009話
アスカ達と【六文】、【陰陽連】が接触したころ、京の都へと入ることに成功したヨシナカ軍はその勢いのまま周辺国へと兵を進めた。これに対し京東部に位置する近江南部を支配する領主ロッカク家は南部の伊賀の国へと真っ先に逃げ出す。これに対し近江の国北部の領主アザイ家は抗戦の構えを見せるが、先の【亡霊武者】同士の軍の戦いの余波から戦いに巻き込まれ各城下町を死守することしかできないでいる。また同盟国であるアサクラ軍も同様にヨシナカ軍により壊滅されていた。西方はトヨトミ軍、サナダ軍、クロダ軍、【千成瓢箪】の連合軍により撃退又はこう着状態となり、京の町では【亡霊武者】により略奪が繰り広げられ荒れ果てていた。
そして数日の後ヨシナカ軍はその矛先を美濃の国へと向ける。
「斥候からの情報ではここ関ヶ原で部隊を2つに分け西と北からこの大垣城へと攻めてくることは間違いないでしょう」
大垣城の一室で大きく広げられた地図を指揮棒のようなもので指しながらユキナが説明する。
「なるほど、つまりこちらは相手に合わせ2手に軍を分けるのか、ここ大垣城で籠城し敵を足止め、稲葉山城より部隊を出し殲滅するかとなる訳だな」
細身の長い顎鬚を生やした目つきの鋭い男ドウサンが答える。
「はい。ですが・・・」
「ん? ユキナちゃんどうした?」
言いよどむユキナに気安い感じでドウサンが訊ねると、ユキナは瞳を閉じ考え込みしばらくして見開き
「私の【姫軍師】としての能力でタツオキ殿が敵に康応して美濃を乗っ取る動きを見せたので・・・」
「くっ! あやつめ今がどういう時か分かっておらんのか。それなら婿殿・・・いやそれも不味いな」
ドウサンの懸念をユキナは予測する。
「そうですね。木曽よりヨシナカ軍と同じ旗を掲げた【亡霊武者】の軍が三河へと向かっていると聞きます」
「そうだ。美濃東はハンベイが居れば問題ないだろうからな」
「・・・アスカ君は何か意見はありませんか?」
会議に参加していた・・・させられていたアスカへとユキナが言葉を振る。
「・・・何で僕が総大将なんですか?」
「今更だな」
アスカの言葉にドウサンが言い捨てる。そう何故か【六文】、【陰陽連】、サイトウ軍の連合軍の総大将に【六文】代表代行のユキナと【陰陽連】の盟主シキノの推薦を受け、ドウサンがそれを承諾した為に有無を言わさずまつり上げられたという次第である。
「甲斐の国の【神楽舞の神子】であるならばこれ以上の敵人はおらんぞ坊主」
「・・・はぁ、では1つ【亡霊武者】の軍・・・ヨシナカ軍との戦いで疲弊すれば稲葉山城の軍と不利な状態で戦うこととなるでしょう」
「そうなるな」
「であれば・・・」
アスカは関ヶ原を閉じた扇で指し
「僕のパーティーメンバーと【六文】にてヨシナカ軍をここで討ちます」
「討てるのであれば儂の軍が丸々残るから愚息については問題なかろうな。討てるのであればな」
アスカの意見にドウサンがどうやってヨシナカ軍を討つのかと聞いてくる。
「まずは時間との勝負でしょう。僕たちが先に関ヶ原へと到達する」
「そうですね。ですがそれは問題ないかと【六文】の騎馬隊とアスカ君達であれば十分に間に合います」
「ん? それだけの戦力では蹴散らされるのではないか?」
ドウサンがアスカの意見に賛同したユキナに訊ねる。
「戦力は後から送れば良いのです。重要なのは先に【神楽舞の神子】を関ヶ原に送り、彼が舞っている間守れるだけの戦力が有れば良いのです」
「・・・ズズズ・・・躑躅ヶ崎の再現と言う訳じゃのう・・・」
それまで話に加わっていなかったシキノがお茶を口へと含み口を開く。
「おお~その手があったか。確か【死鬼】すらわずかの間に浄化したとか」
「そうです。さらにオリハルコン・ゴーレム、【葵】のツバサを討ち破ったことにより上がったレベルで効果は上がっていると私は予測します」
「うむ、それであれば勝算は大きいな。だが、【陰陽連】を動かさないのには何か理由があるのか?」
ドウサンの意見はもっともである。幾ら【破邪】系の武具を【六文】が装備しているとはいえ【亡霊武者】が相手となれば【陰陽術】だって有効と言えるのだから
「それについては、何故今の時期にタツオキさんが謀反を起こしたのかとなります」
「・・・ズズズ・・・イマガワ軍と同じと見ておるのかのう?」
「はい。タマヅサは結局あの一件で討伐したとも捕らえたとも聞いていませんからね」
ドウサンは額を抑える。
「妖狐タマヅサか・・・あの馬鹿が!」
「・・・失念していました。確かに私達【時間旅行者】が介入し争いを押えましたからね。イマガワ家で起きたと同様に篭絡し易そうな人物を【葵】から聞いていても可笑しくありませんね」
「確かに後手後手に回っていることは否めませんが、まずは一刻も早く【陰陽連】とその盟主であるシキノさんに京に行ってもらう必要がありますから」
「それには後方の美濃が不安定ではいかぬか・・・いっそのこと坊主が美濃を治めてみるか?」
ドウサンは不敵に口端を釣り上げニヤリと笑う。
「嫌ですよめんどくさい」
「直接治めんでもユキナちゃんも居るし、無事であればハンベイも力を貸すと思うぞ?」
「ハイハイ軍議はここまで、時間との勝負ですから僕たちは出ますね」
アスカは立ち上がりそそくさと部屋を後にする。
「カエデ、私は兵糧を運ぶ手配を致しますから・・・」
「アスカのことは任せとけって」
「頼みます」
カエデも部屋を後にしたところでユキナは再びドウサンへと向き直る。
「どこまで本気なんですか?」
「なに、今後【亡霊武者】達と戦うのであれば拠点や戦力は必要であろう? それに愚息がたぶらかされおったのだ。継がせるのであれば見込みのある者の方が良いじゃろう・・・のうシキノちゅん?」
突然振られたシキノは湯呑を静かに置き
「・・・確かに我もかの者に地位を与えようとしておったよ」
「シキノ様!?」
「そう驚くことでもないのだがな・・・この先きっと表と裏の戦いへと繋がる。その中心となる者に戦力が無いでは纏るものも纏まらないと言う訳だよユキナ殿」
「そこまで深刻な事態となるのか・・・ますますここで坊主に美濃を譲っとかなければならないな」
「多分京の結界や封印は全てを守ることなどできぬであろう。さすれば次善の策を用意する・・・即ち【神子】の強化と言う訳だのう・・・ズズズ・・・」
再びシキノは湯呑を持ち上げお茶を啜る。
「・・・分かりました。代表にも伝えておきます」
「うむ、頼んだのじゃ」
稲葉山城
「親父殿はこの美濃をあのうつけに譲るなど・・・何処までもこの儂をバカにしおってからに!」
ドウサンを若くして肉付きを良くした大男が天守閣で叫ぶ。
「本当に・・・老いとは判断を鈍らせますのね・・・」
妖美な着物姿の女性タマヅサがタツオキに同調する。
「おお~本当にタマヅサの申す通りだ。【亡霊武者】で疲弊したところを救援にかこつけたと見せかけ討ってくれよう」
「その意気ですタツオキ様」
タマヅサはタツオキへと寄り添いもたれかかる。
「親父殿を討った暁にはその方が儂の妃だ! 待っておれ」
タツオキはタマヅサを引きはがしその腕に抱きしめる。ニヤリ・・・タマヅサの口端が吊り上がったのをタツオキは気づくことなく戦支度を始める。踊らされているとも知らず・・・




