4 ハンナは泣かない
少しだけ残酷な表現はありますが、少しだけです。
妾は蒼を傷つけてしまったのか?
汚い手なんて言うつもりはなかった。
あんな手になるまで、毎日毎日鍬を握ってるのに我慢するじゃと……
なぜ我慢する! 国の民衆もそうじゃ。文句を言ったり嘆いたりするしか出来ない。
なら強くなれと、そう教わってきたのじゃ!
強くなれば自由だと! 強くなれば偉いんだと!
なら簡単じゃないか。出来ないのなら諦めればいいのじゃ!
結局この世界でもそうじゃ! 強くないから蒼はあんな顔をするんじゃろ?
なら悪いのは蒼じゃ、答えは簡単じゃ。
妾は悪くない!
なのに妾はなぜイライラするのじゃ。
畑につくと男達が騒いでおる。
こやつらのせいでこんな気分になるのじゃ!
「おい、女がおるぞ!」
「ほんとだ!可愛え~」
「ギャハハハハ、攫っちまう?」
「バカ、ここでしたらいいだろ」
「ギャハハハハハ」
下品な会話をしてるのぉ~、まるで知性を感じん。
こんな奴に何をビビっておる、数を揃えなくては虚勢も張れぬ下種が。
妾を凌辱するつもりだと…… なるほど、ゴブリン並みの屑という訳か。
屑は屑らしく掃除をしなくてはのぉ……
「汝らはもぉしゃべるな。今から死ぬのじゃ、最後に祈りをする時間をやろう」
「バカかこいつ、顔はいいけど頭おかしい女か?」
男の声に笑い声が続く。
「ふむ、祈りは、いらんという訳じゃな」
「おい!もうこいつここで犯っちまおうぜ」
「汝らに終わりなき苦痛を与える地獄の門よ、ハンナ・ヴァンデェルの名の元にここに開けよ」
『ヘルゲー…… 』
「ハンナー! 大丈夫?」
「ビックリして、最後まで言えなかったじゃないか、何しに来た?」
「わ、私の畑よ! ハンナには関係ない! 下がってて!」
何を言っておる、蒼の奴は。
そんな震える手で、しっかり鍬が握れてないぞ、よく見れば足も震えておる。
なんか興醒めじゃ。
ふむ蒼の顔見たらイライラも消えた。
妾の魔法に男達も、本能的に恐怖を感じたのか?
「興醒めじゃ、見逃してやる、今すぐ去れ」
「ちょ! ハンナ!」
「蒼、行くぞ」
む?なんであいつらは帰らないのじゃ?
「お、おい今の何だった?」
「さぁ、気のせいじゃないか」
「お前ビビったのか?」
「まさか! 女が2人になってむしろ好都合だ」
は?なんじゃこいつらは?せっかく命拾いしたのじゃぞ。
蒼も蒼もじゃ、こやつも妾の後ろに下がっておれ、弱いくせに。
震えて、立っておるのも限界じゃろう……
ふう~馬鹿な奴らじゃ、男の足の前に線を風の魔法で引く。
「その線じゃ、その線を越えた者の脚を切り落とす、命を捨てる覚悟で足を踏み出せ」
「お、おい、なにいってるんだ?あいつは」
「さぁ~頭イカレタ女の言葉なんて真に受けるなよ」
「でもさっき」
「なんだこいつ、びびってるぞ」
「ハ、ハンナ! 逃げよぉ…… 」
何を蒼はビビっておる。
男達はどうするのかのぉ…… まぁどっちでもいいのじゃが。
「ビビってんじゃねえぞ! 朝まで犯すぞ」
リーダーらしき男が線を踏み越えた、その途端男の脚は宙を舞う。
「うむ、なるほど。部下の前で醜態は晒せぬという訳か」
「ギャアアアアアーあしがぁ&$&'%#%&'%」
「むぅ? 醜態をさらしておる、誇りをかけた一歩ではなかったのか…… 」
「お、おまえひゃ、お、おえのあひ…… たひゅへろ」
「ば、化け物だ、逃げろー!」
「仲間を置いて逃げるか、もう遅い始まってしまったのじゃ、皆殺しじゃ」
『アースハンド』
地面から伸びた無数の腕が男たちの脚を砕く。こだまするのは男の悲鳴。
「うるさいのぉ」
『サイレント』
「ふむ、後は一思いに殺すだけじゃ」
「は、ハンナ?」
「むぅ? なんじゃ真っ青な顔して」
「何したの?」
「魔法じゃ」
「ちが、あれ治るの?」
「む、すまぬ知り合いがおったのか? 妾の早とちりか?」
「いないけど! 治るの!」
「むぅ?いないのか、なら安心せい、今片付ける」
「治せるか聞いてるの!」
「何を言っておるのじゃ、治せるけど奴らは、妾達を凌辱しようとしてたのじゃぞ? それが無くとも蒼も困っておったじゃろ」
「そうだけど、治せるなら治して! 今すぐに!」
「むぅ、妾は警告もした。覚悟を持って命を懸けたのじゃ」
「そんな覚悟、あんな奴らにあるわけないでしょ!」
むぅ、何を言っておるのじゃ。よく分からん……
まぁよい。
「お前達、今から治してやる、誰か奴の脚を持っているのじゃ、急げよ」
ふむ、恐怖で動けぬか、でも妾はあんな物持ちたくない。困ったのぉ…… 脅すか。
「お前、今すぐ奴の脚を持て、さもなければ首を飛ばすぞ、妾も死を生に戻す事は出来ぬぞ」
うむ、ようやく持って来たか。何を震えておる。
自分らが覚悟を持って起こした行動の結果じゃろ。下らぬ。
『ヒールサークル』
うむ、切り離した脚も繋がったのぉ。
他の奴らも概ね治ったじゃろ。
ついでに記憶の改竄もしておくかのぉ。逆恨みは怖いしのぉ。
まぁ、こんな奴ら束になっても妾には傷つけれぬが、蒼もおるしのぉ。
『メモリークラッシュ&マニピュレイト』
帰って行ったか。これで良し。
これで記憶は壊したし、街まで帰るように命令したから大丈夫じゃろ。
ただしこの山に近づけば恐怖がよみがえるじゃろ。
もう2度とここへは来れぬだろう。
「何したの今?」
「蒼が言った通り、治して帰したのじゃ。あとは記憶を壊して街に帰した」
「そーなんだ、怪我は無い?」
「あるわけないじゃろ、それより蒼は何しに来たのじゃ? 自分で家におると言っておったじゃろ」
「そうね…… 」
「結局来ても、何にも役に立たなかった訳じゃ。むしろ弱いのなら邪魔になるだけじゃ」
「ごめん…… 」
「ほんとじゃ、妾は強いのだから邪魔を―」
パシッ
なんじゃ?頬が熱い、叩かれたのか?
「よ、弱かったら受け入れなきゃいけないの?」
「何を言っておる」
「弱かったら悔しく思ったらダメなの!」
何を怒ってるのじゃ?まぁしかし
パァン
「やられっぱなしは性に合わん、これでお相子じゃ、飯に戻るぞ」
むぅ?泣いておるのか、そんなに強く叩いてないぞ?
「すまん、痛かったか?」
蒼の肩に手をやる。その手は振り払われる。
「触んないでよ! 汚いんでしょ!」
「何を言っておる…… 」
「ハンナなんかさっきのあいつらと変わらないわよ!」
「だからさっきから何を言っておる…… 」
「弱くて悪かったわね! 好きで弱いわけじゃないのに…… あんたなんか大っ嫌い!」
「何を言っておるのじゃ…… ほんとに分からぬ、教えてくれ蒼」
「勝手にしてよ!」
「蒼…… 」
なんでじゃ?なんで蒼は泣いておったのじゃ?
なんで妾を置いて走って家に戻ってしまったのじゃ……
妾は強くなって国を守れと、民を豊かにするため隣国から全てを奪えと、それしか教えてもらっておらぬ。
言われた通りにしたのじゃ。蒼の領地を守ったではないか……
何も間違ってない、妾は強い。
蒼は弱いから泣いておったのじゃ……
それでも弱いくせに、震えながらも、妾を守ろうとしてたのか?
なぜじゃ、分からぬ。妾は強いはずじゃ……
なのに妾の目からは涙が出ておる。
父上は言っておった。泣くのは弱い奴がする事だ。
妾は歴代最強じゃ! 龍殺しじゃぞ、なのになぜ涙は止まらぬ。
なぜ涙が出るんだ、以前は母上が死んだからじゃ。それは分かる。
では今回は何でじゃ?
頬を叩かれて痛いからか……
大っ嫌いと言われたからか……
それとも、蒼にあんな顔をさせてしまったからか……
分からぬ、分からないことだらけじゃ。
足元に目をやる。
蒼が耕してた畑…… ゴミだらけじゃ。
今朝はゴミが無かったのぉ……
昨日は大雨だっらから。
ではそうじゃなかった日はどうだったのじゃ?
どんな気分であの暗い部屋で一人我慢して、夜眠り、朝を迎えたのじゃ?
分からん…… 妾なら殲滅して終わりじゃ。
家には戻れぬし、ゴミを処理するか……
魔力が乱れる…… 空間魔法が使えぬ。
妾は弱いのか? まぁよい。
手で拾うかのぉ。ライトボールくらいなら使えるか。
魔力がうまく練れぬ。
蒼と出会ったとき、あんな真っ暗の場所で掃除をしていたのぉ。
怖くなかったのか?弱いくせに。強さとは一体何なのじゃ。
ふむ、手で拾うのにはなかなか大変じゃ。
でもゴミがあれば、明日蒼が見たら悲しくなるじゃろ。
ゴミが無ければうれしくなるかのぉ、妾の事見たら…… 悲しくなるのかのぉ。
何をぐじぐじ悩んでおる。今は拾うのじゃ。
中々綺麗になったぞ、あと少しじゃ。
うむ、綺麗になった。
蒼の奴大切な鍬忘れておるのぉ。
むぅ、中々重い。こんな思いで耕していたのか。
妾は魔法で一瞬でやってしまった。どんな気持ちで横にいたのじゃろ……
こんな苦労して耕した畑の、枯れた野菜を見たときは、妾は何度もあきらめずにいられるのか。
痛!少ししかしてないのに、もう手に豆が出来たのか。
情けない。
おかしくなったのは、妾が蒼の手を汚いと言い放ったからか。
そもそも蒼は臭くもないのに、やたら気にしておる。
妾は言ってしまったのか。でも、あんな手になるほど頑張った畑じゃないのか。
あの手は誇りじゃろ。
妾は蒼に、この畑は大切だと思ってほしかったのか?
何にもわからん! なぜ爺はおらぬ! この大事な時に!
む、誰かおる、蒼なのか?怖くて声もかけられぬ。
妾のところに来てくれたのか?
「ハンナ…… ごめんなさい。せっかく助けてくれたのにひどい事を言って」
「蒼、その、話しをきい」
「あの!おむすび、ここに置いていくから、その、布団も用意しておいたから」
「いらぬ!」
「あ、そか、でも手は洗ってから作ったよ? でも、汚いよね、ごめんね」
蒼が行ってしまう。すごく泣いてた顔をしてた。
このまま行かれたらもう二度と戻れない気がするのじゃ。
急いで蒼の手を持つ、違うのじゃ。
蒼の手は震えておる。
料理が上手なはずなのに、おむすびとやらも形が歪じゃ。
蒼は勇気を出したのに妾は怖いままじゃ。
言葉が出てこない。蒼に誤解されたままなのが怖い。
いや誤解じゃない、妾自身が蒼を傷つけたのじゃ。
頑張ろうとしたのに、役立たずじゃったといった。
弱いから我慢しろと、戦えないなら震えていろと。
蒼を泣かしたのは奴らではない、分かっておる、だけどそれを認めるのが怖い。
妾は分からない。強いのか弱いのか。
強くないなら妾はどうしたらいいのじゃ。
何も無い。
「違う! 手が汚いなんてことはない! この手は誇りじゃ。ご飯は一人で食べても不味いと言っておる、一緒に食べてくれ! 一緒に」
それしか言えぬ。声が続かぬ。