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このバイト先に再葉を呼んだのは、初めてではない。
だけど、再葉は興味深く店内を見ている。
レジ前には列ができていて、今日も賑わっていた。
客もいなくなった時間を見計らって、俺はレジの方に向かう。
「よお、響」
「あ、健斗……じゃなくていらっしゃいませ」
俺は、目の前の響を見ている。
その響は、マニュアル通りの接客をしていた。
だけど、視線は俺ではなくすぐに再葉を見ていた。
「再葉……どうして健斗と」
「俺の彼女だからな」
「そう」俺は再葉と肩を組んだ。
再葉のことは遠くに引っ越したという情報が流れているが、響はそのあとのことを知らない。
知る術もない、裏の世界の出来事だ。
そんな再葉は、不思議な顔で自分に興味のある響をじっと見ていた。
「再葉、覚えていないだろうけど響は、君をいじめていたんだ」
「そう」
「ごめんなさい」小さな声で、響が言う。
「なぜ、謝るのですか?」
「あたしは、あなたをいじめたのよ!」
「そう」しかし、そのいじめの記憶も再葉の中に記憶がない。
それでも響は、再葉の手を握っていた。
「ごめんなさい。あたしのせいで」
「謝られても困ります」
「だけど、あたしがいじめたから」
「響、今の再葉は記憶がない」
俺はようやく、響に話すことにした。
「記憶がない?」
「再葉は重度の記憶障害になった。
だから、学校をやめなければならなくなった。ちゃんと離せなくて」
「そう……」響はじっと再葉を見ていた。
「完全に記憶がないの?」
「だから彼女の記憶を、戻すために俺は再葉を連れまわすことにした」
「そうなのね」
「だけど、響の気持ちが本当でよかったよ」
俺は覚えていた。
香音を追いかけていた時、響が言った言葉は本当だった。
中学の罪は、高校になった今も残っている。
その罪や事実は、記憶を失っても永遠に消えないだろう。
だけど、響は変われたんだ。
そんな響を、再葉はそっと手を差し伸べた。
「大丈夫、あなたの言葉は伝わっています」
「再葉……」店の前で、響は泣いていた。
それを、再葉は優しくなだめていた。
「ごめんね、ごめんね。クラスで生きるために……仕方ないの」
「うん、うん」再葉は泣いている響を、慰めていた。
その泣き声は、店内にしばらく響いていた。




