モブ受付嬢さん
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俺は同伴の兵士さんとギルドの入り口で別れた。
ギルドの扉をくぐると、そこにはテンプレが満ち溢れていた。止まない喧噪や昼から飲んでいる酔っ払い冒険者、超絶美人な受付のお姉さんなど。
だがしかし、俺はモブ臭のするお姉さんの受付へと足を向けた。なぜかって? 目立たないためだよ! 絡まれると面倒だしな。ちなみに俺はB専じゃないぞ? ほんとだぞ?
「本日はギルドへようこそ。どのようなご用件でしょうか」
「ああ、街の外で身分証をなくしてしまってね。再発行を頼むよ」
「はい。かしこまりました。再発行手続きですね。手数料が銀貨三枚です。」
そこで俺の思考はフリーズした。銀貨三枚だって? その価値も知らんし、通貨なんて日本のものくらいしか持ってないぞ。しかも絶対野口さんとか諭吉さんとか効果ないだろ。
「えーと。それが早い話、森で野盗に襲われまして。お金も全部取られちゃいまして……」
「あっ、そうだったんですね。それは大変でしたね」
「ええ。でも命だけでも助かって良かったです。命あっての物種ですから」
「まったくそのとおりですね」
などと超絶B女の受付のお姉さんと談笑しながら再発行手続きに進んだ。え? 銀貨三枚? うやむやにしたかったけどツケにされたよ! ちくしょう!
「ではお名前をどうぞ」
「はい。名前はカイです。家名はありません」
もちろん俺は流れるように嘘をついた。まだ自分の名前を思い出せていないが、偽名を作っておいたらとりあえずこの場はしのぐことができるはずだ。
なぜカイなのかというと、街に入ってすぐの露店が取り扱っていたのが貝だったからだ。なんて理由じゃないぞ? ほんとだぞ?
「ではカイさん。こちらの壺に髪の毛を入れてください。するとマジックインクができるので、こちらの履歴書に必要事項を書いていただければ身分証の発行ができます」
そう言われるままに俺は頭頂部から髪の毛を拝借し、壺に入れた。すると壺からボシュンっと煙が出たのでファンタジー。つい感嘆の溜息を吐いてしまった。
そしてもらった紙の必要事項を埋めていく。名前。年齢。職業。だけである。
「カイ。18歳。市民っと」
息をするように嘘を書いた。これでごまかせないかな?
「……えっとカイさん? 職業が市民というのは、どういうことですか?」
「ああ、恥ずかしいことですが定職に就いていませんので」
「あっ、すみません。そういう事情でしたら市民で大丈夫です」
受付のB女も察してくれたらしい。異世界でさっそく無職になるとはな。なんだか泣きそうだわ。そしてB女は俺のなんちゃって履歴書を手に奥へと行ったと思ったら、すぐに帰ってきた。
「では、こちらがカイさんの身分証です。今度は失くさないようにしてくださいね?」
少し笑われてしまった。なぜだろう、解せぬ。
「ところでカイさん、今日の日銭を稼ぐのにこちらのクエストを受けませんか? 今なら、冒険者登録料もツケにして、今日の宿代分は残るかと思いますが」
自然な流れで冒険者登録料までツケにしようとしてきた悪徳受付嬢さんであるが、提示してきたのは一枚の羊皮紙。
「…………冒険者ギルドの厠掃除?」
なんと、トイレ掃除である。