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わたしは黒猫である  作者: 葉留
始まりの街
2/8

1.黒猫、名前はまだない

初めての作品なので温かい目で見ていただけると幸いです。

 そよそよと気持ちのいい風がそろそろ起きて、と言わんばかりにわたしの髪を撫でるように吹いてはやんで吹いてはやんでを繰り返している。


 何故か若干寒い。いや、その前にまだ眠い。まだ布団にくるまって寝ていたい。いや、ちょっと待て。布団どこだ。


 目を閉じたまま手を彷徨わせて掛け布団を探す。昨日の寝相は余程悪かったのだろうか。辺りをいくら探しても掛け布団は何処にもなかった。

 目を開けてまで探すのは負けた気もするし仕方ない、と半ば諦めてとりあえず風が入ってくる窓を閉めようとベッドの横にあるはずの窓に手を伸ばすが、何故か窓の淵にも当たらず手は空を切った。



(…あれ?)



 すると、早く起きてとまるで急かすように先ほどより強い風が乱暴に髪をさらっていく。

 欠伸を噛み殺しながら、仕方なくこの寒い状況をどうにかするなら起きるしかないと瞼を開ける。


 そこで漸く気がついた。



「……にゃ?」



 わたしを囲うように小さな白い花が咲き、側には緑生い茂る一本の大きな木がそびえ立っていた。



(あれ?わたし布団で寝たよね…?あれ?)



 おかしい。

目の前に広がっている光景は今まで見たこともない全く知らない場所で、リアルに感じる草の感触、花の匂い、時々吹く柔らかな風。

 何処からどう見てもここはわたしが寝たはずの部屋でもなく、ましてや今まで過ごしてきた場所とは似ても似つかない真逆の場所だった。


 まだ夢でも見ているのだろうか。




 頬をかこうと手を上げるとぷにゅ、と柔らかい何かが当たった。否、正確には当たった何かはわたしの手のはずなのに――



(んん?あれ?待って、柔らかい…?ん?わたしの手はのんなにも柔らかくない!いや、硬いわけじゃないけど、こんなにも柔らかいってわけじゃなくて、そもそも人間なわけだから、草とか花とかこんなに近いはずがなくて、手なんかこんなもふもふもこもこしてるはずじゃなくて…)



 



「にぎゃーー!!!!」



 恐る恐る目を向ければ人間には見えない手。どこからどうみても肉球付きの黒い毛並みの獣のような手で、手を握ったり開いたりすればわたしの意思と同じに動く目の前のもふもふ。そのまま頬に触れてもみても、やはりもふもふ。何処もかしこも、もふもふふわふわ。



(あ、気持ちいい〜…て、寒い…!)



 思わぬ気持ち良さにトリップしそうになった意識を元に戻すような強い風が吹いて、先程より少し冷静になれた。

ふぅ、とまだ動揺してる気持ちを落ち着かせるために息を吐き出してもう一度手を眺めてみる。


どうみても肉球。



もう一度、辺りを見回してみる。

見渡す限り草、森、草。足下、花。



(夢ならよかったのに…)



 いっその事、この不可解な状況を現実逃避出来たらどんなに楽だっただろうと諦めたように息を吐く。

これが夢だった場合、自分で頬を触った感触や先程から感じる草や花の匂い、少し肌寒く感じる毛を撫でる風がこんなに鮮明に分かるわけがない。


やはりこれは夢ではない。現実なのだ。



 (これが夢じゃないなら…)



 いつまでも呆けていても仕方ないし、今は現状を把握した方が良さそうだ。


 人間、非現実的なことが立て続けに起こると逆に冷静になるのか、と何処か他人事のように感じながら近くにある木を見上げる。

 見渡すなら近くにある木が一番手っ取り早そうだ。

 果たしてこの大きな木に登れるか、などど一瞬頭を過ぎったが、飛びつこうと足に力を入れれば、思ったよりも軽やかに枝や窪みを使って登っていく。ある程度、登ったところで視線を横に移せば信じられない光景に足を踏み外しそうになり、慌てて近くの枝に捕まる。

 やはり見間違いではなかった。

 緑生い茂る木々で出来た広大な森に、遠くには大きな山もいくつか見え、川も流れてる。振り返ればひたすら続く平原があり、どうやらわたしは小高い丘の大きな木の根元で眠っていたようだ。

 近くに人が住んでそうな気配はない。が、代わりに先ほどから変な鳴き声やら嫌な気配がする。

 わたしの声も何故か猫のような鳴き声になっているし、見える範囲の体も獣にしか見えないし、人だった記憶があること自体が夢なのではないか、などど更に疑問が次々出てきてしまいだんだん考えることが面倒になってきた。

 ため息しか出てこない。



「グルル!」

「にゃ?」



 何か聞こえた気がした。



「グルルルル!!」



 いや、気のせいではない。


 下を見下ろせば木の周りを囲む複数の獣がいた。

 見た目、普通の熊よりも大きいであろう二足歩行の獣は、若干熊に似ている気もするが、爪は鋭く伸び、瞳の色は充血してるかのような赤、口から長い牙が覗き、おびただしい量の涎を垂らして、こちらを見ている。



「にー…」


「グル、グルル!!ガァァ!!」



 お腹が空いているのだろうか、はたまたこの木が縄張りだったのか、そこは定かではないが確実に狙いの矛先はわたし。

 鋭い爪で木を薙ぎ倒そうと幹を殴りつけている。木が衝撃で揺れる。


 少し待ってほしい。

 こんな凶暴そうな獣に会うための心の準備とかこれからのことを考える時間とかその他もろもろ確認したいことあったのに勘弁してほしい。

 大体、その大きさでわたしを食べるにしてもお腹の足しにもならないだろうに、なんて何処かで他人事のように考えてる間にもぐらりと一際大きく足元が揺れる。

 流石の大木でも獣に何度も体当たりとかあんな鋭い爪で攻撃されたらひとたまりもなかったようだ。



「グルル!!」

「グル!!」

「グル!!!」



 目覚めて早々、悪いことばかりが続く。

 ここには戦うための武器もない。あったとしても相手との体格差がありすぎる。


 ああ、短い人生だったなぁ、と倒されていく木に掴まりながらぼんやりと思う。

 恐らく夢でなければ少し前まで人間だったはずのわたしは自分でも気づかぬ内に多分猫?になっていて、いつもの布団からいつの間にか見知らぬ土地に放り出されてしまい、生まれてこのかた見たこともないような熊?の獣たちに何故か食べられそうになっているし、よくよく考えればこの状況は理不尽極まりない。

 意味不明なことがありすぎるのに考える時間なんてありやしないし、本当は人間だったとすれば何らかの力によりわたしはこの姿に変えられて、この場所に放置されたということになる。


 ――人間だったことが夢でなければ、わたしは何故ここにいる…?



「ガァァア!!」

「しゃー!!」



 飛びかかって来ようとした獣たちに向かって喉を鳴らして視線を向けながら威嚇する。すると、獣たちは肩を揺らして急に動きを止めた。

 何故怯んだかは分からない。が、これは好機かもしれない。

 リーダー格であろう一番大きな獣目掛けて走り出す。目でも引っ掻いて相手が怯んだ隙にこの場からとりあえず逃げ出そう。

 生き残るために必死に両足を動かして近づき、右足に力を込めて獣に飛びかかった瞬間、目の前で想像もしなかったことが起こった。



「グギャー!!」

「……にゃ!?」



 10メートル近く吹っ飛ぶ獣たち。

 前足を見つめて唖然とするわたし。

 静まり返るその他もろもろ。


 体格差で言えばわたしの負け。だが、生き残る為の隙を作る為に何十倍もある獣に飛びかかって目を切りつけるだけのつもりだった。


 そう そのつもりだった のだ。


 獣は近くにいた周りも一緒に巻き込んで10メートル程吹っ飛び、そこからピクリとも動かなくなった。

 訳もわからず呆然と見つめるしかないわたしと残った獣たち。


 ――今のはわたしがやったの…?



「グル…!」



 わたしよりも先に覚醒した獣たちはその場から一目散は逃げ出していく。

 それをまたもや呆然と見送るわたし。


 逃げていった獣たちが見えなくなったところで、先程からぴくりとも動かない獣たちに視線を戻す。

 それにしても動かない。

 どうしようか思案していると突然、獣たちがいる方からわたしに向かって風が吹いた。

 何とも言えない鉄のような匂いが立ち込める。


 獣に向かって一歩踏み出す。更に匂いが強くなった。ツンとした嫌な匂いだ。近づけば近づく程、その匂いは強さを増していく。むせ返る程、強烈な匂いに晒された時には獣たちがすでに絶命していることに気がついた。

 前足で鼻と口を覆う。

 初めて嗅いだ強烈な匂いで頭がくらくらする。


 リーダー格の獣の致命傷は肩からお腹まで斜めに入っている大きな爪痕。


 ――まだ暖かいのに…



 大きな獣を一瞬で吹っ飛ばした謎の力。

 周りから見ればわたしがやったとは到底思えないだろう大きな爪痕だけを残して倒れている獣たち。だが、これはわたしがやったのだ。

 現に獣に飛びかかって腕を振り下ろした瞬間、体内から何かが抜け出た感覚があったのだ。



「……?」



 ふと、倒した獣たちからとても温かい何かがわたしの中に流れ込んでくる。


 初めて自分の手で生きている動物を殺した。果たしてそれはどちらかが生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだろうか。

 ただ逃げるつもりで殺すつもりはなかった、なんて言っても現にわたしはこの獣を殺してしまったのだ。

 こうして触れてみればまだ暖かいのに、目の前の獣はもう死んでいる。


 これは夢でない。

 現実なのだ。


 心が痛い。



「にゃー…」



 涙が流れては血だまりに落ちる。

 いつのまにかわたしの足元は血で濡れていた。


 ――この先も生きる為に向かってくる敵を殺すしかないんだ…


 涙を流しながら空を見上げて ふと そう思った。

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