第6話 解けない金縛り
目の前の少女は普通ではない。生きてすらいない。
それは少女の透ける体や夥しい血の量が物語っていた。頭や顔や体という至る所から出血している。特に胴体が酷い。上半身の服はところどころ破れ、元の色が分からないほど血で赤く染まっている。服の裾からはぽたぽたと赤い雫が落ちている。濃すぎる血の香りに頭がぐらぐらする。
この出血では普通は立っていられない。
天羽はライトに照らされる少女に釘付けになって動けない。
どうすればいい、どうする、どうする、どうする。考えろ俺。
いや、こういう時は一択しかないだろ。
足にグッと力を入れる。今は意識しないと体が動かない。蛇に睨まれた蛙なんて言葉をこんな形で体験するとは思わなかった。とにかく相手は自分がやりあってどうこう出来る相手ではない。触ることすら叶わないだろう。少女が俺をどうする気で現れたのかは分からないが、煮るにしろ焼くにしろ呪い殺すにしろ特に抵抗することも出来ずされるがままだ。圧倒的に不利。
天羽は早鐘をうつ心臓を少しでも落ちつかせようと深く息を吐く。
よ、よし。逃げるぞ。
出来るだけ少女の目を見ないように。足だけを見て近づいてこないか確認する。前に坂本からこういう時は目を見てはいけないと言われていたことを思い出した。その助言を使用する日が来るとは思っていなかったが。
いち、
少女の服からまた血が滴る。
にぃーの、
少女は動かない。
さんっ!
「行かないでっ!」
「っ!」
少女が叫ぶ。
同時に天羽の足がその場に釘付けになる。どんなに力を入れても動かない。体がいうことをきかない。これは恐怖からくるものではない。天羽はそれがなんなのか理解する。金縛りだ。指先一本動かすことすら出来ない。
ーー人生詰んだ。
これから何が起きるのかは分からないが、人生が終了したことだけは分かった。この場から、少女の前から逃げることが出来ない以上天羽には未来はない。
こんなことならもっと親孝行しとけばよかった。もっと真面目に彼女とか作って人生を楽しめばよかった。まだやりたいこと、やれると思っていたことあったんだけどな。
母さん、俺が死んだらきっと馬鹿みたいに泣くよなーー。
天羽は最期に家族の顔を思い浮かべる。すると何故だか気持ちが少し楽になった。
「い、言っておくが。俺は美味しくないぞ」
天羽は声を搾り出す。少しでも命を長らえることが出来るのならば化け物との会話も良いかもしれない。
「やっぱり!私のこと見えるんですね。しかも話せる!」
少女は嬉しそうに笑った。笑うと花が咲いたようだ。
すると少女はぺこりと頭を下げた。
「びっくりさせてごめんなさい。驚かす気は無かった、なんて言っても信じてもらえませんよね、、。私があなたの立場だったら絶対もっとびっくりするから。本当にごめんなさい。あと、食べたりはしません!安心してください」
返ってきた言葉は以外だった。まるで普通の人間と話しているようだ。
「俺に危害を加える気は?」
「ありません!痛いこととか酷いこととか怖いことはしません!」
最後のはもう充分されたよ、という言葉は飲み込んだ。
「俺いま体動かないんだけど、これ、金縛りってやつ?君がしてるんだよね?もう逃げないから解いてくれないかな」
これは嘘だ。解けたら逃げる。全力で逃げる。逃げるに決まっている。
「えっ?あっ、そんな!ごめんなさいっ!私そんなことしてたんですか。でもどうやったらいいのか分からない、、、。えーと、なんか言ったらいいのかな。うーん、よしっ。ではいきます!終わり!終了!解除!もとに戻れ!」
少女はわたわたと手を振り回しながら思いつく限りの言葉を並べていく。
しかし効果はない。
「、、、どうですか?」
「頑張ってもらったとこ悪いが、全く動かない」
「だめ、ですか、、。」
少女はしゅんと落ち込む。
なんだろう、こっちが悪いことをしている気分になる。