001
今日は俺にとって、人生最悪の日だ。
俺がいるこの場所は、東京で最も高いタワーの上だ。
日が沈もうとする夕暮れのタワーの上は、とても風が強い。
俺の背後には質素な梯子、高所作業をするような鉄板一枚だけの足場。
足元が救うような場所で、俺は立っていた。
髪が短い俺は、深緑のパーカーを着ていた。
長ズボンを着た俺は、目の前に手を伸ばす。
俺の目の前には、一人の少女がいた。
「やめろ、再葉!」俺は叫んだ。
「もう、決めたことなの」
「決めたこと?それは、おかしいじゃないか!」
俺は目の前にいる少女再葉の言葉を、強く否定した。
水色のワンピースに、ショートブーツの再葉。背は俺よりも小さい。
だけど再葉の顔は、とても落ち着き払った顔を見せていた。
少し童顔で、長い髪が風になびく。
「そんなことないの、一年彼女はあの日から決まっているから」
「一年彼女って、俺は嫌だ!
俺は再葉のことを、どうしようもないほどに好きになってしまったのだから」
「ありがとう、健斗。それでも私は、この日は死なないといけない。
二千二十一年六月六日、私の命は尽きることが……」
「尽きることはない!尽きることはさせない!ここに、俺がいるからだ」
身を投げ出そうとする再葉の手を、俺が引っ張った。
再葉は、それでも悲しそうな顔を俺に見せていた。
「無理よ……無理です」
「なぜ簡単にあきらめきれる?再葉はそんなに弱い子ではない。
俺は、それを知っている。この一年で知った」
「私は一年しか生きられないの!」
「どうして?」
「運命は変えられない」
「その言葉で、誤魔化すな!」
俺が再葉の体を引き上げようとする。
再葉の背中から強い風、夕日に照らされて彼女は泣いているようにも見えた。
「運命は絶対」
「そんなことはない」
「運命は曲がらない」
「俺は再葉を救うって」
「それはできないの」
「いいや、できる」
俺は再葉の前で、恥ずかしげもなく言い放つ。
そこには照れも、恥ずかしさもない。
真剣に一年間見てきた、彼女への思いがあふれていた。
だけど、再葉は違う。あきらめた顔を、俺にはっきりと見せていた。
「もういいでしょ、健斗」
「いいや、俺は絶対にあきらめない。俺は彼氏なんだぜ!」
「さよなら」それでも俺の言葉を遮るように、再葉は俺の手を払いのけた。
再葉の背後には、手すりと天空の夕焼けの空。
足元には雲も広がる、空の世界。
「あなたの彼女になれてよかった、健斗」
手すりを超えて身を投げる再葉。
必死な顔で、俺は手を差し伸べる。
だが、俺の手は再葉の手に届くことがなかった。
タワーの上から、少女が身を投げ出す。
スローモーションのように、それが俺の目の前で行われていた。
(動け、動けよ!体)
頭で強く念じながら、体を前に進める。
だけど、再葉の体が落ちるのが先だ。
タワーの手すりを乗り越えた再葉の体は、そのままゆっくりとした世界の中で自動落下を始める。
俺の手は、全然届かない。
(再葉っ!)
声にならない口の動きだけで、俺は必死に手を伸ばす。
それでも、再葉の体がどんどん離れていく。
俺と再葉の距離が、どんどん離れていく。
俺が手すりに触れたころ、スローモーションの世界が終わる。
再葉の体が、遠く遠くへどんどん離れていく。
彼女の体は、すでに空の中。
俺の手の届かない場所に、彼女の体は投げ出されていた。
「再葉っ!」
手すりを強く握って、下をのぞき込んでいた。
だけど、そこではありえないことが起きていた。
再葉の体が、赤く光っていた。
ドォオオッンと爆発音が、下から聞こえた。
それと同時に、空に投げ出された再葉の体が爆発していた。
「どういうことだ?」
俺は、唖然として見ているしかできなかった。
空には煙が巻き上がって、地上が黒い煙で見えなくなった。
俺は初めて見た。人が目の前で、爆発するのを。




