お嬢様、どうか忍者はおやめください!
勢いだけで書いて推敲もしてませんので、低語彙、誤字、支離滅裂な文章などありましたらどんまいです。
追記:感想でもご指摘されたのですが恋愛要素が水と9:1で混ぜたカルピスぐらい薄いです、ご注意ください。ご期待に沿えなかった場合は申し訳ございません。
アブソルート侯爵は悩んでいた。
体の調子は悪くない。むしろすこぶる良いと言ってもいいだろう。
妻との関係も良好、先日は一緒に夫婦で温泉旅行に行ったほどだ。
息子たちはありがたいことに三人揃って優秀で、順調に出世を重ねているらいが、驕った様子もなく自分を慕ってくれている。
家庭が円満なので総じて屋敷の空気は明るく、使用人たちもよく笑顔を見せくれている。
領地経営も順調だ。昨年に東方の龍神皇国と交易を始めたところこれが大当たり、大変に斬新で先進的な文化を取り入れることに成功した。
財政に余裕ができたことが領内全体の余裕にも繋がり、アブソルート侯爵領は他に類を見ないほどの発展を遂げることができた。
ちょっと領地の視察に出れば愛すべき民草たちは大手を振って歓迎してくれる。
いくらか前、父から当主の座を引き継いだ時。不正が蔓延り、暴力が支配していたあの暗黒の時代が嘘のように、領内は平和で活気がある。不穏な噂も最近は聞かなくなった。
そうそう仕事場環境もこの頃は快適なのだ。宮廷ではめんどうな政敵がちょっかいを出してこなくなったし、嫌がらせもしなくなった。
なんだか宰相殿が最近妙に優しいし、国王陛下もよく褒めてくださる。
ああ、順調だ。順調なのだ。これ以上何を望むというのか?
「ああ、お館様。まずこちらアンダーソン伯爵の不正の証拠です。実に巧妙に隠していたようですが数か月前から不自然な金の流れが見られます。おそらくご令嬢の贅沢三昧の補填かと思われます。規模も小さく何か大それたことを企んでいるわけでもないようなので見逃しても特に害はありませんが、脅しの材料には使えるかと」
黒装束に身を包み、どこから持ってきたかもわからない極秘書類を片手に、清貧で知られる伯爵の不正を語り、物騒なことを言いながら、自分のことをお館様と呼ぶこの若い娘。
この子ね、侯爵令嬢なの。ワシの子なの。
どうしてこんなことになってるんだろうね。
うっ、頭痛が。
「続きましてこちら。領内で中毒性のある粗悪品のポーションを高級品と銘打って販売しようとした商会がありましたので事前に潰しておきました。龍神皇国の輸入品にシェアを奪われたことが理由のようですが、まあ言い訳ですね」
へーそうなんだー知らなかったなぁ……。
なんで領主のワシより領内の不祥事について詳しいんだろうこの子。
令嬢なのに。
「次は……えと、お館様付きの侍女のメーテルですが帝国のスパイだったようです」
「え?」
嘘じゃろ? あの最近入ってきた笑顔が可愛いあの子じゃよね?
えーショックー……。で済む話じゃないよね。やばない?
「ご安心を、良い感じに調教して二重スパイとして使えるようにしておきました」
怖いわー。
ていうか仮にも侯爵令嬢が調教って言葉遣っちゃだめじゃない。
ていうか何したの、帝国のスパイを寝返らせる調教ってなに。
「それは……お館様のお耳が汚れまするので控えさせていただきたく」
「ワシお前の父親じゃよ? 普通逆じゃない?」
「いえ、今の私はお館様に仕える忍。令嬢としての過去は捨てました」
「誰もそんなこと許可してないから。現在進行形で侯爵令嬢だから」
「それより次の報告行っていいですか?」
「まだあんの!?」
どこにそんな調べる時間があるのだろう、家庭教師付けてちゃんと侯爵令嬢としての教育は受けさせているはずなのだけど。屋敷を抜け出したって話も聞かないし。
やっぱもう社交界連れて行こうかな……もう十三だしな……
いやいや、なんでまだ十三の貴族の娘が隠密の真似事やっているの?
自分で何言っているのかわかんなくなってきた……
「これは一応のご報告ですが。リットン子爵がどうやら裏で帝国と繋がっているようです、これはメーテルから聞き出した情報とも合致します。詳しく調べようと彼の屋敷を探っていたのですが、途中で宰相殿の手の者と鉢合わせてしまいまして……ええ、私が調べると主張したのですが相手に泣きながら土下座され手を引いてくれと懇願されてしまい、あちらにお任せすることになりました。まあ宰相殿なら下手を打つことはないでしょう」
あーだから宰相殿最近優しかったのか、なんか憐れむような目で見られたのもそれが原因かなぁ。
いやぁそれにしてもリットン子爵がね。
話は合わないけど酒の趣味は似てたから嫌いじゃなかったんだけどね。つらい。
「あと、細々したのと緊急性のないものは執事長がそのうち運んでくると思いますので省略いたしまして、これが最後になるのですが」
「最後……最後かぁ……聞きたくないな……」
いやね。わかってるんだよ。
だって最初からね、左手に掴んでるんだよ。
何を?
髪を。
力なく倒れている同じく黒装束を身に纏った見知らぬ男のそれを。
「これ、お館様の暗殺に来てたみたいなので退治しておきました」
「うぐぐぅ……くそぉ……」
呻いてる呻いてる。顔が怖いよ、こっち見ないで。
「中々見上げた根性の持ち主で軽く尋問してみましたが口を割りませんでした」
「本当に軽く?」
めっちゃぼろぼろだよ?
腕とか変な方向に曲がってるし、見てるこっちが痛い。
「くくく……グレイゴーストと呼ばれた俺をここまで追い詰めるとはな……」
顔面を腫らしながら笑っているグレイゴーストさん(仮)。
いや追い詰めるというか、もうチェックメイトっていうか……
いやしかしグレイゴースト?
「グレイゴースト……まさか……貴様、かつて帝国において先帝を暗殺したというあの伝説の暗殺者か!?」
「くくく……嬉しいねぇ、王国にも俺の名がしっかり轟い──」
「いえクソ雑魚だったのでこれはグレイゴーストではありません」
「「………………」」
ほらーグレイゴーストさん(仮)泣いちゃってるじゃん、かわいそうでしょ。
「いや、あの、おれ、ほんとにグレイゴースト……」
「いいえあなたはグレイゴーストではありません。こんな十三歳の小娘にボロ負けするような小物をグレイゴーストとは私は断じて認めません。絶対にだ。グレイゴーストはもっと強く、もっと速く、もっと美しいはずです。あなたにグレイゴーストを名乗らせるぐらいなら真のグレイゴーストが現れるまで私がグレイゴーストを名乗ります」
あ、なんか娘怒ってる……
「お館様、報告は以上です。私はこれからこのグレイゴーストを語る愚か者にその罪の重さと現実の厳しさを教えてから処分してきます」
「う、うん……あっ殺しちゃだめよ、そういうのはお兄ちゃんか執事長のルドルフに任せなさい。侯爵令嬢が手ずから殺すとかシャレにならんからね」
「了解です、では失礼します」
何も言えなくなったグレイゴーストさん(仮)を引きずって娘──サクラ・アブソルート侯爵令嬢は部屋を出ていった。
「育て方間違えたかなぁ……」
ワシは頭を抱える。
それは、サクラがああなったのにはワシに責任があると思われるからだ。
アブソルート家は過去に影の一族と呼ばれていた時代があった。
当時の王国は小さく、周辺に多くの敵対国家が存在していたが国内にも多くの火種を抱えていた。
弟の謀反や義母の暗殺未遂に遭い家族すら信じられなかったという当時の王が唯一信頼していたというのが子飼いの部下であったルクシア・アブソルート、初代アブソルート家当主だった。
密偵、諜報、工作、暗殺、なんでもござれのルクシアはその生涯を懸けて王に尽くし、闇夜に潜み、陰に潜り、影より現れてその敵の尽くを排除したという。
ルクシアの尽力もあり、群雄割拠の戦乱を乗り切った王国は強国へと成長して行き、現在四強と呼ばれるに至るまでとなった。
その間の王国の歴史は影の一族アブソルート家の歴史でもある。
歴史にこそ書かれていないが、アブソルート家無くして今の王国ありえないというのは紛れもない事実だ。
今でこそ普通の侯爵家として王国に仕えているアブソルート家だけど、ご先祖様はこんなに凄かったんだよ。
という話をサクラにしたところ。
こじらせた。
それはもう甚く感動し、痛くこじらせた。
ワシが話しちゃったせいでルクシア・アブソルートに憧れてしまった娘は、その容姿を含めてまるで生き写しのように成長を遂げた。
現代のルクシア・アブソルートの誕生である。
まだ十三歳なのに、社交界デビューもまだなのに。
完全にプロです。
でもぶっちゃけサクラいないとこの領地どうなってたんだろう。
想像するだけで怖いね、だってワシ無能だし。コミュ力に定評はあるけどコミュ力にしか定評がないことで定評があるもの。
でもやっぱり可愛い娘を危険の真っただ中に送り込むのは良くないよね。いや、送り込んだことないけど、勝手に突っ込んでいってるだけだけど。
よし。
社交界デビューさせよう。
今まで怖くて外に出せなかったけれど、いや勝手に出てたけど、友達を作ったり恋をしたりすると丸くなってくれるかもしれない。
最近陛下がサクラに会ってみたいとか言ってたし、確か殿下はサクラと同い年だったはずだし、ちょうど良いだろう。
仲良くなってくれると良いなぁ。
・・・・・・・・
あの娘が思い通りに動いてくれるはずなんてなかったんだ……
「サクラはどこに行った!? 陛下がお呼びなのだぞ!」
「なっ!? 先ほどまでそこにいたのに!」
「馬鹿野郎! 俺たちの一秒はあの妹にとって百秒だっていつも言ってるだろ! 一瞬たりとも目を離すんじゃねぇ!」
「落ち着いてください兄さん。さすがにサクラも国王陛下に招待されたパーティーから逃げ出すことはしないでしょう。終了まで隠れるつもりだ、会場内に必ずいるはずです」
「んなことわかってんだよ! お前らあいつの気配遮断スキルを舐めてんじゃねぇぞ、あいつが本気ならたとえ同じベッドで寝てたって俺たちは気づかない。全力で探せ! 目で追うな! 足で追え! 今日こそは、今日こそは「え、陛下がお呼びでしたの? そんな兄上なぜ知らせてくださらなかったのです……およよ」なんて絶対言わせねぇからな!」
「「えぇ……」」
今まで三度のパーティーで長兄であるジョーにサクラのエスコートをさせた。
そしてその全てでサクラはパーティーをかくれんぼ大会へと変え、優勝したのだった。
今回は次男のウィリアムと三男のスティーブンも連れてきたのだが、正直役に立つかは怪しい。
「ちくしょうサクラのやつ! 適度に知り合いの好々爺に挨拶してはアリバイと目撃証言を作ってやがる。抜け目ねぇな!」
「しかも情報が錯綜するように動いてるね。作為的無作為ってやつかなこれは!」
「ああああああああああああああああああああああ!もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ジョーが発狂した。
軍の情報部で働いているジョーとしては妹に手玉に取られるのが我慢ならんのだろう。
南無三。
「なんか、大変だなアレク」
「言わんでください陛下……」
・・・
パーティー会場で群がってくる貴族のご令嬢たちに辟易していた僕は、タイミングを見計らって会場を離脱し、庭園へと逃げ込んだ。
父が手ずから設計し作り上げた自慢のこの庭園には大きな桜の木が植えてある。
夜に見るそれは月明かりに照らされ、星空に溶け込み、幽かに藍色に輝いて、とても幻想的な風景となる。僕はそれを眺めるのが好きだった。
「っ!?」
ただ、今日のそれは少し違った。
桜の木の上に佇む一人の小さな影。
「誰だ……?」
目を凝らしてよく見ると、そこにいたのは白いドレス(着物?)を着た一人の少女。
翠色の髪と、少しはだけた服から見える白い肌が艶やかで、僕は知らずに息をのんだ。
「綺麗だ……」
ようやく、声が出た。
何分ぐらいそうしていただろう、いや一時間を超えていたかもしれない。
それぐらい、見惚れていた。
春風に桜の木がたなびく。
それと同時に流れる彼女の髪が幽玄な調べを感じさせる。
現実感がない。なんだか熱に浮かされたように脳がふわふわしている。
それでも──
「あ、あなたは──!」
強い風が吹いた。
僕の声はかき消され、目は開けていられない。
そして視界が戻る頃に、彼女はいなくなっていた。
「そんな……」
僕は落胆の声を上げようとした、その瞬間。
「今日あなたが見たものは、内緒ですよ?」
すぐ後ろで声がした。
振り返るとそこには誰もいない。
「お別れです。素晴らしい庭園でしたと、御父上にお伝えください。特に、夜桜は美しい」
声のした方向に顔を向けると月を背にした彼女が別の桜の上に立っていた。
「私は帰ります。そろそろ戻らないと分身だけでは不安ですから……」
心臓が早鐘を打つのを感じる。心が震える。
名前も知らぬ、顔さえ見えない少女と別れるのを僕はとても嫌だと思った。
涸れた喉で、精一杯の声を絞り出す。
「あ、あの!」
「はい?」
「またお会いできませんか! 僕は、あなたとお話がしたいです!」
緊張で声が震えているのが自分でもわかった。
情けない。非常に情けないしみっともない。
「………」
失敗した。男として完全に失敗した。
やり直した気持ちでいっぱいだ。
くそぅ。
「そうですね……」
彼女が口を開く。
その声は面白そうに笑っている気がした。
「きゃっちみーいふゆーきゃん、ってやつですね」
そう言って彼女は消えた。
残されたのは、顔を真っ赤にしながら闘志を燃やす少年が一人。
・・・
「やっと見つけたぞサクラ!」
会場の隅の方ではジョーがサクラを捕まえていた。
そして、そのサクラの体が一瞬ブレたかと思うと、消えた。
「は?」
消えた。呆然とするジョー。それとワシ。
「どうなってんだこれはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
情報将校なんじゃから声が大きいのどうかと思うよ。とワシは何となく思った。
「父上」
「あ、サクラ」
気が付けばふと傍らにサクラがいた。もう意味わかんない。
気配も音もなんもなかったよ。
「ああサクラ、陛下がお呼びで──」
「? パーティーはもう終わりですよ?」
「そうですね……」
勝ち誇った笑みのサクラ、なんか可愛いからもういいや。
「サクラ、あれどうなってんの? さっきの消えるやつ」
「あれは質量を持った残像です」
「………忍はまだ許容範囲だけど人間はやめないでね? これお父さんとの約束ね?」
「? はい?」
深く突っ込むのはやめた。
もう健康でいてくれたらいいんじゃよ、後継ぎだってもういるし。
うん。
「あ、父上、庭園の方に殿下の命を狙う不届き者が五名ほどいましたので叩いておきました、あとでお掃除お願いします」
「……………………うん、わかった、よくやったね」
この娘いないとこの国、死ぬんじゃないかな?
・・・
「父上、僕欲しいものができました」
「ん? どうした急に?」
「初恋をしたのです」
「え、本当か?」
「はい」
「相手は誰だ?」
「それが……名前がわからないのです。翠色の髪と月のように白い肌の、私と同じくらいの少女です」
「あっ………」
「彼女は言いました。捕まえてごらんなさいと。父上、私は彼女が欲しいのです」
「あーうん、難易度クソ高いと思うけど頑張れ、応援してる」
「はい!」
(うーん……御庭番に欲しかったんだけどな……どうなることやら……)
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