062
俺は、前にも軽い記憶障害が起こったことがある。
それは修学旅行から帰ったあの日。
あの日、確か……そうだ。
俺は一つのことを理解した。それは四十万 若葉とのキスだ。
彼女とキスをしたときに、記憶障害になった。
でも、本当にそんなことがあるのだろうか。
だが、そのことを確かめる権利は俺にはなかった。
そんな俺には、再葉のいない日常が待っていた。
「元気がないわね」
学校の廊下で、俺は響と出会った。
制服姿の響は、いつも通りだ。
二年になって響と俺は、同じクラスメイトになった。
つまりは、再葉とも同じクラスメイトなわけだ。
流石に俺がいる前では、響は再葉をいじめていない。
むしろ明るい響は、クラスでも人気のある女子になっていた。
「いない」
翌日、学校から帰ってマンションの最上階は空き家になっていた。
あるはずの家がなく、俺は途方に暮れていた。
「何がいないの?」
「再葉がいない」
「なんか引っ越ししたみたいね」
そう、担任教師の発表では再葉は転校したとあった。
親の都合で、急に転校。もちろん学校に、来るはずもなかった。
何かが音をたてて、俺の中の思い出が崩れていくようだ。
「引っ越しって、そんなことは」
「あの子はもともと引っ越してきたんでしょ」
「まあ、そうだけど」
そうだ、俺は再葉の両親さえ知らない。
若葉と一緒に暮らしているが、本当の親ではないのだから。
そんなことよりも、俺は再葉にもう一度会いたい。
会うことで、俺が再葉をどうしたいのかがわかるからだ。
「ケン?」
「ああ、考え事だ」
「あまり気にしちゃだめよ、なんかこの世の終わりのような顔を見せていたから」
「そう……だな。なあ響」
「何?」
「響は好きな人、いるのか?」
「いないけど」
「俺の気持ちはわからないな」
「わかるわけ、ないでしょ!」
響は、憤った顔を見せた。
それでも、すぐにバツの悪そうな顔に変わる。
「わかるわけ、ないでしょ!
あたしは、あなたにも再葉にもなれないんだから……」
「そうだな、ん?」
そんな俺は、隣の教室の中から一人の女と視線が合った。
それは短いツインテールの女を見て、俺は駆け出した。




