第16話 初めてのお見舞い ( 前・前編 )
吾輩の名前は坂本景。
普通のサラリーマンで趣味はオカルト系全般。仕事と趣味のどちらかを選べと言われたら迷うことなく趣味を選ぶ。それなら仕事をせずに家にいれば良いと思うだろうがそれは違う。限られた時間をいかに充実させるかが大事なのだ。楽しみは長く続くと有り難味が薄れるもの。デザートは食事の最後だから美味しい。吾輩は好きなものを何倍にも楽しみたい。つまりそういうことだ。仕事があるから趣味の時間の楽しみが増える。だから仕事は続ける。
それに仕事は嫌いでは無い。成果が出ればそれなりに嬉しいし、職場では数少ない友人ができた。
吾輩はいつものように友人が勤務しているフロアに入る。
すれ違った他部所の社員が挨拶をしてくれる。今ではすっかりここに慣れてしまっている。普通フロアが違えば挨拶どころか会うことさえほとんどないのだ。顔は狭いより広いにこしたことはない。
ガラス張りの壁越しに友人のデスクを見ると椅子に当人の姿が無い。それどころかフロア内にも見当たらない。
むむ、、、?
吾輩は厳つい顔をして書類に目を通している前田課長に話しかけることにした。
「お忙しそうですね課長」
「そう思うなら巣に帰れ、悪友なら病欠だ」
前田はしっしっと手を振る。
「おや、お休みですか。しかも病欠。取り憑かれて生気でも吸われているんでしょうかね〜」
「、、、悪いが俺はつっこみできんからな。何だか腹を下しているらしいぞ。変なもんでも食ったんだろ。お陰であいつの分もやらにゃならん」
前田は書類片手にガチャガチャとキーボードを打つ。
「真面目に言ったんですがねぇ、ぬふふ。
天羽氏がいないとなると時間が潰せませんねぇ」
「よく俺の前で言えるな、、。いいからお前は巣に帰れ。安川課長がまた泣くぞ」
安川課長とは吾輩の上司である。腰の低い気弱な男だ。
「男泣かせとは吾輩もなかなかやりますな、ぬふふ」
「弱って泣いてるんだ、馬鹿者。定時にあがれるなら天羽のとこ見舞いに行ってやれ。俺が行ければ良いんだがな遅くなりそうだ。彼女もいないんじゃ一人で苦しんでるんだろう、孤独死されても困るからな。悪いが様子見に行ってやってくれ」
前田は財布を取り出し千円札を吾輩に押し付ける。
「、、吾輩万札が欲しいです」
「馬鹿か!お前にやるんじゃない、天羽の見舞い代金だ。それで好きな物でも買って行け。ったく、安川課長の心労の殆どはお前なんじゃないか?」
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コンビニで買った見舞いの品をぶら下げ天羽宅へ向かう。ここからなら数分だ。
「繋がりませんねぇ、、、」
時間をおいて電話をかけているが全く繋がらない。使い物にならない携帯を懐にしまうと腕にかけた数珠がじゃらりと鳴る。数珠はこれだけではない。首や足にも巻いてある。他にも有難いお札をありったけ貼り付けてきた。さながら封印されそうな魔物状態である。
、、もし天羽氏が取り憑かれているとしたらどうにかしないといけませんからね。吾輩だったら大歓迎なのですが、ぬふふ。
「しかし、とうとう会えるのですね、、。吾輩感激の極み、、我が人生に悔いなし、、」
目頭に熱い物が滲む。
いくらオカルトが好きでも誰かが伝えたものを知るだけに止まる。つまり、実際には知らないのだ。それはいるのかいないのか分からない神を信じるようなもの。
何故だが神を崇拝する人は大勢いるのですがね、、。
神は信じて宇宙人や幽霊や妖怪のだ類は信じない。神とその他の違いははっきりしている。自分に利益があるかどうかだ。
「世知辛い世の中ですねぇ、、」
「ちょっと、よろしいですか」
考え事をしていると後ろから固い声をかけられる。振り向くと警察官が二人険しい顔で坂本を見ていた。
「いや〜、お疲れ様です。免許証はこれです」
慣れた様子で職務質問に応じる坂本に二人の警察官は目を見合わせた。