013話
若狭の国美浜
港があるこの街に勢力を盛り返したヨシナカ軍が迫る。
警鐘の鐘が練り響、ある者は自分の船に家族を乗せ沖へと逃れ、大きな商会が持つ大型船には人が殺到して混乱する。そんな中でも良識がある経営者は女子供から優先的に船に乗せる光景が見られた。
そんな中、東より多数の蹄の音が鳴り響、更には土煙が上がる。
「どうやら美浜の港には間に合ったか・・・このままヨシナカ軍へ突撃し民草を守る! 皆の者このカゲトラに続け!!!」
「「「おお!!!」」」
昼夜を気にせずに駆け、疲れているにもかかわらずにウエスギ軍はカゲトラを先頭にヨシナカ軍へと襲い掛かる。
「くっ! こんな子供まで死者を使うとは・・・許せん・・・」
カネツグは顔を歪めそれでも【亡霊武者】と化した子供へと槍を突き立てる。
「ここで我らが躊躇すればこのような非道が全国へと広がる! それを食い止めるために躊躇してはならん!」
カゲトラが躊躇する兵に向け檄を飛ばす。それまで躊躇していた兵士たちも唇を噛みしめ武器を振り下ろす。
「これは負けてはいられないな・・・」
カネツグも歯を食いしばり槍を突き立て次の【亡霊武者】へと向かう。
「・・・ウエスギ軍か・・・こうまでこちらの予測を越えてくるとはな・・・」
「ヒサマサ様! 南部よりアザイ軍! 若様の軍が進行中!」
ヒサマサは振り返り
「・・・迎え撃つ」
喜びの表情を見せる家臣たちにヒサマサは悲痛な面持ちでそう言い放った。
「何故でありますかヒサマサ様! 若の軍です! 援軍ですよ!」
その家臣の言葉に他の家臣も同調するかのように声を上げる。
「違う! アレは我らを討ちに来たのだ・・・敵になったのだよナガマサは・・・」
静かにヒサマサはそう告げる。ヒサマサの言葉を聞くまでなく家臣たちも心の中ではそうではないかと思っていたのである。
「あの光景を知り来たのであれば是非もない」
家臣たちが思い浮かべるのは子供たちすら切り殺される光景である。
「我らには最早自害すらままならん・・・故にここが最後の死に場所となる・・・」
ヒサマサは周囲を見渡し
「逃げたいものは逃げるが良い・・・私に付き従う者だけで良い」
ヒサマサはそう言い捨てると太刀を握り歩き出す。家臣たちは顔を見合わせどうするかと言ったような戸惑いの表情を見せる。
「・・・やれやれ、この決断がもっと早くついておれば・・・大殿この儂もお供いたすぞ」
白髪交じりの男も立ち上がり歩き出す。その男を皮切りに追従する者、はたまた逃げだす者が現れだし陣内はもぬけの殻となったのであった。
「くっ! これほどの死兵を連れているとは・・・」
ナガマサは目の前の【亡霊武者】を切り捨て呟く。
「それにあれに見るは女子供・・・最早語るまでも有りませんな」
ヤヘイもその光景に顔を鬼の様な形相へと変えその後方から迫るヒサマサの軍旗を睨み付ける。
「・・・久しいな・・・」
「・・・」
ナガマサの目の前に現れたヒサマサは声を掛けるがナガマサは無言で睨み付けるだけである。
「・・・もはや何も言うまい。ここに来たと言う事は我らを討ちに来たのであろう? だがそんな寡兵で何が出来ようか。今ならこの私がヨシナカ様にとりなしてやろう」
「・・・まれ・・・黙れ! 1度ならず2度も死者に組するとは恥を知れ! たとえこのナガマサここで力尽きようと貴様らの様な者生かしてはおけんわ!」
ナガマサは腰に携えた太刀を抜きヒサマサを斬りつける。斬られる瞬間ヒサマサの口端が僅かに吊り上がる。抵抗らしい抵抗を見せぬままヒサマサはナガマサの刃をその身に受ける。
「これで良い・・・古きアザイはこの・・・私と共に・・・ほろ・・ばね・・・ば・・・ならぬ・・・」
それを皮切りにナガマサ軍とヒサマサ軍が戦いを始める。【亡霊武者】が居ることから当初はヒサマサ軍が優勢ではあったのだが・・・
「ナガマサ殿を討たせてはならない! 突撃!!!」
ハルナの号令により騎馬隊が突き進む。ナガマサ軍が北へと進路を取ったことを知ったハルナがヨシナカ軍の追撃が無いのを確認しすぐにその後を追ってきたのである。更には後方で行われていたウエスギ軍とヨシナカ軍の戦いに動きが見えたのである。兵士を中心としたヨシナカ軍本隊がウエスギ軍を無視し東へと向かってしまったことで他の【亡霊武者】達はその後を追うかのように動きを見せヒサマサ軍は孤立した状態となり、逆にハルナ軍が加わったナガマサ軍の方が数で上回り戦いの流れはナガマサ軍に傾く。しかしヒサマサ軍は逃走するではなく向かってくる。それも最後は笑顔で死んでゆく・・・
ウエスギ軍を抜けたヨシナカ軍本隊
「このまま東の山道へ入り飛騨を抜け木曽へと帰る!」
だがそんなヨシナカ軍の側面より火矢が無数に襲い掛かる。
「ここでヨシナカを逃がしてはなりません!」
火矢での攻撃を何とかやり過ごそうとヨシナカは行軍速度を上げる。だが飲んな目の前の街道に落石が次々と落ちてくる。
「くっ! これは【落石の計】か!」
すると後方で歓声が上がる。【毘】の旗がなびくのが見えた。
「ここで亡霊など滅してくれる! 我に続け!」
カゲトラは美浜をカネツグに任せ自身は精兵を引き連れ突破したヨシナカ軍本隊を追っていたのである。
流石は今孔明と言われるハンベイ殿・・・ならば我はヨシナカを討つのみ
カゲトラは駆け、その後を追う兵たちも自身たちの主を討たれまいと死に物狂いで追従し通常以上の戦果を上げている。そんな中【亡霊武者】にしては豪華な鎧に身を包んだ騎馬武者を捉える。
「我はウエスギ カゲトラ! 毘沙門天の化身なり!」
「フッ若造がこの俺ヨシナカに一騎打ちを挑もうとは愚かだな!」
2人の長柄の武器がぶつかり合う。時には突き、時には薙ぎ目まぐるしく攻守が移り変わる。
そんな2人を余所に周囲でも激しく軍同士の戦いが繰り広げられる。トモエが指揮することでヨシナカ軍が優位になる対応を見せるが、そこへハンベイの指示により矢の雨や落石が襲う。更に待機していたドウサンや美濃三人衆を含むサイトウ軍が加わりヨシナカ軍を追い詰めて行く。
ヨシナカ軍が不利になって行くにも関わらずにカゲトラとヨシナカの一騎打ちは激しさを増すが力の上ではヨシナカの方が上ではあるのだがヨシナカには焦りが見え始める。それはヨシナカ軍が追い詰められれば追い詰められるほどに・・・
「・・・なるほど、伴侶が気になり集中できぬか・・・されどここは戦場、それに貴公らは死者・・・蘇る時を間違えたと知るが良い」
「言うではないか若造が! ここを抜け木曽へと戻れば貴様らなど!」
互いの武器が激しくぶつかり火花が散る。
「何も知らぬは愚か・・・いやこれもハンベイ殿の策か」
「何を言っている!」
ヨシナカは自身が愚かと言われたことに動揺を見せる。
「木曽は既にタケダに落ちていると言っているのだ!」
その言葉にヨシナカに隙が生まれる。
「お前様!」
突きだされた刃の前にトモエがヨシナカを庇う様に貫かれその武器の柄を両手でつかみ取り
「お・・・前様・・・今・・・です」
しかしヨシナカはトモエへと駆け寄り崩れ行くトモエを抱き留める。シャキッそんなヨシナカの首へとカゲトラの武器の刃が添えられる。
「・・・どうした? この俺を討つのではないのか?」
「・・・看取る間は待ってやる」
「そうか・・・忝い」
そう言ってヨシナカはトモエの手を両手で握りしめる。
「すぐにお前の下へ行く」
トモエはニコリと笑顔を浮かべその場で地理のように崩れ消え去る。
 




