025
体育祭は、順調にプログラムを進めていく。
高校の体育祭は、小学校のものと違って淡々と進んでいた。
色で別れているのではなく、クラス別に分かれて対抗していた。
体育祭実行委員の俺は、仕事が多い。
競技準備が忙しい中、仕事にひと段落がついた。
俺は、クラスの中にある自分の席に戻っていた。
「お疲れ」ジュースを持って現れたのが、響だった。
体操服の響は、俺に声をかけてきた。
「響、クラスが違うだろ?」
「ウチのクラス、強いから」
点数を見ると、響のクラスが一番だ。
俺のクラスは、下から五番目というところか。全六クラス中で。
「響は、とても運動神経がいいからな」
「当たり前でしょ、腕が悪いけど」
「今も痛むのか?」
響の右腕には、テーピングが見えた。
半そでの体操服だと、響の腕が痛々しそうに見える。
「もう、全然。ボールを全力で投げない限り、大丈夫ね」
「そうか」
「次の百メートル走にも出るし」
「男の俺より足が速いからな、響は」
そんな響を、俺は再葉に言われたことをもいだしながらじっと見ていた。
再葉をいじめていた人間、それが目の前の響だ。
だけど、響がいじめているという話は聞いたことがない。
響とは中学が同じだったけど、そんな風には見えなかった。だからこそ、俺は確かめたかった
「響……あのさ」
「あー、ケンタっ!」
そういいながら、俺に抱きついてきた奴がいた。
それは、ミドルヘアーの体操着を着た女。
背は低いが、見える腕や足は筋肉質の女。
「こらっ、やめろ!飛鳥」
「えー、ケンタが忙しそうだからボク……我慢していたんだよ」
「あんた、もしかして……用宗 飛鳥?」
響が指さしたのは、俺にしがみつく女だ。
この女は、『用宗 飛鳥』だ。飛鳥はこの学校では有名人だ。
彼女は、運動特待生だ。
陸上百メートルのジュニアチャンピオン、ざっくりいうと中学女子で日本一早かった女だ。
「飛鳥、あんまりじゃれるな。もうすぐスタートだろ」
「うん、でもケンタにハグしてほしいから」
「ちょっと、どういう関係よ!」不満を露わにしたのが響だ。
「まあ、どういうことと言われても……こいつ人懐っこいからな。
それに俺の名前は健斗な。健斗」
「ケンタでいいよぉ、バーガー屋でバイトしているんでしょ」
「まあ、そうだけど」
「あたしと一緒なのよ」響が、なぜか自慢げに胸を張る。
それを俺に抱きついた飛鳥が、じっと見ていた。
「ねえねえ、今度の女子のレース、勝ったらチューして」
「そういうことはしていない」
「な、な、なにを言っているの!用宗 飛鳥!」
「だって、ケンタはハンバーガーみたいに柔らかいもん」
「どういう意味だ?」たまに、変なことを言う飛鳥。
俺によくしがみつくのは、そういうことらしい。
とても人懐っこくて、無邪気な飛鳥だ。
「飛鳥は百メートル、何試合目だ?」
「最後、十二レース目」
「えっ、あたしと一緒なの」
驚いたのは響だ。どうやら響も最後のレースらしい。
俺に抱き着いていた飛鳥は、そんな響の方に振り向いていた。
「うん、そう。よろしくね……誰だっけ?」
「響よ、松原 響っ!」
「そっか、ビビビね」
「ひ・び・き。名前を間違えないでよ!」少しイラついた口調で言い返す響。
「ごめんごめん、ヒビキね」
はにかみながら、飛鳥が手を伸ばしていた。
その顔には裏表がない、幼さも見せていた。
「ボクは、用宗 飛鳥。よろしくね」
「みんな、知っているわよ。あんたのこと」
「それで、ヒビキはケンタのなんなの?」
それは純粋な目を向けた飛鳥が、直接響に向けて聞いていた。
それを聞いた瞬間、響は驚いた顔を見せていた。
「あたしは、健斗の……なんでもないっ!」
響はなぜか、気まずそうな顔で俺と飛鳥に背を向けて走っていった。
それは、自分のクラスに逃げ込むかのように。




