第10話 死者と生者の狭間
「天羽氏!是非、是非!我輩を紹介してください。後生です」
坂本にがしっと両手を掴まれる。凄い剣幕だ。
「紹介も何も、、俺の家に住むわけでもないし、、」
「じゃあ我輩の家に、、!」
「猫でもあるまいしそんなほいほい行くか。それに今回は他にどうしようもなかったから連れ帰っただけで、あの子の承諾もなにもないんだ。意識も無かったしな。今頃はもう家にいないかもな」
「我輩の夢が、、、」
坂本はしくしく泣き出した。
今日出勤すると坂本が俺のデスクの前でそわそわとしていた。他の同僚が何事かとちらちら見ている。
坂本いわく気になってあれから眠れなかったらしい。説明しているうちに坂本の鼻息はどんどん荒くなり終いには肩で息をするほど興奮していた。
「しかし、天羽氏はよくそこで連れて介抱しようと思いましたね、これ幸いと置き去りにして逃げるのが普通かと。まぁ、我輩も連れ帰りますが、ぬふふ」
「お前と一緒にするな、それにその言い方だと色々とまずく聞こえるからやめろ。
俺だって最初は逃げる一択だったよ、勿論。それ以外無いだろ普通。ただ、、、」
俺は言いかけて言葉につまる。なんと言えばいいのだろうかーー。
「ただ、なんです?」
「急かすなよ、、ただ、なんてゆうか、あいつは幽霊というより人間に近い、、というか、接していると生きていると勘違いしまてしまいそうになるんだ」
「死者と生者を勘違い、ですか。それはまた可笑しな話ですねねぇ、、。まぁ、我輩はそのような羨ましい体験をしたことが無いわけですから案外そういうものかもしれませんが、、、」
坂本が手を顎に当てふむと考え込む。
「生きているような死者、、、ですか、実に興味深い。我輩の知り合いにも話して良いでしょうか、何か分かるかもしれません。勿論”仮定”として説明させていただきますが。我輩のような物好きですからね、これが現実だと知ったら何をするか分かりませんから、むふふ」
類は友を呼ぶだな。
坂本を見る目が自然とジトっとしたものになる。
「冗談はさておき、帰宅時は本当に一人で大丈夫ですか?目が覚めたら豹変、ということも大いにありますが」
「羨ましいそうに言うな、ニヤついてんだよ。その時はその時だよ。逃げるしかないだろ、それにお前がいたとこで被害者が増えるだけだ」
「本望ですが、ぬふふ」
「面倒くさい奴だな本当、、、。とにかく心配しなくても大丈夫だよ。無事でもヤバくても連絡するから」
「分かりました。天羽氏から連絡が無かったら我輩は葬儀屋に連絡を入れましょう」
「、、、やめろ」
その後いつものように前田課長がタイミングよく現れ坂本は追い払われた。
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「、、、いる」
仕事を終え、アパートの前まで来て足を止める。二階の自宅から明かりが漏れていた。偶に母や姉がいきなり来訪してくることはあるが勝手に上がり込んでいることは無い。他に合鍵を持っている者もいない。
「やっぱり、夢じゃないんだよな、、」
なんとなくまだ夢じゃないかと思っていた。
昨日疲れていたし、、。
俺は意を決して自宅の鍵を開ける。今まで自分の部屋に入るのにここまで気が進まないことは無かった。
ガチャリと鍵が開く音がする。ドアを開けると部屋の明かりが漏れてくる。
「、、、、いる、、、か?」
半分だけドアを開け中の様子を伺う。
するとぱたぱたと誰かが駆け寄ってくる。
「あ、あの、、お帰りなさい!天羽さん」
少女は微笑む。
「すみません、服勝手に借りちゃったんですけど、、」
少女はパーカーとズボンを着ていた。どちらも相当ぶかぶかでズボンの裾は何回か折り返してあった。裸足の足や袖から出ている手は透き通っている。
、、やっぱり幽霊、、、だよな。