第11話 鶴と俺
「こ、これは、、、、いったい、、」
部屋が綺麗になっていた。多分今までで最高に。
脱ぎ散らかしていた服や読んでそのままだった本は片付けられ、床や壁は磨いたように輝いていた。チリひとつないとはこのことだ。
俺は呆然と自分の部屋を見る。
「ご、ごめんなさい、、やっぱり、だめでしたよね、、、勝手にこんなことして、、。助けてもらった恩返しというか、一食一飯の恩というか、、、何か返したくて、、、」
「あ、いや、、別に」
「で、でも私あげられる物何も持っていないし、、、せめてもと思って、、触っちゃいけない物とかありました、、?それとも決まった場所とか、、、」
少女はわたわたと話す。
「だからいいよ、大丈夫。というか、ありがとう。最近掃除とか全然してなかったからそろそろしないといけないなとは思ってたんだ。それに俺が掃除したところでここまで綺麗にならないし」
そう言うと少女はほっとしたような表情をする。
「とりあえず座って。俺も着替えてくるから」
寝室へ行きスウェットに着替える。どうやらここも軽く掃除してくれたようだ。
「、、あ」
昨日汚したスーツの泥が落とされていた。
「なんだか鶴を助けた爺さんの気分だな、、。お、そうだ坂本に連絡しなきゃな」
鞄の中から携帯を取り出し坂本にメールを入れる。坂本はアプリを使わないため連絡は電話かメールだ。
『家にいたよ。なんか掃除してくれてた』
とりあえずこれで大丈夫だと伝わるだろう。坂本のことだ、連絡しなければ本気で葬儀屋を呼びかねない。まぁ、半分は面白がっているんだろうけど。
すると携帯のバイブが鳴った。メールだ。
差出人の欄に”坂本”とある。
早い。多分俺から連絡が来るのを待っていたのだろう。メールを開くと文字で画面が埋まっていた。こんな短時間でどうやって打ち込んだのか大に疑問だ。
『まるで喧嘩して出て行った彼女が家にいたような内容ですねぇ。ぐふふーーーーーー』
、、、、。
俺は一行目だけ読んで読むのをやめた。
坂本のやつは完全に面白がっている。
人の気も知らないで、くそ、、、。
いや、坂本が俺の立場だったら大喜びするだけか、、、。
ため息を一つ吐き携帯をスウェットのポケットに仕舞う。メールの続きは後で読むことにしよう。
リビングに行くと幽霊少女がフローリングの上にちょんと座っていた。
改めて見ると今朝見た時より大分様子が変わっていた。
身体中にこびり付いていた血は見当たらず、顔や体の打撲の跡も薄くなっている。髪や体も整えられ清潔感が漂っている。
ただ一つ変わらないのは俺が巻いた包帯だ。服の上から巻いたものはさすがにとってあったが他はほとんどそのままになっていた。
俺が戻ってきたのを見ると幽霊少女は深々と頭を下げた。
「この度は本当にありがとうございました」
俺はぎょっとする。幽霊といえども人に頭を下げられるのは苦手だ。しかも相手が明らかに年下の女の子となれば罪悪感もプラスされる。例え礼を述べられているだけだとしてもなんだか慣れないのだ。
俺は慌てて頭を上げるように言う。
「気にしなくていいから。それに、そんなとこ座ってないで座布団使って」
「でも、まだお礼言い足りないです。沢山ありがとうって言っても全然足りないけど、もう少し、、」
「〜〜っ、じゃあ俺のために頭を上げてくれ!こう丁寧に頭を下げられるのは柄じゃないんだ。それに自分より年下の子にこんなことずっとさせとくのも気がひけるし、普通に座って話してもらった方が有り難い。君の気持ちはもう分かったから」
幽霊少女はまだ少し納得がいかないようだったが「分かりました」と言って大人しく座布団の上に座った。俺は机を挟んで幽霊少女の向かいに座る。
「、、、、、、、、、」
「、、、、、、、、、」
何を話すか全く考えていなかった。
とりあえず自己紹介、、、か?
「、、俺は天羽真斗。君は?」
すると幽霊少女は戸惑ったような顔をする。
「あの、私自分の名前が分からないんです。名前以外も何も覚えていなくて、、」
今度は俺が戸惑う番だった。
何も覚えてないって、、記憶喪失ってことか!?
いや、でも記憶喪失ってことで俺が困ることは何も無いのだが、、。
少々の動揺をしながらも会話を続ける。
「記憶が無いって、、それは、、えーと、生きてる時の記憶が全部無いってことか、、?」
「、、そうだと思います。気がついたら道を彷徨っていました。私が覚えているのはそこから天羽さんに会うまでの記憶だけです。他のことは何も、、ごめんなさい」
どうやら謝るのが癖らしい。
「、、それで、あの、天羽さんは霊媒師さんとかお坊さんとかなんですか?それともご家族がそういった力を持っていたりとかするんですか?」
こりゃ、完全に勘違いをしているようだ。
「違うよ。俺はただの凡人。最初に会った時超ビビってただろ、俺。今まで幽霊が見えたり話せたりしたことは無いし、家族がそういう力を持っているわけでも無い。だけど、、」
何故なんだか、、
「君のことは見えるし、触れる、、、俺も驚いてるんだ。こんなの初めてだからな。もしかしたら今も夢を見ているんじゃないかって思っているくらいだ」
「そうなんですか、、。私てっきり天羽さんはこういうのに慣れている方なんだと思っていました。助けてくれて手当てまでしてくれたから」
幽霊少女は少し嬉しそうに手に巻かれた包帯を撫でた。
「私が止血しようと思っても止まらなかったんです。死んじゃってるし、血を止めたところで何が変わるわけでもないんですけど何か大事な物も流れちゃう気がして」
「、、、、」
「それが何かも分からないんですけどね」
幽霊少女は笑った。
少女の中では上手く笑えているつもりなのだろうが無理をしているのはみえみえだ。
「成仏、、できないのか?」
「私も行けるならもう行った方が良いと思うんですけど、行き方も分からなくて、、成仏したいんですけど。馬鹿ですよね、死んだのにあっちへも行けなくて、行き方忘れちゃうなんて。自分でも情けないです」
幽霊少女はまたへらっと笑った。
ーーーーだからなんで笑う。