断罪の鎌
ハルから遠い地に居た盗賊たちは、突然現れた相手に驚きを隠せないでいた。
それはまだ、大人が残っていた事に対してではなく、未知の生き物を発見してしまったからではないだろうか。
ウリエルは先ほどの戦場と違い、完全に姿を彼の前に見せたのだ。
地球で彼の見れば、神々しい羽根を持つ生き物=天使をいう言葉が思い浮かぶであろう。だが、彼らの表情から感じる感情は恐れであり、本当に知識の中にない相手に出会った状態。元の世界の人間が、宇宙人を見れば同じ状況に陥るのではないだろうか?
それゆえに盗賊たちから発せられる言葉には、恐怖が混じりながらも相手との力の差を理解していない遠慮のないものになる。
「てめぇ、どこに隠れてやがった! 一体なにもんなんだ!」
頭と見られる男は自身が代表者だと言わんばかりに勢いを言葉に乗せる。
だが、その質問に応える様子は相手にない。
人間を見下している感があるウリエルにとってみれば、返答の価値もないと判断しているのかもしれない。
「こたえねぇのかぁ! それじゃあ……この村の奴らと同じ腐肉になるがいいさぁぁぁ!!!」
自身の暴力に敵はいないと勘違いした男は、持っていた手斧で攻撃を仕掛けるために大きく振りかぶる。
とても届く距離ではない。
直接狙うとすれば交差点を渡るほどの距離を縮める事の方が先のはずである。
となれば、戦いに関して知識のないハルでも、それが武器を投擲するための行為だと認識する。
選択としては間違ってはいない。
未知の相手に不用意に近づかずに、距離を取ったままで攻撃するのは当然のやり方だ。
ただそれは目の前に立っている相手が、自身の常識範囲内だったらの話である。
天使は避ける仕草も見せない。
その姿を見て、盗賊はどう思っただろうか?
「なんだ、雑魚じゃないか」「見せかけだけか」「警戒しすぎたか?」そんなところだろう。
しかし次の瞬間、攻撃を仕掛けた方が顔色を自分達の手で下した村人のような色へと変化する。
投擲された手斧は見事にウリエルの体に”吸い込まれていた”。
言葉通りに掃除機に吸い込まれるように消えてしまったのだ。
流石に状況が自分達の手に余ると理解したのだろう。そう、人間などが敵うわけがない相手だと。
頭目は退却するべきか全員で襲い掛かるべきか迷いを見せる。
ただ決定を下す時間は彼にはなかった。
それは一瞬――
ウリエルは腕を水平に振るっただけ。
果たして盗賊達は自分達の最後を認識できたのだろうか。
大きな果物が大地に叩きつけられる様な音がいくつか響いた後に、大地に赤い噴水が撒き散らされて、その排水口となった元も次々と大地に倒れる音を残した。
自身の仕事を確認する事もなく、天使は何事もなかったかのようにハルの隣に転移。
村には悪臭の元にしかならない肉の塊と、何が起こったかわからないままの子供達だけが残された。
「ハル様の命令通りに子供を助けて参りましたよ」
やはり口調に感情は込められていない。
元の上司である神が感情を持っていたような話をしていたのに、天使であるウリエルには感情がないのであろうか。それでは単なる人形のようではないか。もしかすると人間などアリやハエなど、人間で言う虫けら程度に考えている可能性の方が高いのかもしれない。そう考えると理屈は通る。
「今回も何か悩まれているのですか?」
「いえ、大丈夫です……」
前回とは違う。
奴らは一方的な暴力を押し付ける相手だったのだ。
もちろん、話を聞いたわけでもないし、状況を全て見ていたわけでもない。
しかし、村人を殺したという結果は残っている。
前回と違って子供を助けたという事実が、多少なりともハルの心を軽くしてくれていた。
それにウリエルへ問答無用で攻撃を加えた事からも、村人に何をしたかという予測出来る。
もう少し遅れていれば、子供にも犠牲出るか、連れ去られていた事を考えれば、ハルが心に持つ正義は多少なりとも果たせたと思っている。いや、そう思う事にした。
ただ……
「あの子供達はどうなるのですか?」
「運が良ければ村を立て直すのではないでしょうか?」
天使の不安な返答に再度、意識を村へと飛ばす。
戦いや盗賊の騒ぎ声も聞こえなくなった事で、隠れていたと思われる子供達が村の中心へと集まりだしていた。
人数は11人、年長の者で10~12歳と言ったところだろうか。
小さな子供達が親の変わり果てた姿に泣きじゃくる中で、一番大きな少女が必死に涙を堪えて統率しようとしているに見えた。
状況から考えれば、彼女とて転がる遺体の中に親族がいるであろう。それでも自身が他の子供の見本になる為に頑張っているのではないか。その証拠に少女の腕は小刻みに震えている事を、神の器がハルに伝えてくる。
一瞬。
一瞬だけ、その少女が過去の自分に重なり合った気がした。
ハルは思い出す。ウリエルの「貴方の赴くがままに世界に関わり下さい」と言っていた言葉を。
そして……この世界の神として最初の仕事を己に与えたのだった。