俺の名前は?
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「イタタ……。いきなり異世界に放り込みやがったな、あのじいさん」
じいさんがいた白い空間から落っこちて、着いたのはどこかの森っぽいところ。
なぜ「っぽい」がつくかと言われれば、落ちてくる最中に確認してみたところ、森の規模が結構小さかったこととすぐ近くに城壁のある街が見えたからだ。
「……まあ、身一つで異世界ってのもテンプレだしな」
とりあえず俺は楽観的に考えて、これからのことに悲観しないことにした。
じいさんの話だと、ここは剣と魔法の異世界で俺はダンジョンマスターなんだよな。ってことは、魔物っぽいやつもいるよな。とりあえず街の中に入れてもらえるか試すとするか。ここが安全かもわかんないし。
思い立ったが吉日。俺は森を抜けたところにある街に向けて繰り出した。
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「そこの者、止まりなさい!」
「あっはい」
城壁の門あたりまで来たところで、門番らしき兵士さんにそこそこ大きな声で止められてしまった。
「妙な服装をしているが、どこから来た?この街に何の用がある!」
ただの不審者に誰何したしただけのようだ。その不審者が俺のようだな。解せぬ。
ここで答えるセリフについてだが、異世界からきました!とか記憶を亡くしてしまって・・・。は定番だよな。
「えっと、俺の名前は! ・・・・・・名前は。名前……」
俺の名前は・・・・・・何だったか。ヤベエ、マジでわからんぞ。
「俺の名前……知りませんかっ?」
「はあ? 自分の名前を忘れたのか?」
やばいやばい。名前を思い出せないとか普通にやばい。昨日までの日常的なエピソード記憶はあるんだが。俺の名前に関してだけすっぽりと欠落してやがる。
だがここは、とにかく街の中に入れてもらわねば。名前ならあとで思い出せるかもしれないしな。
「あっ、あの! 記憶が混濁していて名前は思い出せません! 身分証?もたぶん失くしましたっ!」
「・・・・・・こんな珍妙な事例は初めてだからな。ちょっと待っていろ。隊長を呼んでくる」
上司の指示を仰ぐっぽい。兵士さんは門の勝手口みたいな方の扉へと入っていった。その間に名前を思い出すか。うーーん・・・・・・。
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俺が唸りながら思いだそうとすること数分。もっとごつい鎧をつけた兵士さんを伴って、さっきの兵士さんが帰ってきた。
「お前か? 自分の名前を忘れてしまったという不審者は?」
「不審な者ではありません。ただの一般人です」
ここは誇示しておこうか。大事なところだからな。俺は清廉潔白な一般人。(仮)だ。
「んん? まあ良い。この水晶に手を乗せてくれ」
そう言いながら上司さんは水色の濁った水晶を取り出した。もしかすると魔道具的なナニカかもしれない。すごいテンションがあがる。
「これは対象のカルマを計測して、犯罪を犯したことのある者が触れれば赤く変色するものだ」
いつものやつだな! 俺そーゆーの知ってるぜ門番さん! だが、俺ってば前世でゴミをポイ捨てしたこともあるし、好きなこのリコーダーを舐めちゃったことあるんだが・・・。
俺の焦りが高まるに比例して手汗で潤っていく右手を水晶の上に乗せる。
ざわざわざわざわざわざわ……。
「よし。変色なしだな。通って良し。身分証については冒険者ギルドで再度発行してもらってくれ。そこまでの道中は部下を同伴させるが構わないな?」
「え? あっはい。わかりました」
俺のドキドキは? あっれー? まあよしとするか。
そして俺は一人の兵士さんを連れだって冒険者ギルドに向かって歩きだした。