005話
朝日が昇り鎌刃城下を囲う城壁に日が差し込んでくる。見張り台の兵士は欠伸をし、眠気を覚ますかのように両腕を上げ伸ばす・・・ヒュッンッ! トス・・・文が括られた一本の矢がそんな兵士の頬を掠め見張り台の柱へと突き刺さった。
「なっ!? 敵襲? 敵襲か!?」
「落ち着け! 良く見ろ矢文の様だ・・・」
もう一人いた兵士が矢から文を取り内容を確認し顔を青ざめる。
「何、顔を青くしてんだ。俺にも見せてみろ・・・何々・・・『此度の戦、我々アザイ軍はアサクラ軍、ロッカク軍と共に新参の美濃アスカ軍を攻撃することに決まった。つきましては門を開け協力されたし・・・アザイ ヒサマサ』・・・御屋形様から若様への文じゃないか! どういうことだ!? 若様はアスカ軍と協力して近江よりヨシナカ軍を排除すると言ってたんだぞ?」
男は文を持つ者の胸倉を掴む。掴まれた男は両手でつかんでいる腕を引き離し下へと払い
「そんな事俺に聞かれてもわかんね~よ! 良いからこれを若様の所へ持ってくぞ!」
「あ・・・ああ」
男たちは見張り台から降りると近くにある家屋へ声を掛ける。
「緊急事態だ! 見張りを後退してくれ!」
『ああ゛~ん? 何が・・・あったんだ・・・』
中から聞こえる声の主の返事を待たずに
「じゃあ頼んだぞ!」
そう言い捨て男たちは鎌刃城へと駆けだす。戸を開け眠たい眼を擦りながらお腹をかき這い出た男は
「そんで何があった・・・んだ?」
男が目を開けるとそこには誰も居ない。
「ちっ! 緊急事態って何があったんだよ」
舌打ちをしながら見張り台を登るとそこから見えたのは鎌刃城に向け攻撃態勢に入ったような陣を敷いているアザイ軍本隊の姿があった。
「なっ!? どういうこった! まさか御屋形様達は【亡霊武者】に寝返ったんじゃあるまいな・・・」
不安を覚えすぐさま物見台の板の裏に隠れる。
鎌刃城では朝食をとっていたユキナやナガマサの下へ先ほどの文の内容が伝わり大広間に家臣たちが集められていた。
「父上は何を考えておいでなのだ! このアザイ家を潰すおつもりか!」
若く顔立ちの良い武者、ナガマサは苛立ちを口にする。
「それでどうするおつもりですかナガマサ殿?」
家臣たちも誰も口にできないでいる中ユキナがナガマサに訊ねる。
「無論こんな命には従うことは出来ん! 死せる者に組するなど絶対にあってはならんことだ! ここは私自らが父の下へと赴き説き伏せる!」
「なりませんぞ若!」
今にも単身で飛び出そうとするナガマサを口ひげを生やしたアザイ家の重鎮ヤヘイが止める。
「止めるなヤヘイ! これでは昨夜のアスカ殿の勝利が無に帰すのだぞ!」
ヤヘイを睨み付けナガマサは怒鳴りつける。そんなヤヘイはと言うとユキナを一瞥して
「事ここに至っては我らにとれる道は2つ・・・1つはこの場でユキナ殿を初めとしたアスカ殿の家臣を捉えヒサマサ様に合流する。・・・ですが、これはロッカク軍当主サダヨリが捕らえられたことで我々に勝ち目はありますまい・・・不可能でありましょう」
ナガマサも懐の巻物が機能しなくなることを予測し頷く。
「したがって我らが取れるのはもう1つの・・・美濃アスカ軍へと下る他ありますまい。それに【今孔明】と呼び声の高いハンベイ殿の事、こうなることは予測いたしていたのではありませんかユキナ殿?」
ヤヘイの言葉にナガマサの首が勢いよく振られユキナを捉える。
「真かユキナ殿?」
「はい。こうなるであろうことは予測済みで、小谷城にも密偵を送り込んでいます。そして事ここに至っては真の後攻め足る美濃主力部隊が小谷城を目指し進軍していることでしょう。また琵琶湖北の清水山城には同盟勢力である【十勇士】が制圧に乗り出していると思いますわ」
「「「・・・」」」
ユキナの言葉にアザイ家の家臣たちは言葉を失う。
「それにここへと布陣しているアザイ家本隊ですが・・・」
「まだ何か策が有るのか?」
「はい。小谷城へと向かう途中で我軍は二手に分かれます。本隊はそのままドウサン殿とハンベイ殿が率い小谷城へ、分かれた部隊は美濃三人衆が率いアザイ軍本隊を北から攻めます。更にはその速度を生かしもうじき西よりカエデ軍の騎馬隊が来ることでしょう」
「そしてここに居るユキナ殿と家臣団の部隊か・・・既に包囲網が出来上がっていたと言う訳か・・・」
その場で崩れようかと言うナガマサは崩れるのではなく膝を付きユキナへと頭を下げる。
「こんな事は言えた義理ではあるまいが、どうか父上やその家臣・・・近江の者たちを助けてはくれまいか・・・頼むこの通りだ」
するとアザイ家臣団も一斉にユキナへと身体を向け頭をたたみにこすりつける勢いで頭を下げる。
「・・・それは虫の良い話ですね」
「それは重々承知! されど! 父上は・・・」
「ヒサマサ様は気が弱いお方。包囲し降るよう促せばきっと降伏いたす。いや私めが必ずや降伏を促しましょう! 何卒ご慈悲を!」
困ったようにユキナはため息を一つつき
「はぁ~良いでしょう・・・正し! 降伏に応じない場合はその限りではありません! そして降伏したとてそれ相応の罰は受けて頂きますよ?」
ユキナの言葉に喜びを見せる家臣団に対しユキナは釘を刺した。
「それで構いません! 父上には隠居と共に寺に入っていただき俗世とは一切のかかわりを得ない生活をさせまする。その他の家臣に関しては今後の働きにてこの御恩代えさせていただきます」
ナガマサたちの熱意に負けユキナは取りあえず総攻撃は待つように指示を出す。
鎌刃城の前で陣取っているアザイ軍本隊
「ナガマサは何をしているのだ! 何を!」
すると伝令の兵が駆け込み
「申し上げます! 北より美濃三人衆が軍が現れましてございます!」
更にもう1人駆け込み
「申し上げます! 西よりアスカ軍先方騎馬隊現れました!」
ヒサマサは手に持つ軍配を地面へと落とす。
「もう一度申してみよ・・・」
「はっ! 北より美濃三人衆が軍が現れましてございます」
「はっ! 同じく西よりアスカ軍先方騎馬隊が現れました」
「なっななななな・・・」
そこへ更に兵士が駆け込み
「今度は何事か!」
「はっ! 申し上げます! ヤヘイ様降伏勧告の使者として御越しになりました!」
「こっ降伏だと! どういうことだ!」
ヒサマサが怒鳴り声を上げると陣幕の外より兵士の静止を振り払いヤヘイが現れる。
「御屋形様そのままの意味ですよ。ロッカク当主サダヨリは既にアスカ様に敗れその支配権が移ってございます。どうあがこうとこの程度の戦力では蹂躙されるが関の山かと・・・」
「・・・もう一度言ってくれ・・・サダヨリ殿が敗れたと申すのか?」
「御意。それだけではなく恐らく小谷城も既にアスカ軍により制圧されていることでありましょう」
ヤヘイの言葉にアザイ家幕僚の武者たちはどよめきだす。
「故に私がこうして勧告の使者を買って出た次第であります」
「倅は・・・ナガマサは何と・・・」
「『これほど愚かとは思いませんでした。死せる者に組するなどあってはならぬこと』と申されていました」
「そうか・・・アザイ家は・・・いや、儂は道を踏み誤ったのだな・・・」
ヒサマサは家臣たちを見渡し
「この儂の命でどうかこの者たちの命は助けてはくれまいか?」
「殿!」
「何を言われます殿!」
「我々もお供します!」
するとヤヘイが咳ばらいをし注目を集める。
「そのことは若様一同鎌刃城の者たちが命乞いをし、御屋形様は隠居の上、寺へと入り俗世とは隔離。他の者たちも領地などは失いましょうが、命は取らないとのこと安心めされい」
ヒサマサは愚か家臣たちもそれには開いた口が塞がらないと言った表情でしばらく固まるのであった。




