第7話 金縛りの解き方
それからしばらく色々な言葉を試してみたが一向に金縛りが解ける気配は無い。
目、口以外は全く動かない。他は石だ。
天羽も少女が解こうとあたふたしている内になんとか自力で頑張ってみるがそもそも力が入らない。
このままではここで朝を迎えてしまいそうだ。
「動け!動け!動けーっ!」
少女はまだ頑張っている。両手を交互に動かして、魔法をかけるような仕草でどうにかしようとしている。だが全く効果は無い。
「、、困ったな」
思わず本音がぽろりと出た。
その言葉に少女はびくっと反応する。呪文をかける手が止まる。
「私が行かないで、なんて言ったから、、ですよね、、ごめんなさい」
少女はうつむき小さな声でそう言った。
なんだかまずい雰囲気だ、、。
「あ、あー、、まぁその、、、確かに体が動かないのは困るけど、一生動かないわけではないだろうし、、、。それに君も悪気あってしたわけじゃないから、謝らなくてもいいよ」
困り果ててへらっと笑う。
すると少女の瞳から大粒の涙がぼろっとこぼれた。
涙は次々と湧いて出てきてはぽろぽろと頰を伝う。
天羽はぎょっとする。
俺が泣かした!?なんで?なんかまずいこと言ったか!?
天羽は少女の涙の理由が分からない。ただ呆然と少女の様子を見守る。
どこをどう失敗した?怒らせたらまずい、喰われる!
いくら当人から危害を加えないと言われていても実際は体を拘束されている相手だ。つまり気が変われば最悪殺される、しかも気分を害したとなればかなり痛い方法で実行されることは必至だ。今目の前にいるのは人間ではない、化け物だ。それを忘れていた。
天羽はどうにか挽回しようと考える。
「ごめん!泣かせるつもりは無かったんだ。何か気に障った、、?俺に出来ることならなんでも協力するから、、その、、」
どうか命だけは取らないでくれ!!
しかし少女の口から出てきたのは天羽を責める言葉ではなく”ごめんなさい”だった。
「やっと見える人、、、ぐすっ、、会え、、たから、、私、どうしても、、ひっく、、話しがしたくて、、。泣くなんて、、最悪、、ぐすっ、、ごめんなさい」
少女は血だらけの手で涙を止めようと必死に目をこする。しかし少女の意思に反して涙は次々と頰を伝う。
天羽はほっと胸を撫で下ろす。( この場合腕は動かないので気分だが )別に気を悪くしたわけではないらしい。しかし、
ーーー完全にお手上げだ。
今までに彼女が出来たことも無ければ、女性を泣かしたこともない天羽には女の子がどうやったら泣き止むかなんて見当もつかない。ましてや相手は死人だ。完全に範囲外である。
ぐすぐすと泣き止まない少女に、動かない体。
せめてこういうことに詳しい奴が知り合いにいればな、、、。
「っ!!」
天羽は自分の馬鹿さ加減に少々時間を割く。
いるじゃないか、こういうのに詳しい奴。なんで今まで気がつかなかったんだ。馬鹿か俺は。
しかし一つ問題がある。硬直した体では手に持った携帯を操作することさえ出来ない。
気が引けながらも泣いている少女に話しかける。
「あのさ、俺の知り合いでこういう、、不思議?な現象が好きな奴がいて、そいつだったら何か知っているかもしれない。それで電話をかけたいんだが生憎手が動かない。君がもし触れるんだったら携帯を操作してくれないか?」
「本当ですか?何とかできる人、ぐすっ、、いるんですか?」
顔を上げた少女の顔は涙と血で酷いことになっていた。
「、、携帯、、触れます。触りたいと思った物には触れるんです。人に気づいてもらうために小石投げたり、肩を叩いたり、手を掴んでみたりしていましたから、、」
、、、。
少女が色々と挑戦している姿が容易に想像できた。
『ばんよう!天羽氏!今の分かったかい?こんばんはとおはようをかけてみたんだ。吾輩なかなかのセンス、ぬふふ』
時刻は夜中の2時、坂本は電話に出てくれた。有難い。
「すまん、こんな時間に。お前にしか聞けないことがあって、緊急なんだ」
『ほうほう、エイリアンアブダクションにでも遭いましたか?』
「違うが、そっち系統だ。お前、金縛りの解き方とか知ってるか?」
『金縛り、ですか。金縛りには2種類あって、一つは寝ている時に起こるものです。脳だけが起床していて体はまだ寝ているという時に起こります。こちはらほっとけばそのうち治ります。生理現象ですからね。
問題は二つめの方です。外部からなんらかの圧力で引き起こされる金縛りです。こちらはぶっちゃけ、相手 次第です。相手がもういいと思えば解けますし、そうじゃなかったら解けません』
なん、だと、、、。
「まてまてまて、じゃあ相手が解けろと思っているのに解けない場合はどうなる」
電話の向こうで坂本が少し考え込む。
『、、そうですねぇ。吾輩もそういうパターンは聞いたことがないですねぇ、。なんせ、金縛りをかけることが出来る存在に知り合いがいないものですから、、。』
坂本でも分からない、、か。
『シンデレラ、なんてどうでしょう』
「、、、は?」
『”シンデレラ”ですよ、天羽氏。かぼちゃのシンデレラです』
それを言うならガラスの靴だろ。
『触れれば良いのではないでしょうか、制御が未熟な場合念じるだけでは伝わらない。ならば触れて直接念じれば良いのでは?』
そうか!
坂本の考えが正しければ目の前で携帯を天羽の前に差し出す少女はまだコントロールが上手く出来ないということだ。
『しかし、天羽氏。このやり方は金縛りをかけている相手に協力してもらう必要がありますが、その辺はどうでしょうか?』
「そこは心配ない。すまなかったな坂本、また後で」
『ほう。これはこれは面白いことになっているようですね、後で聞かせてくださいよ。ぬふふ』
電話を切ると少女がもじもじとしていた。ステレオ機能を使っていたため会話の内容は理解しているはずだ。
「あの、じゃあ私が触ればいいんですね?」
「そうみたいだ、頼む」
上手くいけば自由の身だ。
少女がゆっくり近づいてくる。距離が狭まる度に鼻をつく血の匂いは強くなり、痛々しい体もよく見えてしまう。しかし目をそらせばまた泣かせてしまうかもしれない。
少女が腕を伸ばす。
そっと自分の胸に柔らかい少女の手が当たる感触。
「元に、戻ってください、、、、。天羽さん、、、」
胸に当たる少女の手から暖かい何かが天羽の全身を駆け抜けた。
体が一気に楽になる。全身の硬直が解けるのが分かった。
天羽はほっと息を吐く。
体におかしいところは何も無い。もとの自分の体だ。
「解けたよ。これで家に帰れる」
少女もほっとしたように笑う。
「良かった。本当に本当にすみま、、、っ、、?」
そこからはスローモーションのようだった。
目の前の少女の体がぐらりとバランスを崩す。
少女の黒い髪がふわりと揺れる。
体は力なく地面に向かう。
少女の瞳は驚いたように揺れる。
天羽は無意識に少女に手を伸ばす。
「っ!?」
ドサッ
少女をなんとか受け止める。
「おい、どうした!」
少女の目は閉ざされ、体に力は入っていない。完全に意識を失っていた。
、、、、どうするよ、俺。
自分の腕の中で力なく横たわる少女は、色々なことに目をつむれば普通の人間のようだった。
肩までかかる黒髪に細っそりした体。大きな瞳は今は閉じられている。
手に伝わる感触は冷たいというより暖かい。まるで人の温もりだ。
天羽は自由になった体で空を見上げる。
強くなりかけていた雨は止み、空はうっすらと明るくなり始めていた。
「俺はどうかしている、、」
天羽は少女の肩に腕を回すとよいせっと立ち上がった。