転生者:浜田薫の視点
確か、私は死んだ筈だ。
大病を患い、愛すべき大勢の人達に見守られてこの世を去った。
けれど、自分の名前も、家族の名前も、愛した人の名前も思い出せない。
光の海を漂う中、何かが私を刺激した。
泣き声が聞こえる。
そういえば、アイツも泣いてたっけ?
アイツって誰?
どうでもいいか……。
私は死んだのだから。
「びえーん!」
気付けば、エメラルドグリーンの髪が綺麗な可愛らしい子が泣いている。
何かコスプレっぽい恰好なのが、かなり気になるけど。
「何で泣いてるの? 私に話して、みたりする?」
「ぶわーん!」
私に抱きついて、鼻水と涙を思いっきり擦り付けてくる。
この子、なんなんだろうか。
汚い、とは思わないでおこう。
私は死んだんだ。
清らかな心で対応することにしよう、うん。
頭をそっと撫でると、気持ちよさそうに顔を綻ばせる。
「よーし、よーし! 落ち着いた? ねっ」
「ありがとごじゃましゅ……。しまったーーーーーー!」
急に大声を発する謎の女の子。
私もびっくりして思い切り、突き飛ばしてしまった。
あひゃん、とか言ってギャグっぽく地面を三回転くらい転がっていく。
私、そんな強く押したっけ?
色々と謎である。
少女もちょっと怖いけど、何より怖いのが向こうにある煎餅布団だ。
異常に盛り上がっていて、激しく動く上に何やら声が聞こえるのだ。
時折、"ヒヨコ"という単語と"やらないか"という単語が私を不安にさせる。
"やらないか"の声があるMAD動画の声を彷彿とさせるくらいに男らしい。
それもうろ覚えの記憶ではあるのだけど……。
すると、突き飛ばした少女が後光を浴びて私の前にすっと現れる。
「あれは気にしてはなりません。邪心の巣です」
「は、はあ……?」
「浜田薫さん、アナタは死にました。その記憶はありますか?」
「少しだけ……。後は何も思い出せません」
「大丈夫です。少しずつ、思い出して行く筈ですから」
「そうですか。けど私、死んでるんですよね? もう、意味ないかなって」
「そんな事はありません。えーと、早くカンペ下さい……。ちょっと、お待ちを」
布団から謎の紙面がポイっと送られてくる。
いる、絶対にあの布団の中に何かがいる……。
「うーんと、そんな事はないです。貴方は転生し、生前の記憶が大事となります」
「記憶が大事? 転生?」
「異世界に転生し、世界を見守る巫女として生まれ、第二の人生を歩むのです」
「願ってもない話だけど……、本当なんですか?」
「私はメ・ガ・ミ! 全知全能の女神クレアです。大丈夫です、信じなさい」
「若干、怪しい宗教っぽいけど……」
「第二の人生、ヤリマスカ、ヤリマセンカ? さぁ、どっち!」
「や・ら・な・い・か!」
またもや、そして今度はリズムに合わせて布団から凛々しい声が聞こえてくる。
やりません、という男の声も聞こえてくるのはきっと、気のせいよね、ねっ!
「やります! 何だか、やらないといけないような気がするんです!」
「やるんですね! そのヤル気! やりますねぇ、そのヤル気がやらないかです!」
「や・ら・な・い・か! や・ら・な・い・か! や~ら~な~い~か~♪」
誰も彼もが"やる"という単語を連発するので洗脳されてきた。
そう、やるしかないのよ!
あの布団から聞こえる声は私への応援ソングなんだ、きっと!
不意に意識がくらりと谷底へ落ちる感覚に見舞われる。
「貴方を異世界に送り込む準備が完了しました」
答えようとするが既に返す力も無くなっている。
「そして、思い出すんです。最後に地球で聞いた言葉、その願いは必ず成就するでしょう。それまでは、翡翠の巫女として人と妖を守る存在として頑張りなさい」
最後の言葉……。
何だっけ、死ぬ間際に誰かが大きな声で叫んて………。
そこで、私の魂は暗闇の中へ完全に落ちていった。




