第19話 兎に祭文
「我が、、人生に悔いなし、、、」
花千代から出されたお茶を前に坂本は滝のように涙を流した。
「、、科学的に証明できない現象は全て超常現象やミステリーと呼ばれ、世の理とは相いなれないものとして忌み嫌われます。まるで存在しないかのように扱われ、名前を出すことすら憚られる。しかし彼等全ては在るべきもの。彼等があって我等が生きていける。在るべきものは在るべくして在るのです。何故目を背けるのでしょう、、。吾輩は思うのです、彼等は見えないのではなく我等が彼等を見ようとしていないのではないかと。”見えてはいけない物”として見ているのではないかと。それは彼等からすればどんなに怒り震えることでしょう、、、。しかし今吾輩もその中の一人、、。心の中では会いたいと渇望しているのに目の前にいるはずの貴女のことは見えない、、。まだまだ修行が足りない、吾輩の中の何かが目を曇らせているのです、、」
坂本はぐすっと涙を拭く。
「天羽さん、この方は私のせいで泣いているんですか、、、?」
「気になるだろうが、気にするな」
花千代は心配そうに坂本を見ている。坂本の言っていることの意味は半分も分からないが、自分が原因で泣いているということは理解していた。といっても嬉し泣きなのだが。
「しかし、生きていて良かったとこんなに神に感謝したことはありません。貴女に会えた、、。ガイスト、ゴースト、幻姿、亡霊、、様々な名を付けられながらその姿を確認することは非常に難しい、、この国では幽霊と呼称される貴女に。身体の冷凍保存、脳の移植、血の入れ替え、神の領域に踏み込んだ人間でさえ魂の解明は少しも進んでいません。この人族という文明が発生してから少しもです。一体何故か、それは魂こそが人だからです。魂がない身体は人ではなく肉の塊、言ってしまえば身体は唯の器でしかない。魂こそが重要なのです。しかし魂は器に入っていないとこの次元では保たれない、魂には魂の次元がある。身体が無くなれば魂は次の世界へ行く。いえ、もしかしたらその世界へ戻るというのが正しいかもしれませんが、、。とにかく、魂は器がなければ消えてしまう。だから魂だけの貴女のような存在は非常に稀、、、。
だから猛烈に自分に憤慨するのです。吾輩の目が当に節穴です。こんな好機に恵まれながら、、グスッ、、一目も見ることができないなんて、、兎に祭文、牛に対して琴を弾ず、牛に説法馬に銭、犬に念仏猫に経です、、」
「半分以上理解不能だが、流石に詳しいなお前。それがマジかはさて置き」
「失礼な。知り合いにこの手のプロがいましてね、その方の受け売りです」
その知り合いの話がどの程度真実に近いのかは分からないが、魂の次元だの器だの初めて聞いたのになんとなく納得してしまう。
それも毎日仕事の合間にオカルト話を聞かされているから信じやすくなっているせいかもしれないが。
「、、天羽さん、最後の方の意味が分かりませんでした、、」
隣に座る花千代がそっと声をかけてくる。
圧倒されているせいか花千代の声は小さい。
「あーー、豚に真珠、、、みたいな意味だ、、」
坂本がずびっと鼻をすする。
「ところで、花千代氏」
「は!はひ!」
びくっと花千代が反応する。
話しかけられると思っていなかったのだろう、花千代はわたわたと落ち着きがない。
「あ、天羽さん。私、天羽さん以外と話すの初めてで、、その、、私の声聞こえないし、そもそも私口下手で、、どうすればいいんでしょう、、」
花千代の顔には困った、緊張、嬉しいが混在していた。
「俺が通訳するし、うまく話せなくても坂本には聞こえないから大丈夫」
「む、天羽氏。できるだけ忠実にお願いしますよ。こんな機会二度とないのですから。言葉の抑揚や間違えた箇所、話し方までコピーしてください」
「ひぃ、、!」
花千代が俺の陰に隠れる。
坂本には俺のTシャツや包帯が浮遊して後ろに下がったようにしか見えないだろう。
それでも坂本には警戒されていることが伝わっていた。
「花千代氏、吾輩は決して怪しい者ではありませぬ。ただ少し貴女のような超自然現象や伝説と謳われる生き物が大好きでしてね。愛していると言っても良いくらいです。ユニコーンって知っていますか?あの頭に一本の角が生えている白く美しい馬です。実は太古に存在していたのですよ。エラスモテリウム・シビリカムと言うのですが、これがまた、」
「坂本脱線してるぞ。それと花千代がびびってる。完全に誤解されてるぞ、いや正しい認識か」
坂本が目を見開く。
「一体どこにそんな誤解を生む言動があったのですか?」
「全部だ。最初から最後まで全て、だ。お前は誤解されやすいんだから少しは考えて物を言え」
「私はいつもこうです。天羽氏は普通に接するではありませんか」
「俺はそこそこ付き合い長いからな、それに俺も最初はそれなりに引いてたぞ。俺だって普通の人間だからな、お前のような奴に対するそれ相応の反応だ」
「酷いですぞ天羽氏、、吾輩は好きでこうなっているのに、、」
「んん!?そこは普通『好きでこうなっているのではないのに』じゃないか?」
しかし坂本はきっぱりとこう言った。
「いえ、吾輩は好きでこうなっているのです」