006話
日付が変わり再びログインしてみればそこはも知らぬ天上であった。アスカは昨夜の事を思い浮かべる。そして何とか町まで戻り一番近くにあった宿屋に泊まったことを思い出す。
「ふぁ~・・・それにしてもアレで初心者に丁度良いとか僕には無理かな・・・そうなるとやはり当初の予定通り生産活動ですかね・・・」
アスカは宿屋を出て早速生産活動を始めようかと思い行動しようとして、どうすればいいのか知らないことに気が付き昨日の冒険者ギルドでのことを思い出し迷惑料だけでも貰いに行こうと台座へと触れる。
「冒険者ギルド、人力車でお願いします」
お金がかかるがしょうが無い。アレを幾ばくか軽減されても駕籠に乗る気にはない
アスカは昨日の失敗を思い出し気持ち悪くなる。そうこうしている間に人力車がやって来てアスカの前で止まる。
「冒険者ギルドまでのお客さん乗ってくれや」
「はい、お願いします」
アスカが乗り込むと
「んじゃ行きますよっと」
持ち手部分を持ち上げ走り出す。
これなら大丈夫そうだね
冒険者ギルド前で降りたアスカは移動にお金が割とかかるんだな~と思いながらステータス画面にある所持金欄を確認していた。新規で始めるプレイヤーには10万エンが渡される。初期武器が渡されるとはいえ、宿屋でも素泊まりで9,000エンかかったんだから何もしなければ10日余りでお金が無くなる計算である。現在所持金90,400エン
ステータス画面を閉じアスカはギルドへと会いって行く。そこは昨日とは違って人で溢れ返っていて長蛇の列が出来ていた。
「来る時間間違えたかな・・・」
「まぁ美味しい依頼は早い者勝ちだからな」
アスカの誰に聞かせるでもない呟きに答えが返ってきたことに驚きつつもアスカは声のした方へと顔を向ける。そこにはアスカと同じ歳くらいであろう西洋風の小手やすね当て、そして背中に大剣を背負ったチャラそうなイケメンが居た。
「君はアレだろ? 第五陣・・・初心者。そんな君にこの騎士たる私がエスコートしてあげよう」
大げさな仕草で膝を付きアスカの手を取ってその手に口づけしようとしてアスカは咄嗟に手を引っ込めた。
「フフ、恥ずかしがり屋さんなのかな? 遠慮することは無い」
そう言って再びアスカの手を掴もうと手を伸ばしてくる。
「邪魔だ。イチャイチャしたいんなら外へ行きな」
相手のその手を掴み声をかけてきたのは初日にアスカがぶつかってしまった相手であった。
「放せっ! おっさんには関係ないだろう? 私と彼女の問題だ」
自由になっているもう一つの手でアスカを指さしながら叫ぶ。間に入った男性が視線をアスカへと向ける。
「あっじゃあ僕は関係ないですね。これでも男ですし・・・」
「・・・」
指さす男は口をパクパクとさせ陸に上がった魚の様で、更に周囲から笑い声が上がり恥ずかしさのあまり男の手を払いのけギルドから飛び出していった。その様が可笑しかったのか再び笑い声が木霊した。
「クッククク、そいつは災難だったな」
冒険者ギルド併設の食堂でアスカは先ほど助けられたゲンジロウ・・・もといトウショウサイさんと歓談していた。彼は現実でも刀匠として活躍するプロであり
「そういや~綺羅ん所で何度か見た覚えがあるな」
祖父と知り合いと言うより悪友と言った感じなんだとか。アスカも何度か彼の工房へ足を踏み入れたことが有るのだ。
「それで生産だったか。この世界【器用さ】は割りとスキル何かで上がりやすいが、生産となると別だ。現実と同じように作業しなけりゃならない。まあ魔術なんてもので省略できるとこはあるがな」
鍛冶では火加減の調整に【魔道具】又は【魔術具】と呼ばれる物を使い温度管理をしている。それに鎚で叩くのも【魔術具】が使用されているようである。
「まぁ儂は自らの手で打っているがな」
なぜ手打ちかといえば、その方が品質が上がることによる。店売りの品は生産性を高めるために【魔術具】が使われているが、高品質の武具を求めるのであれば彼の様に自らの手で打つしかないと言った現状があった。
「それにしても儂にはヌシが東の森で苦戦したのが信じられんな。あそこの浅い場所の角兎程度に後れを取るとは思えんのだがな」
トウショウサイから出た言葉にアスカは小首を傾げる。
「え~と僕が相手にしたのは【ファングドック】の群れですね」
それまで穏やかであったトウショウサイの顔に緊張が走る。
「それは本当か?」
「はい」
「それは本当ですか?」
アスカとトウショウサイとの話にウエイトレスをしていた女性が話しかけてくる。
「ええまぁ」
突然話しかけられ困惑しながらもアスカは答えると
「あっ申し訳ありません。私はギルド職員のミコトと申します」
「アスカです」
「知っておるだろうがトウショウサイだ」
突如と始まった自己紹介で和やかな雰囲気に包まれようとしたその時ミコトが再びアスカへと向き直り
「それで先ほど森で【ファングドック】が出たと言うのは本当ですか? 状況なども詳しくお聞きしたいのですが」
襲い掛からんとばかりに気居るように迫った。
「確か・・・夕方だったと思います。それで森に入り視界が悪かったので出直そうとした時にかなりの数の【ファングドック】に襲われたんです」
「それを証明する証拠は何かお持ちですか?」
「ドロップアイテムならそれなりに・・・」
するとミコトはアスカの手を取り引っ張り上げ引きずるような形でアスカを受付カウンター奥にある素材引き取り所へと連れて行かれる。トウショウサイも興味があるのかその後を追う。
「さっここにそのドロップアイテムを出してください」
長机サイズの台を指しミコトがアスカへと促す。
「分かりました・・・」
そう言ってアスカから出されたアイテムの数々はかなりの量で長机からあふれんばかりに置かれた。
「おいおいおい、こいつは普通の群れって数じゃね~ぞ」
その数にトウショウサイが驚き声を上げる。
「・・・ざっと見た感じ12匹以上、こんなのが東の森に居たとなると忌々しき事態ですね」
「そうだな。あそこは夜に出るのは爪猫だろ?」
「はい【クローキャット】ですね。【ファングドック】となると森の先・・・ここらへんだと北の街道付近ですか」
ミコトは引き取り所の職員に目配せをする。職員も頷き奥へと駆けだす。するとミコトは振り返りアスカへと向き直り
「個室をご用意します。詳しい話をそちらでお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「それは構いませんけど、僕は昨日からこちらへ来ている【時間旅行者】ですよ? 先ほど話したこと以外分かりませんけど・・・」
ミコトは確認するかのようにトウショウサイへと視線を移す。
「ああ、昨日こやつが転移門の前で驚いて邪魔だったから注意したぞ?」
「なるほど・・・調査依頼を・・・」
すると慌てるかのように冒険者風の青年が駆け込んでくる
「東の森で【ファングドック】【ファングウルフ】の群れ多数を確認! 【氾濫】の恐れあり! 【氾濫】の恐れありです!」
「領主様には!」
その男にミコトが声を掛ける。
「はぁ・・・はぁ、そっちは俺のパーティーの1人が向かっている」
「誰か早馬で東の森へ! 冒険者たちの避難を促してください!」
「そいつは俺が行く!」
「偵察部隊は!」
「それは私が手配します。確か【風林火山】の斥候パーティーが門前宿に居るはずです」
ギルドは蜂の巣を突いた様に慌ただしさを増して行く・・・