6.黒猫、衝撃の事実を突きつけられる
双子と夜まで遊びすぎた日から早くも何日か過ぎ去ってしまった。毎日毎日、夜まで連れ回されるため夜、屋敷に着くと爆睡して朝を迎える。
ルクスが居ない間に出かけてしまいたかったのに朝起きると誰かが来てわたしを連行する。ご飯を食べて外に出ようとすると一日中連れ回されて、また朝を迎える。いつもその繰り返しに最近は出かけることを諦め始めていた。
退屈すぎる。
今日もまだ寝ていたかったのに呼びにきたコウに抵抗する間もなく抱きかかえられて食堂についた。眠気まなこでうとうとしながら、アメルが作ってくれた朝ごはんを食べていく。どうやら今日もソルとルクス、クロウは任務から帰ってきていないようでその席は空席。
双子はまだ寝ているんだろうか。また朝ごはんの時間に居なかった。
アメルは珍しくご飯の片付けをしているし、コウは本を読んでいる。
「にゃ!」
今日はチャンスかもしれない。ご馳走さま、とひと鳴きして食堂を後にする。
だらだら食べてるとまた双子が来てしまう。その前に今まで結局出来なかった街散策しようと久しぶりに駆け出す。
入口まであと少し。
邪魔される前にと踏み出した一歩はやはり空をきった。
「だめだよ、ルーナ。今日はオレと留守番だからな。」
「にゃにゃ!?」
わたしを抱きかかえたのはコウだった。右手に本で左手にわたし。どうやら今日もお出かけはお預けのようだ。
とりあえずこの運び方だと食べたばかりでお腹が苦しいのでひとまず離してほしい。じたばたと暴れてアピールしてみるとコウはすんなり手を離してくれた。
そのまま歩き出すコウの後ろをついて行く。
(コウの部屋かな…?)
しばらく行くとコウが立ち止まって扉を開ける。後ろから恐る恐る覗き込むとその部屋は見たことない植物や鉱石のようなものがたくさん置いてあった。
キラキラ目を輝かせるルーナにコウはくすり、と笑う。
「ルーナって猫っぽくないよね。」
「にゃ!」
「おいで。」
持っていた本を机に置いたコウがこちらを振り向いて手招きした。机に飛び乗るとすり鉢や薬を調合するための道具が揃っている。
「オレ、薬師でもあるんだ。」
(やくし…って確か薬を作る人だよね…?)
「薬草を調合したりするから、今日一日中はここにいるし少しくらい外に出ても平気だよ。」
コウは遠回しにわたしに出かけてもいいよ、と言ってくれている気がする。何故そのまま出ようとしたわたしを捕まえて、この部屋まで連れてきたのだろうか。
「オレ、みんなが何考えるか分んないけど…ルーナ、キミ監視されてるよ。」
「にゃ!?」
「ルプスとウルスス倒したのもルーナなんだろ?」
わたしが一人で出かけられない理由はこれだったのかとただただ衝撃を受けた。いつもご飯を作って構ってくれていたのはわたしを保護するためじゃなく監視するためだったのだ。
「そろそろ隊長たちも帰ってくるし、出かけるなら今日しかないよ。」
(少し悲しいのは優しくしてくれてると思ってたからかな…)
「本当にキミは猫らしくないね。」
コウに頭を撫でられて、少なくともわたしを励まそうとしてくれている気がして、落ち込んでいたのが少しだけ浮上する。
ありがとう、と撫でてくれるコウの手を舐めた。
「なっ、別にキミのために言ったわけじゃないからな!ただオレが嫌だったからで!!」
「にゃー」
コウはツンデレなのか。
「それよりも早く行きなよ。」
わたしが抜け出したことがバレたらコウにとばっちりが行ったりするのだろうか。
コウの顔と窓を交互に見て最後に扉を見る。
コウはくすり、と笑った。
「別に平気だよ。アメルも双子も今日は街の外に出るしね。」
なるべく早く帰ってくる、と心に決めて部屋の窓から外に飛び出す。久しぶりの1人の時間。さて、どこに行こうか。
*
意気込んで飛び出したわたし。
すでに迷子になっております。
目的地は本屋だったのだが、当然猫なので入れるはずもなく門前払いされ、そういえばギルドにも本が置いてあったことに気がついて帰ろうとしたところ目の前を横切る茶トラの猫を見つけて追いかけたわたしはいつの間にか知らない路地裏へと迷い込んでいた。
(これやっちゃった感じだよね…)
猫はとうに見失ってしまっているし、むやみやたらと動けば更に迷いそうだし、どうしようかと動けないでいるとまた目の前を猫が横切る。
今度は茶色の大きな猫だった。
(着いてこい。)
(あれ?今、声が…)
茶色の大きな猫を追いかけて進んでいくと少し開けた場所に出た。そこには大小様々な猫たちが何かを待っているようで、わたしが路地裏から顔を出すと一斉にこちらを向いた。
まるでここは猫の集会場みたいだった。
(あいつだ…)
(ああ、あいつだね…)
(あいつがそうなんだ…)
先程から耳に聴こえてくる声は猫たちの声だと分かったが、口々にわたしを見ては小さい声で話しているのでなんだか居心地が悪い。
(昔から私たちに言い伝えられてる話がある。人間たちはとうの昔に忘れてしまっていることだ。)
わたしを連れてきた茶色の猫がゆっくりとした口調で話し始めると周りの猫たちは誰もが口を閉じ静まり返った。
何故か凄い嫌な予感がした。
聞いてはいけないそんな予感。
(昔、世界を創った白猫がいた。名をミーティス。ミーティスには親友と呼べる同じ力を持った黒猫がいた。)
(くろねこ…?)
(2匹は唯一無二の存在。2匹はずっと世界の全てを見守っていくはずだった。)
どくん、と警鐘を鳴らすように心臓が大きく跳ねる。
(ある時、黒猫の力が暴走した。創造の力は時に破壊の力へと姿を変え、それを止めようとしたミーティスは命をかけて暴走を止めた。ミーティスは消え黒猫も姿を消した。私たち猫族は伝承を守る為、姿はそのままに長寿になった。だが、それ以降…白も黒も産まれたことがない…)
茶色の猫は静かにわたしを見つめる。
(お前は何者だ!)
それを皮切りに今まで静かに聞いていた猫たちが何者だ、と一斉に鳴き出す。何でこの姿なのか、なんてわたしが聞きたいくらいだ。
(わからない…)
小さく呟いた声は猫たちの声に紛れて消える。
今日は悲しいことがたくさんだ…
涙が流れては地面にシミをつくる。
ぽつん
ぽつん、と…
自分の中から今まで感じたことのない信じられないほど大きな悲しい感情がわたしの意志とか関係なしに溢れていく。
溢れる。
溢れる。
悲しい感情がすごく溢れる。
(ああ、止まら…)
「ルーナ…何故ここに…?」
(な、い…?)
聞いたことある声に我を取り戻す。
「ルーナ?」
(わたし、いま…何を…?)
後ろに近づいてきた気配に顔を上げれば任務に出てたはずのクロウが首を傾げて立っていた。慌てて前を向けば大勢いたはずの猫たちの姿は何処にもない。
「帰ろう…?」
あれはこの世界に来て不安に思ってたわたしが自分に見せた夢だったのだろうか、幻だったのだろうか、夢だとしたら何処から何処まで。
沈みそうになる気持ちを何とか踏み留めてクロウを見上げるが、猫は居たかと聞きたくてもわたしは猫だから駄目だと気がついた。
(今日は本当になんでこんなに…)
鳴いた声は思ったより小さくて、クロウが何かを感じたのか優しく頭を撫でてくれる。その手に擦り寄って肩に飛び乗る。まだ撫でてくれるクロウの頬に体を寄せた。
(あったかい…)
無言で歩き出したクロウと小さくまるまる黒猫を見つめる複数の気配は1人と1匹が居なくなったのを確認すると姿を現わす。
どこか哀しげな茶色の猫は空を見上げる。
(あやつは本当に何者なのか…伝承に語り継がれるフォルティスの瞳は…)
血を流したような真っ赤な色だった。
突然の急展開になってしまった