第4話 オカルトマニア
「痴漢からJKを助けたそうじゃないか。天羽氏。
ヒーローですな、うむ。流石は我が友人。我輩は鼻が高いですぞ!」
会社に着いて朝の仕事を急ピッチで片付け、デスクで一息ついていると同僚の坂本が声をかけてきた。
「話早すぎ、、。俺さっき会社着いたばっかだよ?なんで坂本がそれ知ってんだよ。てかお前いつもどこからそんな情報仕入れてんの?」
「あっはぁ♪ 我輩の情報網はありとあらゆる所に張り巡らされているのですよ天羽氏。しかし今回の話は私が調べるまでも無く、普通に聞きました。前田課長から。あの方言いふらしてますよ〜。ぬふふ」
「、、、。この会社って暇な奴しかいないんじゃないか?もしかして」
「ということは天羽氏も暇人ということになりますな。ふむ」
「お前だよ、暇人は。仕事はどうした」
「残念、午前の分は終わってしまいました。午後は明日の商談の打ち合わせくらいなので今日の仕事はもうほとんど終わってしまったも同然なのです」
坂本は本名を坂本 景という。俺はタメ口をきいているが、年は上で28才だ。フロアは別だが、以前同じプロジェクトで一緒に仕事をしてからなんだかんだ仲良くやっている。坂本は仕事の空きができると俺のデスクにやってきては趣味のオカルト話を披露する。オカルト系は詳しくないが仕事の息抜きには丁度よく、俺も結構毎回楽しみにしていたりするが、このことは坂本には知られてはいけないと思っている。
なんというか、負けたような恥ずかしいようなそんな自分でも意味の分からない理由からだ。
「ところで天羽氏、痴漢には逃げられてしまったとか」
「ん?あぁ、そうなんだよ。駅員に引き渡す時にいきなり叫び声あげてさ、線路内に下りてそのまま走って逃げて行ったよ。駅員も追いかけたんだけど結構足早かったみたいでまだ捕まってないって事情聴取の時に警察も言ってたし、まだ逃げてるかもな」
「、、、。どの時代も敵というのは逃げ足が早いものですな。最近この辺りで連続発生している通り魔もまだ捕まっていませんし、世は悪が蔓延っていますなぁ〜。うんうん」
「ほんとだよなぁ、痴漢もそうだけど通り魔の方は早く捕まえないとやばいよな。16人?だっけ犠牲者の数」
「昨日テレビ観ませんでしたか?昨日また襲われたんですよ女性が、17人目の犠牲者です。まだ学生だそうですよ、私は弱者しか相手に出来ませんって言っているようにしか見えませんね我輩には」
数ヶ月前からこの街一体で通り魔事件が発生している。テレビなんかではジェイソン事件なんて呼ばれている。日に日に増える犠牲者の数に警察も相当焦っているらしく動員されている捜査員は300人を超えるらしい。街ではパトカーが異常なほど巡回し日暮れに外に出ていれば職質されることは絶対だ。そんな警戒態勢を嘲笑うかのようにジェイソンは犯行を重ねている。
「そろそろ捕まってほしいものですね、我輩昨日は5回職質されましたよ」
俺は飲んでいたチョコみかんオレを吹き出しそうになる。
「ぶふっ。いつもでしょ、坂本の場合。お前を見て職質しない警察官はいないだろ」
「失礼ですね天羽氏は。我輩の私服はあれで完璧なのですよ、白装束は日本の歴史でもあるのです。それに我輩は現代風にアレンジしておりますゆえ、仲間の中では結構人気があるのです」
坂本は人差し指を立てて得意そうにぬふふと笑う。
坂本の私服を最初に見た時の衝撃は凄かった。映画やアニメの中で見る古代の魔術師のような格好をして平然と都会のショッピング街に現れるのだ。行き交う人の目はそりゃもう各々が驚いた顔をして (俺を含めて) 、遠くから写メる人も少なくなかった。その時僕は坂本と待ち合わせをしていたが坂本に話しかける勇気を出すことができず、行き交う人の群れに紛れその場を去ったのだった。後で詫びの電話をいれたが、悪いと思う気持ちはほとんど無かった。
坂本が現代風に白装束をアレンジしたのもそれがきっかけだ。今では前よりはマシになっている。一緒に歩きたくないという点ではあまり変わりがないが。
「あぁ、そうそう。天羽氏がJKを助けたということを聞いてぴったりの話を思い出したのですよ。この話の場合JKかどうかは不問にしていただきたいのですが、なんせ年齢が不詳ですから」
にししと笑う坂本はいつものようにオカルト話をするようだ。俺も一息ついていたところだったからこのまま聞こうと思い軽く椅子を傾けた。坂本はその様子を見て更ににししと笑う。
「これは現代の話なんですがね、、、。子供達が下校中遊びながら歩いているとその様子を電信柱の陰から半分顔を出して見ている女の子がいるんですよ。どこか羨ましそうに。気になった子が一緒に遊ばないかと声をかけるんですが声をかけるとさっと電柱の陰にかくれてしまう。いやいやおかしな子だということでそれ以上かまわずに歩きはじめたのですがどうやらその子がついてきているようで、しばらく進んで振り返ると近くの電柱の陰から顔を半分出して見ているんですよ。付いてきていると思った子供達はちょっと困ってその子を振り切るために走ったそうです。しばらく走ってもう大丈夫だろうと後ろを振り返ってみたら少し後ろの方の電柱の陰に女の子の顔がひょっこりと現れた。しかも自分達は全速力で走って息が切れているのに女の子は息一つ乱れていない様子。おかしいと子供達も気づいた。すると女の子の顔が電柱の陰にひゅっと隠れて子供達の近くの電柱の陰からにゅっと飛び出した。この間数秒。子供達は悲鳴をあげて一目散に逃げたそうです、しかしそれから子供達の周りで女の子が色々なところから顔を出している様子が目撃されたとか、、、。なむなむ」
「なにそれ普通に怖いんだけど、、。その後どうなったの?」
「残念、知りませんよ。ちなみにこのシャイな女の子は関西方面でよく目撃されるらしいですよ〜。我輩もこの女の子にストーキングされに何度か噂の町に行ったのですがお会いすることはできませんでした」
行ったのか、お前。
「坂本の服じゃおばけも寄り付かないってことだな」
「むむっ、見る目がないですね」
「この場合趣味が悪いのは坂本だよ」
俺があははと笑っているとボスッと頭部を何かで叩かれた。覚えのある感覚にまずい、と笑みが消える。
「お前らはまーたサボってんのか?坂本お前はいつから俺のフロアに引っ越して来たんだ?天羽はさっき来たばかりだろーが仕事しろ」
「前田課長我輩は自分に課せられた職務をすでに全うしたであります」
「そうか、だからと言って天羽の仕事を邪魔するな」
ボスッと坂本の頭を前田が持っていた丸めた書類で叩く。
坂本がにししと笑う。
「前田課長の誰にでも公平な態度には感服であります」
「毎回毎回同じような事を言われると有り難みも薄れるな。もう無駄話も終わっただろう、お前は自分の巣へ帰れ」
前田がしっしっと書類を持った手を振る。
「では天羽氏また」
そう言い残し坂本は去っていった。後に残るは前田と天羽。
「やれやれ、うちのフロアだけ鍵をつけようかと俺は何度思ったことか」
「、、すみません」
「まぁお前も坂本もうちじゃ優秀な社畜だからな、大目にみよう。が、お前達の後ろを必死で追いかけてる奴等もいることを忘れんように。あとこれ罰な」
最後にボスッと肩を叩くと持っていた書類を天羽のデスクに置いた。
「、、これ課長職の書類じゃないですか!」
「あぁ、俺の判子勝手に使っていいからやっとけ、勉強だ。若いうちから広く経験しておくことは大事だぞー」
がははと笑い前田は課長席に戻った。
前田はなんだかんだ言いながら天羽と坂本の話がひと段落ついた頃を見計らってやってくる。頭ごなしに仕事しろと言うだけの嫌な上司ではないのだ。坂本もそれを分かっているからこのフロアに無駄話をしに来る。今のようにたまに仕事を持ってくるがそれも数分あれば終わるような簡単な物ばかりだ。前田の豪快な性格は社内でも有名で人望も厚い。会社の大きなプロジェクトには必ず加わっている。天羽が密かに目標としている人物だ。