第13話 花千代
「それで、さっきは何であんなに急いで出て行こうとしたんだ?」
昨日会った時は人と話したいとか言ってた。今のとこ俺しか相手がいないわけだから出て行けばまた1人だ。
幽霊少女は顔を曇らせうつむいた。
「迷惑かなって、、、。私おばけだし、、、幽霊だし、。怖いじゃないですか、おばけって。、、、私だっておばけ怖いし、、。もし、会ったら次は会いたくないって思うじゃないですか、、やだなって、怖いって普通思います。だから、、」
だから礼だけ言って出て行こうとしてたのか、、。
俺に出て行けって言われる前に、、自分から、、。
「、、、俺もびびったもんな。ごめん」
「違うんです!謝らないでください。天羽さんにはすごく感謝しているんです。本当に嬉しかったんです。
私おばけになって誰かと話すの初めてで、天羽さんに会うまでずっと1人でした。私から他の人は見えるけど周りの人は私が見えない、、、沢山の人に声をかけてみたけど誰も気づいてくれなくて、何だか私だけ違う空間に閉じ込められたみたいで、、、、。だから天羽さんが気づいてくれた時私はまだいるんだって、1人じゃないんだって思ったんです、、なんか意味分かんないですけど、、。この世界にまだいるんだって思えたことが嬉しかった」
幽霊少女は切なそうに微笑んだ。
「、、、だから、天羽さんには迷惑かけたくないんです。世界で唯一私がここにいることを分かってくれる人に、、助けてくれた人に、、嫌われたくなくて、、いえ、、私が嫌われたと思いたくなかったんです」
幽霊少女はばっと顔を上げた。
「天羽さんっ!」
「は、はひ、、」
突然名前を呼ばれて変な声を出してしまった。恥ずかしい。
しかし幽霊少女は気づいていないようで話を続けた。
「私頑張りますっ!天羽さんに恩返しできるように、馬車馬のごとく働きますっ!私に出来ることなら何でもやります、でも、、もし、、もし嫌になったら言ってください、直ぐに出て行きます、、」
最後の方はしゅんと力が無かった。俺は小さく息を吐く。
「大人は子供を保護する義務がある」
「ふぇ、、、?」
俺の言葉に幽霊少女の頭の上に?(はてな)が浮かぶ。
「ほら、君は多分成人してないだろ?制服みたいなの着てたし、外見もかなり若いし。未成年が夜中外でぶらぶらしてるもんじゃない。、、、まぁ君の場合は危ないことはないんだろうけど、、とにかく、行くところも知り合いもいない子供を見捨てることは出来ないしな、、まぁ、、、保護者的な感じだ。さっきは家の掃除とかで雇うと言ったけどそんなの毎日なんてしなくていいし、気づいたらでいいんだ。俺もするし。自分の家だと思ってくれてかまわないから」
という俺も幽霊少女とはそんなに年は離れていないようなもんだが。彼女は多分高校生くらいだろう。
「それって、天羽さんが私のお父さんになるってことですか?」
幽霊少女がきょとんと首をかしげる。
俺はぎょっとする。
「違う違う!何を言い出す!俺にそんな趣味は無いっ!」
俺は勢い良く否定する。
そりゃそうだ、これじゃ俺が変態みたいじゃないか。学生に自分をパパと呼ばせて金をやる、こんな話最近テレビでやってた。
「それに年だって離れてても五つくらいだろ!?”お父さん”ではないだろ!?せめて”お兄さん”だろ!?」
「じゃあ”お兄さん”」
「あ、違う!呼ばなくていいから!そういう呼び方はいいから!普通に呼んでくれ」
「はい、天羽さん」
幽霊少女はにこりと笑った。
、、、なんだろう、、どっと疲れた。
ここで俺はあることに気がつく。
「そういや、君のことは何て呼べば良い、、?」
記憶喪失で名前を覚えていない。しかし、同じ家にいる以上名前が無いと色々と不便だ。
幽霊少女はうーんと考える。
「そうですね、、”あああああ”とか、、、」
「それゲームでよく使うやつだろ、早くやりたいけど名前決めるの面倒でとりあえず入れちゃうやつ」
「、、花子、とか」
「トイレの花子さん、とかまじシャレにならないから、君の場合」
「たま、とか」
「猫か」
それに女の子を”たま”とか呼ぶのはどうかと思う。よく略して”たまちゃん”とか呼んでいる女子がいるが男子はそれを落ち着きなく聞いている。ここだけの話。
「ムム、困りました、、」
幽霊少女はうーん、うーんと唸っている。
ボキャブラリー少なすぎだろ、、、。
という俺も名前なんてぱっと浮かばないが。ゲームでは漫画やアニメの主人公の名前を拝借していたりする。俺も似たようなものか。
「幽霊だから幽子とかどうでしょうか?霊子とか、、?」
「君がそう呼ばれたいなら良いけど」
「、、、嫌です」
「じゃあ言うなよ、、、」
幽霊少女はむくっと膨れる。
「じゃあ天羽さんがつけてくださいよ、さっきからダメ出しばっかりです」
「えぇっ!?」
なんで俺が、、、。
「ちなみにありきたりな名前は嫌です。それと出来たら可愛い名前がいいです」
幽霊少女はぷくっと頰を膨らませてそんなことを言ってきた。
「おいおい、、、。俺にそんな可愛いものとか求めるなよ、、。
、、、じゃあ、、、キャラメル」
「、、た、、確かに可愛いような響きですが、、なんだか違います!」
「ぷ、、プリン?」
「それも、何か違います。ていうかなんで甘い食べ物ばかりなんですか?」
「、、、女の子好きでしょ、甘いお菓子」
「好き、、ですけど、、名前にはしませんよっ!何だか食いしん坊みたいじゃないですか」
さっきキャラメルと言った時、ちょっと良いなって思ったくせに、、、。
「そう言われてもな、、」
人の名前なんて考えたこともない。子供がいるわけでも、結婚しているわけでもないし。
幽霊少女は何故だか期待している目を俺に向けているし、、。
俺は目を瞑って考える。人に見られるのは落ち着かない。
名前、、、名前、、、。
駄目だ、何も思いつかん、、、。
適当に言って気に入ったのにしてもらうか、、、。
『真斗ちゃんの名前どういう意味か分かるかい?”真実を見定める”という意味だよ。真斗ちゃんが道に迷わないように、しっかりお家に帰れるようにってお父さんとお母さんがつけてくれたんだよ。大切にね』
随分前に亡くなった婆ちゃんのことをふと思い出した。
婆ちゃんはそう言って俺の頭を優しく撫でてくれた。
「、、、、千代」
「ちよ、、、?」
「ん、、あぁ、、そういえば婆ちゃんの名前が千代って言ってさ、婆ちゃんがいつも言ってたんだ名前は大事にしろって。久しぶりに思い出したよ」
「素敵なおばあちゃんですね」
「あぁ、俺が小学校の時に亡くなったんだけどな。婆ちゃん5人子供いたんだけど末の女の子が早くに亡くなってさ、俺がその子によく似てるってよく頭撫でられたんだ。花代ちゃんとかって言ってたかな、、。婆ちゃんには色々教えてもらったよ。人として基本的なこと、多分婆ちゃんいなかったら俺は俺じゃなかっただろうな」
悪さして尻叩かれたり家を追い出されたり色々あった。俺が泣いて謝ると優しく抱きしめてくれた。
「私決めました」
幽霊少女がいきなり立ち上がる。
「何を?」
「名前です。私おばあちゃんと娘さんから頂きます。”花千代”と。頂いて良いですか?」
幽霊少女の目はいやに真剣だ。さっきまでの目とは違う。俺は少々あっけにとられる。
「別に構わないけど、、」
「大切にします。自分の名前。それで私がいつか天国に行けたら花代ちゃんに会ってこの世界のこと沢山話してあげたいです。おばあちゃんにも天羽さんにお世話になったこと、お礼を言いたいです。私の名前は天羽さんへの感謝の気持ちを忘れない名前。それがいいです」
幽霊少女改め花千代は満足そうに笑った。