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天の光

 この世界の新たなる神となったハル。

 その願いを受けたウリエルは抵抗を見せずに浮遊島から争いの地へと消える。

 恐らくは瞬間移動か何かなのだろう。

 ただ残念ながら、今の自分にはその方法を使用する事も理解することも出来ない。遠くの地までも見渡せる身体能力に頼り、あの天使の結果を待つだけの身である。

 しかし、どうしても胸に何かが引っ掛かるような感覚が何なのか答えが出ないまま時間は流れる。


 争いの地の空に静止する羽を持つ者の姿は、元の世界の神話で語られる大天使そのもの。現在、神の身になったハルですらも見とれる美しさ。

 戦いに夢中で空を見上げる余裕のない彼らでも、もしかすると視線を上へと移し、その姿を確認するだけで争いは終わるのではないかと思うほどに。


 ただ当然ながら1人として視線を敵から外す者はいない。

 戦場で敵から目を離すという事は命を縮める行為に他ならない。命を捨ててまで何もない筈の空を望む者など愚か者だけである。


 そして小さなプライドの為の争いを止めるべくウリエルが動く。

 彼は地上の下りるわけでもなく、その場で両腕を頭上へと掲げる。

 誘われるようにウリエルへと集まりだす光の粒。まるで甘い水に誘われたホタルのように。


 ハルの心が騒ぐ。

 何かは理解出来なくても、自然世界にあるべき力ではないと。人が扱えない力があそこにあるのだと。何故、ウリエルがそんなモノを生み出そうとしているのかと。自分は選択を誤ったのではないかと――



 光の集合体は前触れもなく大地へと落された。


 戦場にいる者達も、二つ目の太陽の登場に気づいたかのように顎が持ち上がる。

 同時に自身達の行動が既に何の意味もなかった事を理解しただろう。


 次の瞬間――人々と大地が悲鳴を上げた。


 いや、正確にはどちらの悲鳴だったかは判断できなかった。

 神の器による身体能力が一つの爆音を耳にとらえただけだった。

 ただ、ハルの心に色々な音が混じって聞こえたのだ。


「あ、あああ、私は……なんていう願いを口にしてしまったの……!」


 耳に届く音は一瞬だったろうか。それとも長い長い時だっただろうか。

 自身には判断がつかないくらいに動揺していた。

 ただ音が止んだ後に光が落とされた大地には、学校のグラウンドくらいの窪地――クレーターとも呼ぶべき跡が残されていた。


「人々は……あそこに居た人間達はどうなったの!?」


 答える相手もいない状況で、思いが口から洩れてしまう。

 ただ普通に考えれば生きているとは思えない。大地の形が変わるほどの力に対して、人間が無力なのは、人間だったからこそ分かる事。おそらくは数百単位の……


 自身の一言から生まれた破壊に眩暈を起こしそうな気分になるが、神の器であるこの体がそれを許さない。


 やがて、ハルの中で渦巻く葛藤に答えをくれる相手が目の前に現れる。


「ただいま帰りました。ハル様のいう通り、争いを止めてまいりました」

「……!?」


 声の主は、それを作り上げた存在――ウリエルだった。

 彼は自分の行為について何も感じていないのかもしれない。

 表情には変化も見られず、口調にも感情が感じ取れない。

 やる事をやって帰ってきただけだと言わんばかりである。


「何をそんなに驚きなのですか?」

「貴方は……!」

「ハル様の願い通りに『早急』に争いを止めてきただけです。これ以上に早い仕事はない断言しておきます」


 確かに早急に止めてほしいと口にしたのは自分である。

 ただそれは、くだらない戦いで人々が命を失う事を避ける為の願いだ。

 目の前の天使が全く理解していなかったとは思えない。


「他に……他に手があったのではないのですか!?」

「あったでしょうね。ですがそれは最速ではありません。先ほど力の行使よりも随分と時間がかかるでしょう」

「そんな方法があったなら何故!?」

「何度も申し上げた通り、ハルが時間を優先したのではありませんか? それにどうやら人間の命を気になさっているようですが、時間をかければ失うものが少なくなるとは限りません。時間をかける事で徐々に被害が増えていき、最終的には大きくなっていた可能性が高いのではないでしょうか」

「でも……もっと少なくなる可能性も……」


 ハルは抵抗を続ける。別の可能性に救いを求めるように。

 

 応えるウリエルからは哀れな家畜を見るような視線。

 それを証明するかのように、ほんの一瞬、会話が途切れた。

 少なくともハルはそう感じたのだった。


「争いが長引くという事は、あの場に立っていた人間だけに被害は留まりません。互いに恨みが積もれば他へと伝染することもあります。食料を生産する者へも影響はあるでしょう。物資が足りなくなれば自然界へも人間は手を出します。そうやって調和が乱れていけば計り知れない生命達の危機を生み出すかもしれません。ハルさまの『早急に』というのは間違いではなかったと思われます」


 分かる。もちろん分かる。


「でもっ……!」


 言葉が続かない。

 元の世界でも繰り返される感情爆発の連鎖は人間だけではなく、他の生物へも影響を与えていた。

 戦争はもとより、産業争い、資源争い、土地の奪い合い。どれも最後に泣きを見るのは弱い者たちだった。


「ハル様が人間だった事は理解しております。元同族が消されるのは納得できない部分もあるのでしょう。ですが、貴方は神になったのです。結果がどうであれ、神の選択に間違いは存在しません。ハル様の選択が正解なのです。ハル様は歩む道に迷う必要はありません。それが――神です」


 ハルはウリエルから告げられた言葉とは裏腹に、たった一言で失われた多くの命の重さに心を落としそうになる。同時に安易な選択から生まれた後悔が言葉を口にする事を躊躇わせるのだった。

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