副作用のあるチートで異世界を生き抜け!~私の死亡フラグは回収する為にある~
諸君、異世界転生をしたからと言って、チート能力を貰ったら俺TUEEEE出来ると思ったら間違いだ! そして選択は重要だ!!
私は死んで異世界転生を果たした。
天界みたいなところで死んだ事を告げられて、天国へ旅立つか異世界転生の選択を迫られたさ!
その状況なら異世界転生を選ぶだろ?
「申し訳ありません。あなたを付けまわしていた悪魔の所業を止める事が出来ませんでした」
天界みたいなところで羽の生えた天使っぽい人から、そう告げられたのさ。
詳しく話を聞いて見れば、悪魔なんて存在が実在していて、よりにもよって目を付けられた我が身の不幸を知ったのは死んだ後という始末さ。
「あなたに惚れてしまった悪魔は、あなたを独り占めしたいと行動を起こしてしまいました」
「その辺の記憶はさっぱりなんですが、教えてもらえませんか?」
その後は聞くんじゃなかったと思ったさ。死因を挙げる事さえ出来ない有様さ。
幸い悪魔は身体の方が好みだったらしく、魂は放置されて天界みたいなところに来れたわけさ!
おっと、悪魔は性別がないらしいぜ? しかも人間にまぎれて生活しているらしいから注意しな。狙われたら生きているのがツライと思える目に合うぜ。
「生まれ変わり世界では、あなたの容姿は変わりますので心配はないと思いますが、一応あなたを付け狙った悪魔の名前を教えておきます。彼の名前は『ビリー=ブラックキャット』」
悪魔についての話を聞く限り、世界を自由に渡れるようだ。気をつけよう。主に背後に。
「こちらの不手際のお詫びに新たな生を受ける世界で2つの能力をお付けします。その世界ではスキルというものが存在している世界になります。こちらからお選び下さい」
異世界転生の王道的な天界だ。チート能力を2つ貰えるようだ。
「ただし、ご注意下さい。スキルを身につける代わりにデメリットもあります。例えば体力向上のスキルを付けると魔力が下がるというように必ずバランスがとられるようになっております」
つまり、世界の調和を乱しすぎるような事が出来ないようになっている訳か。
私は最大HPが半減の変わりに多大な効果のある2つのスキルを選んだ。『攻撃完全回避』と『自動蘇生』だ。
『攻撃完全回避』は悪意ある攻撃に対して自動で回避してくれる優れものらしい。また悪魔に付けねらわれても安心だ。
『自動蘇生』は何度でも状態異常や欠損なども回復して最低限動き回れるHP1の状態で自動的に復活できる。寿命以外の死は回避出来る優れものだ。今度は長生きしよう。
「それでは、新たな生に幸があらんことを」
こうして、天使の祝福と共に新しい生を得る為に異世界へと旅立った。
………………そして、死んだ。
ドンっ!
「おう、痛ぇじゃねぇか! 兄ちゃん!!」
私は無事に異世界転生を果たした。生まれたのは貧しくはないが裕福でもない農家の次男坊として生まれた。スキルのデメリットのせいで身体が弱く、何度も倒れる事があったが、成人まで無事とは言えなかったが成長できた。
そして今、冒険者をしている。農家は長男が継ぐため、自然と成人後はさっさと実家を後にした。兄も他の家族も身体が弱いのを心配して残るように言ってくれたが、私は冒険者として立派に活動している。
「兄ちゃん、人にぶつかっておいて………」
ドサッ!
「に、兄ちゃん!?」
叫ぶ男は、先ほどぶつかった相手が地面に倒れた事に驚いていた。
だが、周りにいる人たちは一瞬だけ、男と倒れた人物を見ると普段の生活へ戻っていった。
ここはとある貴族が治める領地の端にある比較的大きな街で、近くには魔物が多く生息している森がある。
一攫千金を夢見る者や、己の腕を試す為に日々多くの冒険者がこの街へやってくる。
叫んでいた男は、この街に初めてやってきた冒険者だった。
大通りと呼べる道の真ん中で1人の男が倒れている。そして倒れている男の指先には『犯人は当たり屋』と書かれている。
「おぃ、兄ちゃん。しっかりしろ!」
慌てて倒れている相手を抱き起こす。叫んでいた男はだいぶ混乱しているようだ。
「ひっ! 死んでる!!」
倒れていた男は呼吸をしていない………。男が死を口にした事で、先ほどまで無関心だった人々からの視線が集まる。
倒れて死んでいると思われる者の側には「犯人は当たり屋」と地面に書かれた文字。
現場の状況から、衛兵が来れば叫んでいた当たり屋の男が連れて行かれるのは間違いないだろう。
「お、俺じゃねぇ! 俺は何もしていねぇ!!」
当たり屋の男は、視線を送ってくる周りに必死に弁明をする。その行動が返って怪しさを増す。
男にとって、周りの視線が強くなっていくように感じたのだろう。
当たり屋の男はとっさに、その場から離れて行った。完全に逃げるように………。
その様子に周りからは「ご愁傷様」という言葉が囁かれて、また日常に戻っていく。倒れた人物は野ざらしのまま………。
これがこの街の日常である。
「痛てて。また倒れたか………。今度は誰だよ。全く」
私は異世界転生をはたしてスキル『自動蘇生』を持つ者だ。こうして何かの拍子で死んだとしても少しの時間で自動で復活する。
地面を見ると『犯人は当たり屋』と書かれている。どうやら、今回の死因は誰かがぶつかった事らしい。
私が死ぬのは、数を数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの死を経験している。いずれも即死の為、恐怖を感じた事はない。
あまりにも死ぬ回数が多かったせいか、こうして身体が自然と死因を勝手に記録してくれる特技を身につけた。さしずめスキル名『ダイイングメッセージ』か。ふっ!
私が新たなこの世界に生を受けた瞬間も死んだ。両親は死産だと思って泣いていたところに蘇生して両親を大いに喜ばせた逸話がある。
その頃は脳が発達していないせいか、当然覚えてはいない。
そんな感じで、死にながら成長をした。おかげで家族からは身体が弱く、成人まで生きれないと思われていたようだ。
そろそろネタ晴らしをしよう。私のHPは現在『自動蘇生』のおかげで1だ。通常であれば、休めば徐々に回復していくはずだが、私にはそれはあり得ない。
なぜなら、最大HPがゼロなのだから。
これが本当のゼロから始める異世界転生だ。異世界に転生直後にHPがゼロになり、復活しては常にHP1のまま生きてきた。
子供の頃は泥団子をぶつけられては死に。少年になってからは、農作業の手伝いの際に飛び出してきた虫に追突されて死に。青年になってからは好きな相手に告白して振られて死んだ。
言葉どおり、死の多い人生を送ってきた。
だが、魔物との戦闘中に死んだ事は一度もない。もう1つの所持スキル『攻撃完全回避』のおかげだ。
周りからも病弱だと思われつつも、成果はしっかり果たしていたおかげで1人前の冒険者と認められるだけの腕前は持っている。
ただ、街の中では『攻撃完全回避』が発動しないせいか、本当に良く死ぬ。おかげで最初は大騒ぎだった街の人々も今では完全に放置だ。
『自動蘇生』と『攻撃完全回避』。この2つのスキルのデメリットは最大HP半減だ。表記を変えるなら最大HP-50%だ。これが2つだ。
これがどういう意味か分かるな? 仮にレベルアップをしても最大HPは0のままだ。死んで復活するとHPが1になる。私はスキル選択に失敗したのである。
この物語は、そんなスキル選択を誤った異世界転生者の冒険活劇だ。
トラブルもあったが、今日も冒険者としての依頼を果たすべく冒険者ギルドまでやってきた。そう、後一歩というところまでやってきたのだ。
だが、そこには私の天敵がいた。
奴らは野生の鳥だ。冒険者が面白半分に餌をやるものだから、時間によっては集まってきてしまう。
他の冒険者が通る時は、鳥たちは避けるのだが、私の場合は避けられた事はない。
なぜなら私はHP1だからだ。
私は討伐系の依頼で標的を討ち洩らした事はない。達成率100%だ。それもこれもHP1のおかげだ。
野生の生き物は自分より強い者に対しては逃げるが、私は常に瀕死のHP1だ。相手が逃げる理由はない。
ただ、鳥たちが天敵であるのは別の理由だ。
今も地面で食べかすを突いている奴らは大した驚異ではない。私が警戒しているのは上空だ。やつらは爆弾を使う。とても恐ろしい兵器だ。
やつらの攻撃で死ぬ事は屈辱の極みだ。なんとしても避けなければならない。
全身全霊で神経ををすり減らし、何とか建物の内部へ進入する事に成功してほっとする。
「おぅ。来たか。お前へ指名の依頼が入っている」
各種依頼が貼り付けられている掲示板を覗いていると、おっさんが話しかけてきた。私は綺麗な美人受付と話がしたいのだ。
「チェンジで」
「うちにそんな制度はねぇ。何度このやりとりをやらせる気だ? 諦めてこっちに来やがれ」
いくら抗議してもし足りないくらいだ。だが、美人の受付さんから冷たい視線が送られる前に戦術撤退をする事にした。冷たい視線も私の死亡フラグだからな。
「で、今度は何を討伐すれば良い?」
「まあ、待て今回は違う話だ」
違う話? 嫌な予感しかしない。その時………。
「てめぇ! イカサマしやがったな!!」
背後から聞こえてきたその声とほぼ同時に、また意識を失った。
冒険者ギルド。表向きは老若男女誰でも冒険者になれるが、その依頼の性質上、荒くれ者が多い。
ギルドの建物内はそんな荒くれ者たちの巣窟だ。争いが絶えないのも当然の帰結だ。
「てめぇら! こいつがいるときには騒ぎを起こさないという暗黙の了解を忘れたか!」
冒険者ギルド内で、起こった騒ぎに一際厳つい男が騒ぎを起こした集団に向って怒鳴る。
「見ろ! これで何回目だと思う? ビリー?」
厳つい男が、騒ぎの中心人物に向ってそう声を掛けて、倒れている人物を指差す。
「お、俺は何もしていねぇ!」
「しらばっくれるな! てめぇが投げたコップが凶器だ! 証拠ならここにある!!」
厳つい男が指差した先には、器用にこぼれた水で文字が書かれていた。
『ビリーのコップによる攻撃。2のダメージを負った』
「なんで背後の行動まで正確に掴まれているんだよ!? っていうか気付いているなら避けやがれ!!」
「こいつは避けたら、俺に当たると思って避けなかったんだ。それくらい気付きやがれ! 俺に当たっていたら今頃お前は、こいつの代わりにあの世行きだ!」
冒険者ギルドは荒くれ者の溜まり場だ。トラブルは常に起こるが、それを収める絶対権力者がいた。それが厳つい男だ。
ビリーと呼ばれた者はその言葉の意味が分かるのか、震え始めていた。
「ここじゃあ、落ち着いて話せねぇ。ビリー! こいつを奥の部屋へ運んで座らせておけ! 他のやつらは散らかした分の片付けだ! サボった奴には仕事をまわさねぇぞ!」
それだけ告げると、先ほどまで騒いでいた者たちが、出された指示を手早くこなしていく。
これが冒険者ギルドの日常である。
「それにしてもこいつのスキルはなんで無駄に器用なんだ?」
厳つい男は『ビリーのコップによる攻撃。2のダメージを負った』の水で書かれた文字を見てそう呟いた。
「痛てて。また倒れたか………。今度は誰だよ。全く」
これが私の口癖だ。手元を見ても死因が書かれている様子はない。それに先ほどいた場所より移動させられていた。
私は一言だけ言いたい。椅子じゃなくってせめてベットに運んでくれ。仮にも倒れていた人間なんだから………。
「ビリーの奴は罰を与えておいた」
先ほどまで話をしていたおっさんが、私が座らされている部屋へ入ってきてそう告げた。
ビリーの名前に生前の死因となった悪魔を思い浮かべて一瞬ヒヤッとしたが、どうやら今回の犯人は普通のビリーの方だったらしい。今度飯を奢らさせよう。
「それで、話の続きを聞こうか? 討伐以外なら何の依頼だ?」
「あぁ。そんな話だったか」
「忘れていたなら、大した依頼じゃないのだろう。私は体調不良のようだから帰らせて貰う」
厄介ごとは避けるに限る。今日は2度も死んだのだ。安静第一だ。うん。実に見事な言い訳だ。
「まあ、そんなに慌てて帰る事はないじゃないか?」
そう言っておっさんは扉の前で行く手を阻む。こちらを無理やり押さえつけないのは、私が押さえつけられれば死ぬ事を知っているからだ。
当然、強行突破など出来ない。体当たりでもしようものなら反動で私のHPが減る。そしてその先にあるのは死のみだ。
「この街を治める領主様直々のご指名だ。断れば俺もお前もこの街には住めなくなる。下手すりゃこの国ともおさらばしないといけねぇ」
この街の領主は公爵だ。だが領地としては端っこも良いところだ。何故こんな辺境の街の冒険者へ依頼をしてくる?
もう厄介フラグが満載だ。片っ端から旗をへし折っても、また勝手に生えて来るのは間違いない。
「依頼内容は聞こう。内容によっては私は国外逃亡する。依頼を受ける直前に死亡した事にしておいてくれ」
「まあ、落ち着け。お偉いさんからの依頼だが、依頼内容自体は簡単だ」
お偉いさんの依頼は簡単と書いて面倒と読むと相場が決まっている。
「簡単な依頼の間違いだろ?」
「なぁに。公爵閣下のお嬢様がちょっと冒険者に憧れているらしく真似事をしたいそうだ。ひと月ほど面倒を見てくれれば良い」
これで嫌な予感がしない奴がいるなら、異世界に来ない事をお勧めする。生きてはいけないぜ?
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「また婚約を破棄したのか? これで2度目だぞ? 今回の理由は何だと言っている?」
「はい。旦那様。それが『筋肉は嫌だ』とおっしゃっておりました」
「何故だ? 冒険者に憧れていたのだから、好みの者だと思える相手を見繕ったつもりだぞ?」
とある公爵家の一室に、家長と思われる威厳ある人物と仕える侍女の2人が会話していた。
「最初は次期侯爵となれるほどの人物と婚約させた。それでさえ不満があったのなら、もうどのような相手を選べばよいかワシには分からん」
「はい。旦那様。『見るからに腹黒ね。無理』が理由でしたから、私にもお嬢様の考えが理解できません」
この国での婚約破棄は家の醜聞となる。婚約破棄した側も破棄された側もどちらも何かしら問題があったと社交界では噂されるのだ。
「それで、メリー。メリアーゼは何と言っておる?」
「はい。旦那様。お嬢様は『冒険者になりたい。結婚相手は自分で見つける』と仰っております」
「私は教育を間違えたのだろうか?」
会話が行なわれている一室がとても重苦しい雰囲気が包み込む。
公爵の考えは至って普通だ。娘の幸せの為に、政略結婚でも貴族としてより良い相手を選んで婚約させた。貴族としては娘思いで優しい方だ。
「さすがに2度の婚約破棄となると、すぐに新たな婚約者を迎える事は出来ない」
「はい。旦那様。お嬢様お美しいですから、一部の方には人気がございます。既に数件、釣書が届いております」
「学園の卒業パーティーで大々的にやらかしたからな………。噂もすぐ広がるか」
もう一度説明するが、本来は婚約破棄は家の醜聞になる。そして、その後は婚約が遠のくのが通常だ。下手したら一生独身となる可能性さえあるのが、この国の婚約破棄だ。
「婚約破棄直後に送ってくるような輩など、相手にするだけ無駄だ。金か別の目的に決まっておる。処分しておけ」
「はい。旦那様」
「ついでに、『多少問題のある』『腕利き』の冒険者を探しておいてくれ。次の婚約までほとぼりを冷ます時間が必要だ。その間に冒険者への憧れを諦めさせる」
釣書の処分をする為に退出しようとしていた侍女に、さらなる思惑を持って指示を出す。
この思惑がどのように物語を左右するかも知らずに………。
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「つまり夢を見させてやったところで、魔物退治の血生臭い現実を教えてやれという事か?」
「察しが良いな。やっぱりお前は農家の生まれじゃないだろ?」
「いや、ちゃんと農家の生まれだ。次男だから、農地を継げずに冒険者になった至って普通の冒険者だ。どうせ仕送り先に確認したんだろ?」
「あぁ、怪しい奴は調べる事にしている」
この私が会話しているおっさんは一言だけ言っておくが、ギルドマスターじゃない。ついでにサブマスターでもない。本当にただの一般職員だ。
「まあ、お貴族様相手の仕事を任せるつもりのようだから、疑いは晴れたと思っておくよ」
貴族相手の仕事に信用がない奴が任される事はない。問題を起こすような奴に任せてトラブルになれば、責任問題は必至だ。まあ、トラブルを起こした奴は必死だ。
「討伐依頼の際は、追加で他の冒険者も付ける。その際は用意に2日掛かるから、その時は上手く調整するなりごまかすなりしろ」
さすが貴族様である。過保護っぷりが半端じゃない。予想していたトラブルに見せかけて殺害予定ではない事に安心する。そうだと分かったら、速攻で逃げるつもりだったからだ。
冒険者は基本根無し草だが、私にはこの街を離れたくない理由がある。出来ればその事態は避けたい。
まあ、この依頼は大丈夫だろう。
「お嬢様はあと数日でこっちにやってくる。身の回りの世話をする侍女も一緒だそうだ。報酬は前金で金貨50枚。成功報酬は状況次第だ」
訂正。やっぱり何か嫌な予感しかしない。金貨50枚は農家のひと家族7人としても10年は暮らせる金額だ。通常の依頼と比べても破格の域を超えている。本当に嫌な予感しかしない。夜逃げの支度はしておいた方が良いな。
おっさんからの指名依頼の話を終えた私は、支度の為にギルドを後にする。
そして、ギルドの扉を開いて外に出て………死んだ。この屈辱は忘れない。
私は街の中心部から少し離れて喧騒が少なくなった場所に、小さいながら家を持っている。マイホームだ。
冒険者としてある程度の成功を収めた為に、念願叶ってようやく手に入れた。これがこの街を離れたくない理由だ。
私は自宅で、屈辱の証を丁寧に拭い、念の為に頭を洗う。しかも普段は使えないような洗剤のような物を使って念入りにだ。
そして、依頼を受けた日は3度死んだ為か、身体がだるいので早めに休む事にした。
まだ、数日ある。支度は明日すればよいや………。
翌日には予定通り、我侭お貴族様のお嬢様の為に、出来るだけの支度を整える為に街へと繰り出す。
ん? 隣の空き家に掃除の雇われ人たちが入っている? 誰か引っ越してくるのか?
当然、このタイミングなので嫌な予感がしたが、そんな事ばかり言っていたら、外に出られなくなるので諦めて支度の為に奔走した。ちなみに今日は1度も死ななかった。良い日だ。
「おう、いつも時間より早く来るな。感心だ」
用意が整った翌日には肝心のお嬢様が街へ到着したとの連絡を受けた。
貴族相手だからという訳じゃないが、相手を待たせないように、いつも待ち合わせには余裕を持って到着するようにしている。時間が余ったら軽く食事をしたりお茶を飲んで過ごせば良いだけだ。ギルド内だから落ち着いては過ごせないが………。
「っと言いたいところだが、今日は相手が悪かったな。先にご到着済みだ」
ここ数日は本当に嫌な予感しかしない。軽く現実逃避したくなる。
ただの一般職員なのに妙に迫力のある厳ついおっさんに案内されて、私も時々お世話になる応接室へ入る。
「随分待たせて頂きましたわ」
入室早々ご挨拶を頂く。さすが貴族様だ。
「大変お待たせして申し訳ありませんでした。メリアーゼ様」
事前に教えて貰っていた対象者の名前と一致する。その相手におっさんは厳つい顔をさらに厳つくして謝罪の言葉を入れる。おっさん、それは逆効果だ。
「えぇ、待たされて、ただでさえ不快なのに、そのような顔を見せられてはさらに不快ですわ。あなたは退出していなさい。私たちだけで話をします」
「失礼致しました」
そう言い残して、おっさんが退出する。おい、おっさん振り向いた瞬間に良い笑顔になるんじぇねぇ! 紹介の仕事がまだ残ってるだろ!! この確信犯が!!
取り残された私は、お嬢様の視線を一身に受ける。そして、また嫌な予感がする。
「あなたは合格ですわ。私の側にいる事を許しましょう」
不合格でも構いませんよ? 報酬はお返ししますので退出して宜しいでしょうか? ほら、ギルド職員も職務放棄していますし、ね?
と思っても言えないのは前世の記憶持ちの性か………。
「私はメリアーゼ。冒険者として活動する時はメアリーと呼ぶようにしなさい。当然様付けも禁止です」
本名を隠して活動したいという事は、本気で冒険者活動をしてみたいというのが言葉から伝わってくる………が………。それよりも気になっている事が2つある。
「私は名乗ったのです。あなたも名乗りなさい」
そう、1つめはお嬢様が私を見つめる目だ。これは嫌な予感と共に、本能? いや野性の勘が危険だと告げている。
「大変失礼致しました。メリアーゼ様。私はフラッグと申します。近しいものからはフラグと呼ばれております。以後お見知りおきを」
失礼のないように出来るだけ丁寧に返事を返す。この応接室には侍女も控えている。下手な発言をしてお嬢様の父親の公爵に伝われば、逃亡生活開始である。
ん? 私の名前が気になる? 苦情は生みの親に言え。
「では、フラグ。私の事は今からメアリーと呼びなさい。様付けも必要ありません」
念の為に待機している侍女の方をちらりと見る。侍女は軽く頷いてくれるのでお嬢様の我侭に付き合う事にする。
「わかった。メアリー。中級冒険者のフラグだ。よろしく」
「えぇ、さすがギルドに紹介されるだけの事はあるわね」
どうやらお嬢様の冒険者心を満足させる事が出来たようだ。侍女の方も見るが、そっちは無表情だ。読めん………。失敗していないよね? 逃亡人生は嫌よ?
「さっそく依頼をこなすのね?」
お嬢様はもう出発する気満々のようだ。だが、森へ行く事は出来ない。理由は護衛の手配が間に合わないからだけではない。気になっている2つめの理由からだ。
「メアリー。今日は街の外へは行かない。出発の為の準備をする。冒険者にとって準備こそが基本であり、真髄だ」
適当に話を盛って説明すると、予想通り、素直に話を聞いてくれた。これってあれか? ちょろいんか? 貴族相手なんて害にしかならん。それこそ、口封じ一直線の道だ。
まあ、実際にはお嬢様が身につけている装備だ。さすがにお金が掛かってるだけあって、良い装備だが………絶対に逃げるのに邪魔になる。そういう装備だ。
その上、言いたくないが年齢より若いように見える。しかも1歳や2歳なんてもんじゃない。5歳くらいは若く見える。つまりそういう事だ。
「これから街の案内を兼ねて、私が普段使っている鍛治屋へ行って私の装備の調整を見てもらう。森へ入ったら命を預ける相棒だ。互いの装備を知っておかないと安心できないだろ?」
お嬢様の装備の見直しを兼ねて鍛冶屋へ行くのは必須である。お嬢様の気持ちが向くように誘導するとすんなり許可をくれる。
手のかかる妹を相手にしていると思えば、扱いは結構楽であった。ただ、侍女が完全に無表情の為、それだけが不安だ。
明らかにこの街に合わない装備を身に付けたお嬢様と侍女を連れて街を歩くと嫌でも注目が集まる。
馬車で移動を進めたが、冒険者は街中で馬車は使わないと言われて、諦めた結果がこれだ。
最近は全く注目されなくなっていたのに、再び注目を集めるようになってしまってツライ。平和にのんびりと暮らしたい。
まあ、冒険者ギルドから、そう遠くない場所に鍛治屋があったのは幸いだった。
「おぅ。今日は厄介そうな客を連れてきやがったな」
「あぁ、一応は新人冒険者だ。当分面倒を見る事になった」
鍛冶屋の主に挨拶を済ませると、早速用件に入った。お嬢様は展示されている武器防具に興味津々だ。侍女はそんなお嬢様を監視している。余計な事にはならないだろうから放置だ。
他の客は貴族様と気付いてさっさと逃げた。
「あのお嬢様の装備を軽装に変えたい。急所と狼タイプと戦う事を想定して腕周りと足回りは牙を通さない素材にして欲しい」
「どう見ても、子供用の装備になるから、1から作らなきゃならんぞ?」
私が言いにくい事をハッキリと言ってくれるのは助かるが、お嬢様の前できっとその単語は禁句だ。これは私の勘が告げている。
一応、鍛冶屋の主にその事を注意してもらうようにお願いをすると多めに金銭を手渡した。
「メアリー。私の装備の調整のついでに、メアリー用に長時間活動用の新しい装備を作ってもらおうと思う」
とても重そうな斧を楽しそうに見つめていたお嬢様に声を掛ける。新しい装備の単語に反応したのか、嬉しそうに近寄ってくる。
念の為に侍女の反応を確認するが、やはり無表情だ。
装備を作る為のサイズを測る為に、お嬢様と侍女を作業場へ案内する。お嬢様のサイズを測る際に侍女に何か言われるかと思ったが、ここでも無表情を貫いていた。空気が重くてツライ。
「失礼。私の行動で行き過ぎな点があれば知らせてくれると助かります」
無表情な侍女に耐え切れず、素直にそう告げる。
「フラッグ様の行動はお嬢様の要望を満たしつつ、我々の思惑を理解した上で行動なさって下さっていると理解しております。今のところ問題はございません」
あくまで事務的な返答に不安しかない。
「分かりました。行き過ぎた際はその時にご注意下さい」
「かしこまりました。………それと私にも普通に話して頂いて大丈夫でございます」
これも明らかに試されているような感じだ。
「わかった。挨拶が遅れたが、これからよろしく」
「えぇ。こちらこそ」
若干、侍女の表情が和らいだ気がした。ひとつ死亡フラグを回避できたと思う。
鍛治屋の後は、観光のつもりで一通り案内した。お嬢様は何か物を買おうとしていたが、「依頼に合わせて、その時に買うのが一流だ」と言ったらあっさりと納得した。ちょろすぎる。
「明日は、今後の方針を話し合ってから、数日で終わる依頼を1つ受ける。依頼を受けたら、その依頼に合わせて買い物だ」
観光案内が終了した時点で、次の日の予定を決める。お嬢様のご希望に沿うように、さっそく依頼を餌に危険が少ないように誘導する。お嬢様は嬉しそうに「仕方がないですね。リーダーのいう事には従います」と言っていた。本当にちょろすぎる。
「宿はどこだ? 送って馬車もその宿へ預けておく」
テンションが上がっていて本人は気付いていないだろうが、殆ど半日近く歩き続けたのだ。疲れているはずなので早めに宿への帰宅をお勧めする。
「あら? 言っておりませんでしたか? あなたの家の隣ですよ? 馬車は既にギルドの者が運んでおいてあるはずです」
やはり嫌な予感は当たるようだ。近々何かしらの死亡フラグに遭遇しそうだ。
「食事はどうする予定で?」
「もちろん、あなたが食べるものと同じものを頂きますわ」
毒見とかどうするんだろうか? 侍女の様子を見ると頷いているので、私の判断に任せるという事だろう。
「わかった。パーティーを組む記念だ。行きつけの店へ行こう。今日は記念だから奢る」
こういう事を見越しての前金だろう。侍女も同席しているから、成功報酬で経費として払ってもらえる気がする。
お嬢様はわかりやすいように喜んでいたが、私には不安しかなかった。
「あら、予想していたよりもずっと素敵なところね」
「あぁ、メアリーには悪いが、私は騒がしいところは好かない。それにこの店の食事が気に入っている。騒がしいところは、依頼を達成した時に行くつもりだ」
念の為にご機嫌取りもしたが、杞憂だったようでお嬢様は食事を楽しんでいた。ちなみに侍女も食事を同席していた。
そして必ず私の前に出される食事をお嬢様に与えた。毒見が出来ない分、用心に越した事はない。
私が毒殺される心配? そんなものはない。私を暗殺したいのであれば、子供を雇って遊んでいるように見せかけて小石をぶつけるだけで良い。お手軽だ。
食事が終わるとお嬢様がお疲れの様子で眠そうにしていた。
一日中はしゃいでいたので無理はない。私はいざという時に動く必要がある為、侍女がお嬢様を背負って帰宅する。人気がないところで隠れていた護衛に交代して運んだ。
騒がしいお嬢様の冒険家の初日は、楽しい思い出になっただろうと思う。現実を知るのは、もう少し先だ。
翌日は、最初の依頼という事で薬草採取を選択した。これなら、護衛の手配も手練を用意する必要はないので、用意出来次第出発が出来る。
「フラグ! こっちにもあったわ!」
依頼を受けた翌日には、下級冒険者で女性だけでパーティーを形成している者たちが護衛に選ばれていた。
薬草採取は、森の入り口までしか入らない。魔物も出てくる心配はない。いわばピクニックだ。なんて言うと死亡フラグが襲ってくるから口には出さない。
護衛の女性と侍女が呆れる程に、はしゃいでいるお嬢様が次々と薬草を見つけていく。
どうやら、冒険者に憧れていたのは本当らしく、薬草の種類はしっかり頭に入っていたようだ。
「あぁ、せっかくだから。採取の記念に少し多めに採って傷薬に製薬して貰おう。明日は休息を兼ねて製薬の見学にしよう」
そう告げるとお嬢様は嬉しそうに薬草の場所へ手招きしてくる。どうやら記念に使う薬草を決めたらしい。
護衛役に周りを、警戒するように伝えてお嬢様の元へ行く。ご機嫌取りも楽じゃない。
だが、ここでちょっとトラブルが起きた。
お嬢様が転んだ。何故か前のめりに………。さすがに転んだ事が恥ずかしかったのが一時的に不機嫌になったが「次は失敗しませんわ」と、すぐに立て直していた。
私は侍女を見るのが怖かったが、「あれくらいなら良い思い出です」とお言葉を頂いた。当然、傷が付くようなことがあれば覚悟下さいの意味だ。失敗が許されないのはお嬢様じゃない。私の方だ。
その日はそれ以上物語にするような出来事はなく無事に終わった。食事は私の行きつけの店が気に入ったのか、護衛の為に同伴した女性パーティーと共に行きつけの店で食事を取った。
私以外が女性陣だけという事もあってお酒も出した。まあ、私は当然飲むわけにいかなかったので、我慢した。
翌日には、多めに採った薬草を製薬ギルドに持ち込んで製薬の見学をさせて貰った。ここら辺はお貴族様の権限を使って、事前に許可を取っておいた。権力万歳! お前らも私の苦労を知れ!!
見学されていた製薬担当者は、凄い緊張していたが、無事製薬を成功させていた。チッ!
「フラグ。今日はこの後どうする予定かしら?」
「今日の予定はこれで終了だ。依頼の後は身体を休める事も立派な冒険者の務めだ。この後は各自休息にする」
侍女には休息出来なくて悪い気がするが、さすがにずっと子守………じゃないなお守りはツライ。少しの休息を入れさせて貰おう。
「そうね。仲間と言っても互いにプライベートな時間も必要ね」
お嬢様は勝手に良い方向へ勘違いしてくれたので否定はしなかった。ちょろい子で良かった。
「明日も休息に致します。先日一緒になったパーティーと次の予定を合わせる必要がある為です」
お嬢様はちゃんと理由を話すと我侭をいう事はなかった。あっさり明日の休息も了承してくれるとその日は解散した。………はずだった。
「星が綺麗ですね」
「はい。メリアーゼ様」
その夜、何故かお嬢様と家の庭で星を見ている。
扉がノックされた音に目を覚まし、扉を開けるとお嬢様が立っていたのだ。最初は不安なのか?と思ったが侍女も一緒に住んでいるので、行くならそっちだ。
まあ、扉を開けた瞬間に野生の勘が危険だと叫んでいたので、油断はしていない。
「やっぱり本当の自分の名前で呼ばれると安心しますね」
扉に立っていたお嬢様は、公爵令嬢という立場で扱いなさいと命令をすると我が家の庭へと連れ出された。そして星を見上げている。
もしかして帰りたくなったのか?と思った。それなら任務完了で私も楽が出来るというものだが、そんなに現実は甘くないのはわかっている。
「良いお庭ですね。ちゃんと芝生も手入れがしてあります」
「ありがとうございます。念願叶って手に入れた我が家ですので手入れは欠かしておりません」
苦労して手に入れた物を褒められると悪い気はしない。
「立っているのもなんですから、座りませんか?」
公爵令嬢を座らせる訳にはいかないが、ご命令みたいなものだ。逆らうわけにはいかない。
そっとハンカチを地面に敷く。
「ありがとう。やはり、あなたはただの平民じゃなさそうね」
「もしもの時の為に、知識だけは手に入れておりました。それが誤りでなかった事を安心しております」
言葉を少しだけ交わすと、お嬢様は黙って空を見上げたままだった。
私もそれに倣って空を見上げる。生きるのに………というか死なないように必死に生きてきたので、異世界の空をゆっくりと見上げる余裕は今までなかったような気がする。
「お屋敷から眺める空と変わらない………。星にとっては隠すことのない本当の姿なのね」
どうやら、本題のようだ。このお嬢様がなぜ冒険者に憧れているのかは分からない。
そして、知りたくはない。お貴族様の秘密なんて命がいくつあっても足りなくなる。まあ、死んでも生き返れるけど。
「ねぇ。あなたは本当の私を知りたくない?」
考え事に気をとられている間に、お嬢様は正面に回っていて、目の前には2つの丘が見えた。年齢………違う。全体の容姿とは違い、そのたわわに実りつつある丘に一瞬目が奪われる。悲しい性だ。
「夜空を眺めていればすぐよ。そう夢のような世界を見せてあげるわ」
そう耳元に呟きが聞こえると共に、身体が傾いていくのが分かる。そして、ここで意識が途切れた。
その後、我が家の庭にはある文字が刻まれていた。『圧死』
そして、あの日に私は死んだ。色々な意味で………。
-後書き-
俺たちの冒険はこれからだ!
王道ファンタジーに挑戦してみたかった。そして、ある人物の名前を使ってみたかったから書いた。
反省はしていない。きっとまたやる(๑•̀ㅂ•́)و✧
即興で書いた割には、そこそこちゃんと書けたかな?と思っている。
話自体も作りやすい設定だったのが良かった気がする。
今連載させている作品を1つ終わらせたら、
この続きを書いてみるのも楽しいかもと思った。まる_φ(* ̄0 ̄)ノ