002話
ドンッ!
驚くアスカに角刈りの白髪頭をした細身だが筋肉質と思えるはかま姿の男がぶつかった。
「おっとわり~・・・だがな、ここは転移門の前だ。すぐ退くのがマナーってもんだ」
「あっすみません。驚いていたもので・・・」
アスカは横へとずれ、男に向かって頭を下げる。
「ん? ああ~そうか、第五陣の新人か。良いって事よ今度から気を付けな」
「はい。ご忠告ありがとうございました」
アスカは再び頭を下げ、男は右手をひらひらとさせながら歩き出し
「良いって事よ。じゃあな」
男は北側へと歩き出し、アスカはぶつかったことですっかりとメールの事を忘れていた。
「ふ~気を付けないと・・・え~とまずはギルドへ登録が基本だったっけか?」
【冒険者ギルド】通称【ギルド】様々な依頼や仕事をあっせんする場所・・・所謂派遣会社のような場所である。
「北区が職人街、南が宿場、西が商人街だから東か」
メニュー画面から地図を表示させ確認すると東へと歩き出す。アスカは気が付いていないが今いる場所は南区の北部にある転移門広場である。中央区には躑躅ヶ崎館があり、甲斐の国を納めるタケダ家(NPC)が存在する。また長距離を歩くことになれていない現代人にとって南区から東区にある冒険者ギルドまではかなりの距離がありそのことを思い知ることとなったのである。
「やっやっと着いた・・・」
冒険者ギルド前で両ひざに手を置き息を切らせているアスカの目に1つの看板が目に入る『駕籠便、都市内何処でも100エン』
その文字に釘付けになっていると更に説明文が表示され、現実世界のタクシーと同じように使えると書かれていた。
またこれはアスカが知らないだけだが新規プレイヤーの為の掲示板に『都市の中では駕籠又は人力車を用いギルドへと行くこと』と注意書きがなされているのである。
「・・・そんなのあったんだ・・・」
更に疲れがこみ上げてきたが気を取り直しアスカはギルド内へと足を踏み入れて行く。
中に入ると正面には大きな掲示板が有り幾つもの張り紙がなされ、右を向けばカウンターが有り受付などのプレートが目に入る。更に反対の左を向けば幾つものテーブルが並び、食堂の様なスペースとなっていた。
アスカは受付と書かれたプレートの下へと歩いて行く。ゲーム時間内では昼の10時を回ったところだろうかピークの時間が過ぎているのだろう閑散としていてすぐにアスカの順番となっていた。
「ようこそ甲斐の国、冒険者ギルド躑躅ヶ崎支部へ。本日は仕事の依頼ですか? それとも仕事の斡旋ですか?」
受付の女性がアスカへと語り掛けてくる。
「いえ、登録をお願いします」
受付嬢は一瞬キョトンと驚き、気を取り直し
「新規の方でしたか。それではこちらのプレートへ両手を置いてください」
受付嬢はカウンターにある少し斜めとなっている台座を指しそう告げる。アスカは指示に従い両手を置くと光が台座の奥から手前へと流れ
「はい。もう離してもらっていいですよ」
カウンターの向こう側でキーボードの様な物を受付嬢が叩く音が聞こえてくる。しばらくすると受付嬢が椅子を回し後ろへと振り向くと後ろにあるケースが開きクレジットカードサイズのカードが出てくる。受付嬢はそれを取り上げ再びアスカへと振り向きながら瞳を見開く。
「おっ男の子? えっこれ誤作動?」
「・・・それであってます。僕はれっきとした男性です」
アスカの言葉に思わず受付嬢は口を押え信じられない物を見た様に驚きの表情へと変わった。
「もっ申し訳ございませんでした。こっこちらがギルドカードになります」
それでもすぐにアスカへと頭を下げ慌ててギルドカードを差し出した。
アスカがギルドカードを受け取ると受付嬢はギルドに付いての説明を始めた。
ギルドはFランクから始まりE、Dと上がって行き最高ランクのSまであること
ランクは依頼を熟すことでギルド貢献度が上がり、失敗するとその貢献度が下がること
ランクアップは自動で行われていくがDランク以上になるためにはその都度試験が発生すること
その他幾つかの注意事項の後にFランクの者はギルドカード発行から1週間は訓練所が無料で使え、そこに居る教官の課題をクリアすると武器がもらえると教えられた。
「・・・訓練所をお使いになりますか?」
アスカは頷き了承すると受付嬢は手で左側を指し
「あちらの廊下の先にある扉をくぐると裏にある訓練所へと出ます。訓練所に居る教官にカードを提示すれば訓練を受けられますので頑張ってください」
「ご説明ありがとうございました」
アスカは受付嬢へお礼を言い指示された廊下を抜け訓練所へと続く扉を開いた。
アスカが見たその光景はなぜかスタンド付きのグランドと言ったところだろうか。サッカーの試合でもできそうな広さがある。しかしながら地面に広がる緑色の絨毯は芝などではなく雑草である。そんな訓練場の隅で丁度木陰となった場所で椅子にもたれ舟をこぐ男の姿を見つける。
「他に人が居ないようですし、彼が教官かな?」
アスカは椅子にもたれ眠る男性へと近づき
「すみませ~ん! 訓練を受けたいんですけど!」
大きな声で声を掛ける。しかし男はいっこうに起きる気配が無い。
「すいませ~ん! 起きてください!」
アスカは男に近づき、手で揺すりながら声を掛けるがまだ男は起きる気配が無い。しょうがないので再びギルドへと戻り受付嬢に教官であろう男が寝ていて訓練を受けられないと説明すると受付嬢だけでなく他の職員も呆れ顔で頭を押さえため息をつく。
「またか・・・ペナルティで教官をやらせているのに・・・今回の件で奴は降格だな」
執事と見まごう佇まいをした細身の男が、気配無くいつの間にかアスカの隣へと立っていた。
「こちらの事は君たちに任せます」
「「「はっはい!」」」
男が職員に任せると告げると職員たちは緊張した面持ちで一斉に返事をした。
「それではお嬢さん行きましょうか」
アスカへと向き直り男が告げるとアスカの登録を担当した受付嬢が困惑の表情を見せる。
「僕、男・・・」
短くアスカが抗議を口にすると男の片方の眉がピクリと動く
「なっ!? その背、その容姿で男だと!? ・・・っと失礼いたしました。それにまだ互いに名乗っては居ませんでしたねお坊ちゃん? ちゃま?」
「ああ~無理に丁寧に喋る必要ないですよ」
「ん? そうか。女性に対しては評判良いんだがな・・・っとまた話がそれたな俺はマサツグ、ヤマガタ・マサツグ。ここのギルドマスターってのをやらせてもらっている」
「アスカ。今日冒険者になったアスカです」
アスカとマサツグは自己紹介をしながら訓練所の扉を開け中へと足を踏み入れる。すると木陰に居た男はまだ眠り起きる気配すらない状態であった。マサツグはこめかみを押え腰より杖を取り出すと眠っている男へと向け
「【火矢】」
【火矢】【フレイムアロー】とも呼ばれ【魔力による矢の作成】【火属性に変換】【対象選択】【発射】4工程からなる魔術が紡がれ火術が行使された。
【火矢】は目にも止まらぬの速度で眠る男へと飛んでいき命中すると、その場所から炎が燃え上がった。
「んぎゃ! あっあちっ! あじぃぃぃぃぃ!!!」
男の頭上に緑色のバーが表示されそのバーが半分ほどまで減ると黄色く色が変わり止まった。男は周囲を確認しマサツグを発見して顔を青ざめる
「ちょっ違うんだ! 誰も来ないから俺は休憩をだな・・・」
「黙りなさい。こちらの彼が何度声をかけても起きないと報告に来ました」
すると青ざめた男は顔を赤らめアスカを睨み付ける。
「そっそんな奴は来てねぇ! 来てないったら来てねぇよ!!」
アスカを指さしながら怒鳴り散らす。
「はぁもう良いです。貴方は降格処分がもはや決定いたしました。Dランクからやり直してきなさい」
マサツグが杖を地面へと突き立てると男の足元に魔法陣が浮かぶ
「まっ待ってくれ! 降格だ・・・」
最後まで叫ぶことなく男は消える。次の瞬間、後ろの建物が騒がしくなる。
「さっ向こうはほっといて訓練を始めましょう」
クルリとアスカへと振り向いたマサツグにアスカは勢いよく頷いた。