無いんです。特に異世界を作る能力が壊滅的に駄目で……」


 唇を噛み締めて、俯くクレア。

 両肩の上がり様からちゃぶ台の下で拳を強く握り締めているのが分かる。

 悔しいんだろうな。

 だからといって諦めた挙句、不貞寝してるのはどうかと思うが。

 そのせいで俺が不幸になっているわけで。


「他にも女神がいるのか?」

「……いますよ。皆、優秀で沢山の人を幸せにしているんじゃないでしょうか」

「でしょうか、って仲間が何やってるか分からないのか?」

「私、ハブられているので……」


 見ていて可哀そうになるくらい落ち込んでいる。

 アッチも歪んでるし、コンプレックスの塊なんだろうな。

 女神も大変だ。

 人間社会と変わらない。

 クレアの様子から他の女神に取り次いで貰うことも止めた方がよさそうだ。

 お願いすれば、嫌々やってくれそうな性格に見える。

 それで、ハッピーな世界に行けるのなら万事解決だ。

 俺はな。

 クレアの心はそうじゃないだろう。


「ちなみにさ、クレアも世界を作ったことあるんだろ?」

「あ、あるに、決まってるじゃないですか!」

「…………。作った世界ってどんなところなんだ?」

「冬は骨まで凍り、夏は息が出来ない世界です」

「何処の精神と時の部屋だ。それ……」


 暑いと空気が膨張して、一定空間あたりに占める体積が減るからな。

 つまり、一息に吸い込む酸素量が減少する。

 それで夏とか息苦しさを感じるわけだが、息できないってどんだけ暑いんだよ。

 というか、暑さで死ぬんじゃなかろうか。

 人間って気温45度以上は耐えられないって言うし。


「他にはどんな世界を作ったんだ」

「子供のお絵描きみたいな世界です」

「うん? よく分からないんだが……」

「人間とか棒で、花は幼稚園? で見る花丸マークみたいな世界です」

「髪の毛とか丸頭に三本生えてるみたいな?」

「凄いです! よく分かりましたね」


 その世界で長い期間、過ごしたら精神が壊れるだろ。

 動物とか何か分からん造形でバイオハザード並みの恐怖を感じそうである。

 クレアに絵を描かせてみたいが止めておく。

 美大生である俺はイライラして、口やら手が出かねない。

 

「大体、分かったわ。クレアに望みを託すのは諦めよう」

「すみません。他の女神に頭を下げて、助けて貰えるようお願いしてみます」

「クレアは嫌だろ、それ? 俺なら心底、悔しい気持ちになるけどな」

「私は人を幸せにするために存在します……。だから、気にしないで下さい」


 嘘偽りの無い笑顔ってこういうことを言うのだろうか。

 眉根を下げて、微笑むクレア。

 自分が傷付くことより、他人を幸せに出来ない自分に諦観の念を抱いた笑顔。

 ここで素直に、お願いします、と言えない自分がもどかしい。


「ハァ、分かった。俺も協力して異世界を作る、それでどうだ? 出来るか?」

「一緒に異世界を作る? 手伝ってもらうことは可能だと思いますけど……」

「なら、俺の望む世界を作って、転生すればいい。それで万事解決だ」


 クレアはゆっくりと瞳を閉じる。

 俺は何も言わずに答えを待った。

 そして、


「悠斗さんは優しいんですね」

「バーカ、お前。俺のために、俺の世界を作るんだ。優しいわけじゃねぇよ」

「そんなことないです。女子に優しく出来るなんて、本当に童貞さん何ですか?」

「アニメみたいな女子と話せないテンプレ童貞じゃない。童貞偏見だぞ、それ」

「御免なさい。四百年近く人と接したことなくて、偏った知識しか無いんですよ」

「まさか、本当にずっと一人だったのか?」

「一人でしたね。現代の知識は漫画を沢山見て、勉強したんです。童貞さんも」


 コイツ、駄目だ。

 早く何とかしないと。

 引き籠りの子を持つ親の気持ちが何となく分かってしまう。

 それくらい、クレアに親近感を持っているという証でもあるんだが。

 半目でクレアを見る俺。

 

「悠斗さんに協力して頂けるなら、ちゃんとした異世界が完成しちゃうかもです」

「当たり前だろ。そうじゃなきゃ、その世界に転生したくねぇよ」

「ですよね。もしかしたら、最期の異世界作成になるかもしれないですし……」

「ん? 最期ってどういう意味だ?」

「不出来な私に与えられたチャンスは残り一回。それで、人を幸せに出来なかったら、女神クレアという存在は全ての世界、時間軸から消滅するんです」


 クレアが引き籠っていた理由が分かった気がした。

 基本、優しい奴だ。

 可能であれば異世界を作って、人を幸せにするために邁進していただろう。

 だが、度重なる失敗で消滅という名の最後通告を受けたわけだ。

 駄目女神を成功させてやりたい気持ちもある。

 だが、普通の大学生である俺に世界が作れるのだろうか。

 失敗すればクレアは消え、俺は白の世界に永遠に閉じ込められる。

 全く、面倒くさい。

 底辺女神も、異世界作るのも、俺の性格も……。


「クレア、約束しろ。俺が望む最高の異世界を作るまで死ぬなよ。いいな?」

「あっ……」

「どうした返事は?」

「はい……。はい、女神クレアは悠斗さんが望む世界を必ず作ると約束します!」

「やっと、本当に笑ったな。その笑顔なら絵に描いてもいいと思うわ」

「えっ?」

「画家の俺が言うんだから間違いない。だから、本当に惜しい。アッチが歪なのが」

「くぅっ、馬鹿、最っっ低! 何でイイ雰囲気ぶち壊すんですか!」


 俺は子供パンチでポカポカ殴ってくるクレアを軽くあしらう。

 おっぱいソムリエ(男子大学生)と駄目女神。

 ここから、俺とクレアの失敗出来ない異世界構築の物語が始まるのだった。


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