続、願い
2つ目の願いは、器のせいで神々しすぎる姿の変更。
もちろん、変更と言っても器をまた替えるという話ではなく、ハルは己がこちらで神としてやっていく事の迷いは小さくなっている。
それどころか元の世界で無力だったことを考えれば、「報われる事のない努力」などという言葉は必要がない存在になったのだ。
運なのか、神の気まぐれなのか、それともその「報われる事のない努力」を認められたからなのかは分からないが、神の器と直接的ではないにしても天使ウリエルの知識と力もある今なら、目に映るものだけではなく世界の色すら塗り替える事が出来るかもしれない。
それは常に何を追い求めて生き続けてきた自分のとっては、遥か頭上の見えない位置にあった究極の力である。何かをやろうと思って出来ない無力さを経験してきたからこそ、無力でない力で変えてやろうとする思いは強い。例え大きな責任感も付きまとうとしても、可能性の窓が開かれた事は閉塞感を開放するには十分な効果を発揮していた。
もちろん、無条件に力を振るうだけの存在になる事を望んではいない。
皆が望むものを無条件に叶える存在がいる事は必ず、その者たちの衰退と弱体化に繋がるのだ。
例えば、世の中に「正義の味方」などと言う無条件に悪を成敗してくれる存在が居たら、人はどうするだろうか?
自ら抵抗する努力をしなくなる。自ら考えようとしなくなる。己を強くする選択など必要なくなる。
つまり、生物とは抵抗する意志と力を、己で身に着ける必要がある。正義の味方など居てはいけないのだ。
その為には見えない所で力を振るう者ではなく、近くで見守り、支える存在で居なければならない。人間達と関われる存在で居なければならない。それには神々しすぎる姿は邪魔なだけである。出来れば人間と同等に見える状態にしたいのだった。
「可能なのでしょうか?」
「きっといつかは可能になるでしょう。ですが、今のハル様では難しいですね」
「貴方の力を以ても無理なのですか?」
「無理です。それは天使たる私が神であるハル様に攻撃をするよう行為です。ですが……」
「ですが?」
「こちらをハル様自身で使う事が出来るなら、解決できるかもしれません」
そう言って、ウリエルは差し出した右の掌を空へ向けると、何もなかったはずの手にマジシャンのように、そこの収まる程度の黄色く透き通る石ような物を出現させた。
「これは何ですか?」
「偽装のクリスタルと呼ばれている物です」
「偽装?」
「こちらを見つめて、己の成りたい姿を思い浮かべる事で周囲に姿を偽る事が出来ます」
「そんな便利なものがあるなら、勿体付けなくても……!」
話の入り始めからすると、とても難しい行為だと説明されると思っていただけに、アイテム1つで解決するとは拍子抜けである。
「別に勿体付けるつもりはございませんでした。非常に簡単に使える神器であるだけに、逆に扱いが難しいと言えます」
「簡単に使えるのに……扱いが難しい???」
使い方が難しいからなら理解できるが、簡単だと言われて、それでは意味が分からない。ウリエルは何を言っているのだろうか。
「極端な例えで言うなら、ここに選択した大地を崩壊させる引き金があるとしましょう。ただ引っ張るだけで、どこかの大地が崩壊させる事が出来るというのに、引っ張る者が無知であったなら、どうなるでしょうか。何も起きないかもしれません。無差別に選ばれた大地が崩壊するかもしれません。全ての大地が崩壊するかもしれません。神器が簡単に使えるというのは、そういう事です」
「つまり、神の力を使いこなせない私でも使えるけど、思い通りになるかどうかは別という事ね?」
「ご理解頂けたようで何よりでございます」
なるほど、簡単という言葉は全ての置いて簡単なわけではないようだ。
しかし、だからと引き下がるわけにもいかない。今の姿のままで地上で人間の振りをして活動するには無理がある。
だからと計画が遅れれば、その時間だけ世界は歪んでいくのではないか。それがこの世界の常識として人々に認識されてしまっているとしても、黙って見ているだけの選択を選びたくない。そこには自分が直接関わった、あの子供達も含まれるのだから。
「理解はしました。ですが結末を変える気はありません。使い方を教えてください」
「畏まりました。ハル様に異を唱えるつもりはございません。仰る通りに致します」
何か歯に物が挟まったような言葉にも聞こえたが、それだけ無謀で馬鹿な事を私はやろうとしているのかもしれない。
だけど、私の人生は何時も無謀な挑戦を挑み続けてきた。一度止めてしまった足を、別の器で再度進めるだけの事である。なぜなら、この神の器には人間の時には無かった可能性が多くあるのだから。
「じゃあ、早速お願いするわ」
今――ハルは少しだけ神の力を手に入れる未来へと進み始めたのだった。




