ピラミッドの頂点に立つ者
ハルは子供達の答えを聞いてから、生を失い、物へと変わった彼らの親と盗賊達を葬った。
もちろん、彼らの親を殺めた盗賊までに情けを掛けるのは異を唱える声が多かった。
だが、腐臭漂う物体をそのままにしておくわけにもいかない。伝染病の原因にもなる。
子供達には「死ぬ事で罪は償われた」と納得させ、丁重とは言えずとも土に埋める事に了承させた。
ハルとて、このひどい惨状を生み出した奴らに怒りがないわけでもないが、生きているこの子達に恨みを抱えながら育ってほしくはなかった。であれば、他人の自分の怒りは彼らの道を示す為に封じるべきである。
それは言葉を発すること無く作業は続けれられていった。
泥だらけになりながらも土に還る準備を終えた時、全員で死者に祈りを捧げた。
ただ、神である自身が神に祈るのも違和感がある上に、魔女が口にするのはもっと相応しくないと感じたハルは、大地の精霊に祈るようにと子供達に教えたのだった。
そして、全てが終えた時には陽は山に隠れ、闇の支配する時間が訪れようとしていた。
流石に親の居ない家に子供達だけで帰れと言うわけにもいかないため、村で一番大きな村長の家に全員が集められた。
ただ、大きいと言っても木造平屋で想定外とも言える、20人の子供達が寝るには少々手狭と思えた。
それでも今夜だけは、その狭さが子供達に安心感を与えたと言っても過言ではないかもしれない。
実際、子供と子供の間にスペースなどない。密着した状態で、まさに川の字が羅列している。
その近さが人の温もりを感じさせているのだろう。
彼らは、あっという間に夜よりも深い世界へと落ちて行った。
「全員、寝付きましたか」
誰も返答ない状況でハルはつぶやいた。
己が神の器に入って、1日目だというのに色々な事が起きた。
例え、体が神であろうとも心は人間のままだと感じている。
だからこそ、見えない疲れが独り言を誘ったのだろう。
ただ、体は疲れていない。やはり神と言う者はその程度ではビクともしないに違いない。
もちろん眠気もない。
疲れる事がないのだから休める為の行為も必要がないのだろう。
だとすれば、この時間も無駄に過ごす必要ない。
「ウリエルさん。聞こえていたら其方へ戻してもらえますか?」
聞こえているという確信はないままに、再度の独り言を口にする。
ただ、その返答は転移をもって示された。
その瞬間に切り替わる風景。見覚えがある。要望の場所だ。
「おかえりなさいませ、ハル様」
「ただいま」
「如何でしたか? 地上の世界は」
表情は変えていないものの、その言葉にはハルの失望の度合いを確認しているように感じられた。
「特に変わったところはなかったわね」
もちろん嘘である。
自分は元の世界では平和な国で育っている。
あくまでもマスメディアを通して、残酷な世界を知っているだけで、その知識が無ければ打ちのめされていたに違いない。お陰で心の免疫が多少なりともあっただけである。
だから、初めて目にした死体の数々を映画のワンシーンだと思うようにして、心に封じ込めただけだった。
「あちらの世界も人間は愚かだったという事ですね」
「そうかもしれませんね。でも……人間はそこから学ぶ事も出来るのです」
人間は愚か。
これは知能を高めた大昔から人間が持ち続けているトラウマではないだろうか。
しかし、自覚のある愚かさは人間達に変化を遂げようという気持ちを持続させ、成長させ続けてきた。
何千年も繰り返して、少しづつ、少しづつ、階段を上がり続けさせたのだ。
ハルの暮らしていた国の平和が証拠である。
ただそこに、個人の努力が報われる状況がなかったわけではあるが。
「同じ人間だったハル様が言うなら、それを否定するのは従者としては失格ですね」
最初から、ハルが人間だった事を自覚して口にした言葉だったのは見え見え。
それを今更、従者という言葉で纏めてしまうのは挑発の一種だろうか。
ただ、虫けらと同等に扱っていた元人間が上司になる気分が理解出来ないわけではない。
長年働いてきたバイトの元に、新入社員が偉そうに現れた時と同じ気分かもしれない。
となれば、ここは掘り下げることなく、流すべきである。
「気にしないでください。ウリエルさん。でも私はこの世界で自分がやるべき事を見つけた気がします」
「今日のように争いを止めて回るのですか?」
「いえ……、貴方の言う通り、人間が愚かである事は間違いがありません。ですから、成長の手助けをしていきたいと思います」
「なるほど、それがハル様のやりたいことなのですね。ですが……貴方様も人間だけを愛して、他の生物をないがしろにするのですか?」
貴方様もという事は、きっと前の神も同じように人間を愛していたのだろう。
そして、このウリエルはそれを良く思っていなかったに違いない。
それが他の生物に対する気持ちなのか、それともウリエル自身に対するモノなのかは微妙な所である。
もしかすると彼自身も神からの愛に飢えているかもしれないが、現状は神たるハルよりも力を持つ相手に同情するつもりない。
「上位の者は下位の者を管理するだけでいいと思います。管理された人間が、その他の動物を管理して、動物達が森を管理する。森が虫を管理して、虫が大地を管理する。そうやって世界は成り立つものだと思います」
もちろん、この言葉に確信があるわけではない。
しかし、神の器や天使の力を以てしても、人間の数兆倍にも及ぶ細菌や微生物のすべてを管理する事は難しいと思えた。生物はピラミッド型の弱肉強食で成り立っている。
そこに神や天使が含まれるかどうかは分からないが、今はそれが正しい選択肢だと思えた。
「なるほど……間違っていないかもしれませんね。あの方も同じ事を考えていたのでしょうか」
あの方とは、きっと先代の神の事だろう。
その言葉には一瞬だけ、感情を感じた気がした。
「とにかく、私は人間と積極的に関わっていこうと思っています。それに何か問題はありますか?」
「いえ、問題はありません。ハル様は神なのです。貴方様の望む通りに世界に触れてください。私は命令に従うだけです」
先ほどの感情は、そこには見えない。
きっと、ウリエルが納得していない事は神の力が無くても分かる。
それでも、この天使の力が今のハルにとっては唯一の助けとなる事は間違いがない。
「では……さっそく、私の願いを聞いてもらえますか?」
今、世界は少しだけ色を帯びようとしていた。




