5.黒猫、双子と散歩する
眩しい日差しに目を上げればいつの間に用意されたのか、小さなふわふわの籠ベットに寝ていたわたし。森にいる間はずっと生魚を食べていたのだが、久しぶりにあったかいご飯を出してもらい、昨日はそれを食べている途中までの記憶しかない。心なしか体も綺麗になっている気がする。
ぐぅ、とお腹が鳴った。
「起きたんですね。」
振り向けば銀髪美形の微笑に顔が赤くなる。いつから見ていたんでしょうか。恥ずかしい。
行きますよ、とひと声かけて扉を開けて進んでいく。その後を置いていかれないように着いていくと食堂のような場所についた。
昨日いた人たちが何人か席について朝食を取っている。
「あら、ルクス。珍しく遅かったわね。」
調理場でご飯を作っていたスレンダーな美人さんはかわいい前掛けも違和感なく着こなす。今日も長い金色の髪を三つ編みにして前に垂らしている。
実は男だというアメル。声が若干低い気もするが言われなければ女の人にしか見えない。
「ええ、身支度に手間取りまして。」
わたしと同室のルクスは長い銀色の髪を下で緩く結わいている優男。眼鏡がよく似合うと思う。
席に着いたルクスに続いて机に飛び乗る。またぐぅ、とお腹が鳴った。
「ほら、食べなよ。」
コトン、とパンと暖かい飲み物が置かれる。少し不機嫌そうにお皿を置いたのは茶色の髪がふわふわで触ったら気持ちよさそうな少年、コウ。昨日いたメンバーでは1番年下な感じがした。
「ルクスは今日も俺と一緒に任務な。」
短い赤色の髪に引き締まった体がよく似合うソルはこのギルド本部で1番偉い人で1番何を考えてるかわからない人。
わたし的には衣食住が揃った屋根付きのベッドを提供してくれた恩人だが、魔法が使えない檻に入れられていた時点で何かしら警戒はされていたはず。
(それをわざわざ懐にいれるとなると…)
「「おっはよー!」」
バターン、と扉を開ける音にびっくりして咥えていたパンがルクスの手に落ちる。ルクスは笑ってパンをわたしに返してくれた。ありがとう、を込めてひと鳴きする。
「にゃー」
「どういたしまして。」
「「いただきまーす!」」
わたしのすぐ横に腰を下ろした双子の兄弟はリオとリク。緑色の髪に遊んでそうな見た目でぱっと見どちらがどっちか分からない。
「あれー?そういえばクロウはどこ行ったのー?」
昨日いたメンバーで今はいないクロウ。黒色の髪に犬のような耳が生えていてお尻には尻尾もある。基本、無口なのか昨日もあまり話さなかったし、長い前髪に目が隠れて顔はよく分からなかった。
「クロウはもう任務に出たぞ。お前ら双子は今日、休みだ。」
「あ、じゃあさー」
「そうだね。今日は町にいこー!」
今、こっち見た気がするのは気のせいですよね。後ろから感じる双子の視線に素知らぬふりを決め込むわたし。嫌な予感しかしない。
*
ここは城塞都市ウェール。そしてわたしがさっきまでいた建物がフェレスというギルド本部。
ご飯が食べ終わった瞬間に抱きかかえられて、強制的に連行されたわたし。ルクスが任務の今日はこの町のことを知るために一人で出かける絶好のチャンスだったのに。部屋にいるふりをして窓から抜け出そうと頭の中で計画中だったのに。
「さて、今日はどうしよっかー」
「荷物になるし、たいちょーに頼まれた素材を店に持ってってからがいいんじゃないかー?」
「そうだねー」
いったいどっちがリオでどっちがリクなんだろう、と半ば諦めモードで考える。抱えられてるままなので逃げる選択肢は無さそうだ。
「風よ、ボクらの力に」
(こっちがどっちって言ってくれればわかりそ…!?)
「痛!ルーナ、爪出したらだめだよー」
突然の重力にびっくりして爪が飛び出したのは不可抗力でしかない。少し痛がってる双子の片方に心の中で謝る。
「にゃあ」
「リオ、もしかしてびっくりしたんじゃないの?」
「あーそっか!これボクらの魔法なんだー風の力を借りて身体能力を上げるんだよー」
やはりこの世界には魔法というものがあったようだ。となるとわたしが使っていたあのチカラが魔法なのかもしれない可能性が出た。
猫のように建物の上をぴょんぴょんと器用に移動していく双子たち。まるで本当に風になったようだ。それにこの街、城塞都市というだけあって周りは高い塀で囲まれていて、真ん中には大きなお城が見える。まるで中世ヨーロッパのような街並みだった。
少し行くと中央に噴水の見える広場が見えてくる。そこの一角にある店の扉を開けた。
「「こんにちはー」」
「はいはーい。お、リオにリクじゃないか!ソルに報告は受けてるよ。その棚に置いてもらっていいかい?」
「「はーい!」」
茶色の髪をポニーテールにしている人の良さそうな女性が店の奥から顔を出す。そばかす混じりの顔は所々すすで汚れていた。
「さてと…ほほう!」
双子の片方が抱えていた袋から出てきたのはわたしと共に運ばれていた牙と爪。
わたしは抱えられたまま身動きが取れないので店を観察する。置かれているものを見る限り、ここは武器や防具を作る鍛冶屋のようだ。
「これがウェールスの森に現れたルプスとウルススの素材かい?」
「そうだよー」
「ふむふむ、見た目は普通のルプスの牙やウルススの爪と変わらない。が、強度は桁違い!質感は最高級!そして大きさはいつもの倍!傷も付いてない!とくればかなりの上物!!くあー!腕がなるねー!!!」
「にゃ!?」
「痛!」
突然の声にびっくりしてまたもや爪を立ててしまったのは不可抗力です。謝ります。すみません。と引っ掻いた場所を舐めると頭を撫でられた。
わたしって実はビビりだったのかもしれない。
「て、ごめんよ。驚かすつもりはなかったんだけど…まさかあの森に上位種が出るなんて今までなかったことだから思わず興奮しちまったよ!」
「まあ、ボクらは慣れてるからねー!ちなみにルーナはその森の出だよー」
「その黒猫、ルーナっていうのかい!銀の瞳なんて珍しいね!」
黒猫かもとは薄々分かっていた。銀の瞳は予想外。いや、それよりも聞き逃せない箇所があった。喉を撫でられて和んでる場合じゃない。
わたしのいた場所がウェールスの森で見たことある牙と爪なんて言ったら、あの狼と熊の生き物に間違いなかったじゃないか。
なんでもっと早く気づかなかったのか。
あの森を破壊してウルススとルプスを倒したのはドラゴンではなくわたしでした。
固まった黒猫に双子は顔を見合わせて、すぐに鍛冶屋の女性に話しかける。
「んーもう少しゆっくりしてたいけど、そろそろ行くねー」
「ああ、ソルによろしくね!」
またね、と手を振って鍛冶屋を後にする。
「さて、この後どーしよっかー?」
「んーこの前飲んだ紅茶が美味しかったからーそこに行くってのは…」
「きゃー!!」
「!」
突然、路地裏から悲鳴が聞こえた。その声に双子は一瞬だけアイコンタクトを交わし、二人同時に駆け出す。路地裏に入ればガラの悪い男たちが綺麗な格好をした女性を取り囲んでいた。
「そんな格好でこんな場所に入ってくるたぁ、どうなってもいいってことだよなぁ?」
「や、やめてください!大切なものが落ちてしまって探しに来ただけなんです!」
「んなこと俺らには関係あるねぇなー」
どこの世にもチンピラは存在しているようだが、ただ運が悪かった。
「リク!」
「もち、分かってるよー!」
ひらり、と回転しながらリオが放った弓矢はチンピラの頭上だけを綺麗に掠め、男たちが怯んだ隙にリクが手に持っていた槍の柄のほうで体をつく。すると風が巻き起こり男たちは壁に激突した。
流れるような一連の動作にリクの頭に乗っていたわたしは拍手を送りたい気持ちになった。
「ありがとうございました。このお礼はいずれ」
「別に気にしないでー。ボクら仕事のようなものだしー」
「お姉さん綺麗だしー。今度お茶でも一緒に飲んでくれるだけでいいからさー」
女性はではまた今度と言って微笑みながらお礼を言ってその場を去っていく。
「この後、騎士団のほうに寄らないとかー」
「めんどーだけど、行くしかないかなー」
リクの頭に乗ったままだったわたしをリオがまた抱きかかえて歩き出す。リオとリク、見た目は全く同じだが2人の違いは魔力の質だと分かった。
「「よし、何もなかったことにしよー!」」
(こんな時までハモるなんて、凄い…)
ところで武器持ってなかったのにいったい何処から出したんだろうか、という疑問は猫なので口には出せず心残りのままその日の夜遅くまで街中を双子に連れ回された。