御神木
ある日、愛犬の散歩ルートにあるお墓の中の大木が伐採された。
私はこの木が大好きだった。
春にはその大きな大木に、青い葉が芽生え。
夏には雨宿りが出来るほどの大きさの、綺麗な深緑をした大木。
秋から冬にかけては、段々と紅葉から葉は散っていき。
少し寂しい気もしたが、それでも大好きだった。
春夏秋冬と変わり続ける、その木が。
なのに、ある時。
愛犬の散歩に行くと、その大木はバッサリと切られ。
その残骸が、お墓の周りに置かれていた。
私は、それを見て唖然とした。
切られたその大木は、まるでゴミかの様に扱われ。
トラックに、積まれていったのだ。
私はそれを見て、ショックを受けながら愛犬の散歩をしていた。
次の日、その大きな、大きな大木の残骸は何一つ残っていなかった。
残ったのは、葉も何もないただの木の棒。
それからだろうか、そこに・・・
カラスが集まり始めたのは。
「カー、カー」と煩い程の声で泣き続ける、カラスの大群。
そのカラスの大群は、まるでその木を囲うようにして鳴き続けている。
愛犬の散歩に行くときも、そこを通る時も。
カラスが居ない時など、無かったのだ。
そして、愛犬の散歩のとき。
愛犬は何かを感じ取ったかのように、お墓の前を通り過ぎると何度も、何度も後ろに振り向く。
愛犬の名前を呼ぶ。
しかし、愛犬はこちらを見ない。
いつもなら、名前を呼べば振り向くのに。
その時だけは、絶対に後ろばかりを気にして歩くのだ。
そうして、しばらく経って。
母と一緒に愛犬の散歩に行くことになった。
すると母が、
「このお墓、坂本龍馬が生きていた時代に建てられたお墓だ。」
と、言ったんです。
それを聞いて、私は
ああ、あの大木はその時代からずっと生き続けていた大木だったんだ。
と。
そんな木を、切ったんだ。
これは、罰が当たるに違いない。
私はそう思い、愛犬の散歩ルートを変更しました。
もし、その木が怒って私たちに災いでも起こされたら・・・と。
しかし、私の勘は強ち外れではありませんでした。
カラスたちは、どんどん増えて行き。
その道を通らなくても、空中を飛んでいました。
そして晴れていても、少しそのお墓の周辺に近づけば曇天模様。
そしてカラスは、色んな家の上で鳴きました。
鳴き続けました。
すると、近所の家の人が亡くなった。
そういう町内会の回覧板が周ってきました。
【○月×日△時により、○○さん宅で葬式が行われる】と。
それがいくつも、毎週のように届けられるのです。
私はこれは流石におかしいと思い、氏神様が祭られている神社へと足を運びました。
少し急な坂を上って、神社へと。
そこは空気が澄んでいて、カラスたちはここには一切いませんでした。
私は神社の階段を登っていき、本殿へと急ぎました。
そこには、巫女さんがいて。
神主さんは居ないかと尋ねると、急いで呼んできてくれました。
そして私はこれまでの経緯を全て説明すると、神主さんは驚いた表情をした。
私は嫌な予感がしたが、聞いた。
「ど、どうされたんです?」
すると青ざめた表情の巫女さんが、神主さんの後ろから
「あの大木は、あのお墓、仏さまを守る御神木だったんです。」
と。
それに続けて、神主さんが
「ああ、あの木は私たちよりも何年も、何十年も前からこの街を見守ってきた御神木だったんです。」
「母が、あのお墓の中に坂本龍馬が生きていた時代に建てられたというお墓がある。と言っていました。」
「そうです。しかしそれよりずっと前からです。
そんな木を切るなんて・・・なんて罰当たりな。」
少し怒ったような、怖がっているような表情をした神主さん。
「最近、お葬式が頻繁に行われているんです。
そしてその周りには必ずカラスたちの大群が・・・」
「でしょうね。
御神木がなくなった場所は、カラスたちの集会所になりやすい。
カラスは、死神とも呼ばれる生き物なんですよ。」
「神主さんは、このことは・・・」
「一切知りませんでした。
まさかその様な事が起こっていただなんて。」
神主さんにも相談せずに切った、土地主。
これは罰が当たっているかもしれない。
「神主さん、この状態を少しでも収めることはできませんか。」
私は問う。
「そうですね。これは、御神木が怒ってなっている現象です。
なので、御神木の怒りを抑えるしか方法はありませんね。」
「ど、どうやって・・・」
「まず貢物を捧げ、この街の住人の人々に集まってもらい、
お祓いをすれば怒りは収まるでしょう。
それと共に、カラスたちも次第に消えていき、お葬式も無くなることでしょう。」
「では、急いで!」
「ええ、急ぎましょう。
私は、貢物とお祓いの準備をします。
よろしければ、貴方。街の方々を集めては頂けないでしょうか。」
私は少し迷ったが、今の状況は確実におかしい。
このままでは、街の人々全員がカラスたちによって殺されてしまうかもしれない。
それに今は、住民たちも怖がっている。これをうまく利用すれば、集まってくれるかもしれない。
「はい、喜んで!」
「よかった、では日没にあの御神木の前に。」
神主が言う。
「はい、分かりました。」
私は急いで、神社を駆け下りる。
このままでは、また被害に遭う人々が出てくるかもしれない。
まず私が向かったのは、町内会長の家だ。
この人に話しを伝えれたら、きっと全員が集まる。
ピンポーン
「はーい。」
「すみません、○○ですが。」
「今出ますー。」
ここが山場だ。
ここで、説得できなかったら私の負けだ。
そして、この街が崩壊する。
ガララ・・・
「あら、どうしたの。珍しいお客さんね。」
笑顔で私の事を迎え入れてくれた。
私は少し会釈をし、本題に入った。
「あの、ご存じですよね。
あのお墓の中にある木が、伐採されたこと。」
その話を口にした途端、顔が青くなる夫人。
「え、ええ。」
「あれ、氏神様が祭られている○○神社で聞けば、御神木だったそうなんです。
それをあの土地の持ち主が、知らずに伐採して。
最近起きている不運、あれはあの御神木が怒ってしていることなんだそうです。
日没までに、街中の人々をあのお墓の前に集めなければいけないんです。
勿論、伐採した本人も。このままでは、いずれ街は崩壊します。
だから、手伝ってください!」
「そうだったの・・・。でも、伐採した人。あの土地の所有者を集めることはできないわ。」
私がこんなにも急いでいるというのに、この期に及んでまだ。
「亡くなったのよ。」
夫人は、顔を青くしたまま私に目を見開いてそう告げた。
「え・・・。いつですか。」
「最近のお葬式が頻発する、一番最初。」
まさか、伐採した本人はもう罰を受けていたなんて。
甘かった・・・
「ほかに、ここ最近亡くなった人に関係者は・・・。」
恐る、恐る聞いた。
「さっき、関係者の中で最後に残っていた人が亡くなったと、電話を受けたわ。」
遅かった・・・
誰も助けることができなかった。
しかし、これで終わりなわけがない。
次、いつカラスが、御神木が罰を下すか分からない。
これで怒りが収まったとも言えない。
「ですが、きっとこれで終わりとは思えません。
お願いです、街の人々を集めるのを助けてくれませんか。」
「分かったわ。急いで、電話で集めるわ。」
よかった・・・
これで、これ以上亡くなる人は居ない。
そして、日没。
町内会長さんが集めてくれた人、私が走り回って集めた人80人程が揃った。
そこに神主さんが、山から下りてきてください、お祓いが始まった。
貢物は、果物やお酒、お米など。
そして祝詞が始まった。
それを皆、俯いて聞く。
神主さんが祝詞を唱え、終わったと同時に
バサッ
大量に居たカラスたちが飛び立った。
背中を押すかのような風。
サァ・・・
木々がざわついて、葉たちがまるであるかのような音がした。
「これで終了となります。」
神主さんの言葉に、皆がホッとした様な表情を見せる。
終わった・・・。
ようやく、これで。
御神木が関係している葬式は、もう二度と起こらないだろう。
カラスが集まることも、もうないことだろう。
それから、約二か月。
葬式の案内が書かれた回覧板は、周ってこなくなり。
木には少しだが、枝が生えた。
またいつか、木々がざわざわと言う音を聞かせてくれることが来るのだろうか。
私はその日を待っています。