女神
異世界転生。
命を落とした後、選ばれし者に与えられる特権。
パターンが幾つかあり、底辺に落ちぶれることもあるが期待はしてしまう。
どん底でも成り上がりでハッピー確定だからだ。
「それにしても、何も無い空間だな。女神とかいない、ん? あれは何だ?」
白い空間に不釣りあいなちゃぶ台。
その横には煎餅布団が敷かれていて、何やらゆっくり上下している。
誰か寝ているのか?
ツッコミどころはかなりあるが、俺は興味本位で布団に近付いていく。
そこに寝ていたのは女神だった。
掛け布団のせいで、肩口より上しか確認できないがファンタジーな服装である。
青の衣装に翡翠色の髪。
顔は普通に可愛い。
何やら悪夢にうなされているようで、モゾモゾ動いている。
俺はそんな彼女を起こすため、
「起きろ!」
足蹴にした。
女神なのに胸の造形が美しくない。
普通の人はそう思わないが、芸術家である俺は違う。
左右非対称が際立つ。
顔が可愛くても、アッチが歪なら攻略対象外だ。
「い、痛いですぅ。何するんですか!」
「起きたか、女神。さっさと俺を異世界に転生させろ」
「えっ!? 何でここに人がいるんですか? ヤダ、怖いです!」
掛け布団を装備しつつ、ぴゅーんという擬音を伴って女神が後ずさる。
瞳に涙をなみなみと溜めて恐怖する表情に、流石に罪悪感が湧いて来た。
俺は胸の造形が微妙な奴には厳しいが、鬼畜ではない。
「落ち着け、俺の名前は天海悠斗。人畜無害な年齢20の美大生だ」
「悠斗?」
母親以外の女子に下の名前を呼ばれたこと皆無、イコール、年齢。
そのせいか、若干のくすぐったさを感じてしまう。
俺は怖がらせないように、少しずつ距離を取って言葉を重ねる。
無闇に近付く行為は相手を警戒させる要因の一つだからな。
「どうやら、死んだ後にこの世界に飛ばされたらしいんだ」
「そうだったんですか……。ご愁傷様です」
「どうも、ご丁寧意に」
「……………………(俺)」
「……………………(女神)」
お互い丁寧にお辞儀した後、沈黙が続くこと一分。
俺は女神に高速で近付き、両頬をつねった。
「何かあるだろ!? 異世界転生とか、異世界転生とか、異世界転生とか!」
「いひゃいです! 異世界てんへいしか言ってないれす」
「お前に出来るのは、それだけなんだろ! はよ、俺を夢の世界に飛ばせや!」
「できません!」
女神の意を決した大声に、俺は彼女の頬から手を放してしまう。
今なんて言った?
否定の言葉が聞こえたような気がしたんだが……。
「マジで、できないのか?」
「私、駄目女神で、異世界に送ることも、スキルを与えることもできないんです」
「待て待て待て、俺はこの白い世界からどうやって出ればいい?」
「魂が摩耗して朽ち果てるまで居るしかないです。最後は完全消滅して終了です」
「ふぁっ!?」
くらっとした。
眩暈を覚えるってこういうことを言うんだな。
暗くなりかけた意識を気合で戻して女神を睨む。
女神はビクっと身体を震わせると、作り笑顔で俺を見る。
「一緒にずっと寝ていましょう。魂朽ち果てるまで」
「何が悲しくて、胸が歪な奴と一緒にいなくちゃいけないんだーー!」
「うわーー! 何で知ってるんですか! 見たでしょ、寝てる隙に見たんでしょ!」
大量の涙を流しながら俺に縋りついてくる女神。
ええい、鬱陶しい。
流石に女の子を思いっきり突き飛ばせないので、強烈なデコピンを浴びせる。
「あだっ!」
「落ち着け、俺は童貞だ。直接見るとか、そんな勇気ある筈がない」
「ぐすっ、じゃあ、何で知ってるんですか?」
「顔とおっぱいで神経衰弱が可能な俺に胸の造形を当てることは造作ない行為だ」
「きもっ!」
「心の奥底で気にしていたことを、大声で叫ぶんじゃねぇ! この歪女神が!」
「ゆがみって言うなあぁぁぁぁーーーー!」
何をやってるんだろうな、俺は。
性癖を全方位展開する行為なんか、現実世界でやったら即死もんだ。
理性的に考えるとアホ丸出しの行為である。
だが、馬鹿女神を前にすると止められない止まらない。
ユガミとキモイの華麗なる応酬。
俺達は飽きることなく、一時間ばかり罵倒し、お互いを傷付けあった。