第3話 事情聴取
「警察です。痴漢の通報がありました。被害者の方ですか?」
ナイスなタイミングで待合室のドアが開き警察官が3人入ってきた。2人は男、1人は女性の警察官だ。女性だけ制服ではなくスーツを着ている。スーツの上着に警察の紋章のバッジが付けられている。
息がつまりそうだった(いや、もうつまってかなり苦しかった)部屋にとりあえず人が来たことにほっとする。少女の方も同じように安堵したように息をついていた。
「はい、私です。」
少女が応えると女性の警察官が少女の隣にかがみ、少女よりやや下から視線を合わせる。
「私は生活安全課の小林というものです。大変な目に遭ったね、、。申し訳ないのだけれど触られた時のことを話してほしいの。」
少女が小さく頷くと小林は「こんな時にごめんね」と本当に申し訳なさそうに呟いた。
「あなたは、この子の知り合いの方ですか?」
制服の警察官が声をかけてくる。
「あ、俺は、、違います。えーー、、と。」
少女を助けたんです。と言うべきか?、、、、いや、、少女に恩着せがましく聞こえてしまう。
目撃者です。か?いやいやいや、痴漢男にはそう言ったが、実際ちゃんと見たわけでわない。うーん、困った。
それでも説明しないわけにはいかない。俺は考えもまとまらないうちに話し出す。
「あーー、の、、、」
「助けてくれたんです!」
少女が大きな声を出す。
「私のこと助けてくれたんです。痴漢から、救ってくれた!」
先程話した時より少し張った声だった。俺も含めその場の全員が少女に注目していた。
少女は「あっ、、」と小さく声を漏らすと真っ赤になって俯いてしまった。
小林が微笑む。
「そう、あなたは良い人に助けられたのね。」
少女は耳まで赤くなっていた。
「さて、じゃああなたにも話を伺いたいのだけれど、、、」
俺は頷く。
「はい、分かりました。といっても犯人の顔はフードでよく見えなかったし、触っていたところも見えてないんです、実は。様子が怪しかったからつい動いてしまっただけで、役に立てるようなものは何も、、」
あはは、と苦笑する俺に小林はくすりと笑う。
「犯人の服装、背丈、声やしぐさ、、なんでも貴重な情報だわ。些細なことでも犯人逮捕に繋がる。だからどんな小さなことでも教えてほしいの。」
「じゃああの男はまだ捕まってないんですね、、」
「、、えぇ、全力で探してはいるんだけれど、」
「そう、ですか。」
男が逃げてからそんなに時間は経っていない。これから捕まる可能性は充分ある。もしかしたら近くに隠れていてそのうちみつかるかもしれない。
「警部補、別室の用意が出来たそうです。話は別々で聞きましょうか?」
制服の警察官が小林に声をかける。「そうしましょう。」と小林が返す。どうやら二手に分かれて聴取に入るようだ。
出来るだけ簡潔に、重要なところはしっかり伝えて早めに終わらせなければ。ちょっと仕事の時間が気になってきた。時間は午前9時を過ぎている。遅くなると電話を入れたが遅れた分残業になるのはめにみえている。
「ではこっちに」と少女が別室に案内される。小さく返事をして立ち上がった少女になんとなく目がいった。
染めているのだろう茶色の髪は胸の下あたりまでかかり、緩くかかったウェーブがふわふわと女の子らしさを感じさせる。大きな瞳にぷっくりとした唇。今時の女子高生らしく化粧をしているとはいえ大分かわいい子だ。それになんというか、出るところがしっかり出ている。というか主張しまくっている。触りたくなるのも分からんではないが、やってはいけない。
ーー現実にいるもんだな、こんな美少女。
俺は3次元も捨てたもんじゃないなと感心する。
「あ、あの!私、佐江木 美和っていいます!
今日は助けてくれて本当にありがとうございました。」
少女がぺこりと頭を下げる。
「そ、それであの、、今度、お礼させてください!」
「え、あ、いやいや、いいよお礼なんて。当たり前のことしただけだから。」
「っ、、。で、でも私助けてもらってそのままなんて申し訳ない、、し。」
「あはは、本当いいよ。お礼なんて。それに嫌な思いした子から物もらうなんてなんかバチが当たりそうだし。」
「そう、ですか、、。」
ーーしょんぼりした様子がまた可愛い。会社の女子達にはない可愛さである。
「そろそろ話聞かせてもらってもいいかな?」
制服の警察官に呼ばれ、その場を離れようとすると佐江木少女に「あの!」と呼び止められる。
「な、名前っ!名前教えてくれませんか?」
何故こんなにも必死なのか、よく分からないがあっちは名のったのに、こっちが名のならないのは確かにおかしいなと考える。
「天羽 真斗だよ。ほら、もう行かないと。」
俺は先を促す。俺も仕事に早く戻らなければならない。
佐江木少女は部屋を出る前にもう一度深々と頭を下げた。
残された俺も聴取が待っている。あとどれくらいで仕事に行けるか、そんなことを考えながら先程起こったことを話し始めた。
ーーー今思えば今日という非日常な1日はこの時からもう始まっていた。いや、もうずっと前から始まっていたのかもしれないが俺がそれに気づくのはもっとずっと後のことである。