プロローグ
私は朝倉 舞春24歳。どこにでも居るような女性の1人。
別に望んで、どこにでも居るような女性になったわけじゃない。
誰もが幸せの頂点を見てみたくて登る事を一度はしてみるはずだ。私も例外ではない。
考えてみよう。人間のほとんどは望んでいた世界で生きているわけじゃない。それは悲しいけど事実。
生まれた瞬間に幸せが保障されている家庭というものはある。
数字にすれば1%に満たない家庭。残りは99%以上は生まれた瞬間にハズレを掴まされているわけだ。なんとも酷い話であるが、勝ち組と負け組は、この時点から振り分けが始まっている。
次の抽選は不幸ではない家庭。これも当然ながらに低い確率である。先の幸せ組と合わせても、まだ10%に届かない狭き門だ。当然ながら、ここでも90%以上は残ってしまう。
では残りの90%はどうするのか?
生まれた瞬間から頑張るしかない。
口で言うのは簡単だが、これは生きている限りは一度は誰もが挑戦する世界であり、ここにも勝者と敗者が生まれる。
それは家庭の事情がほとんどの理由。たいていの場合は大きな夢を持つ子供に大人がついていけないからだ。これも子供が足掻いても簡単には動かない。まるで足につけられた枷の様に重く圧し掛かる。それが現実だ。
やはりと言うべきか、当然というべきか、もっとも適切な言葉は残念ながらという言葉が近い。そう、ここまでの内容に舞春自身も含まれている。
生まれた家庭が裕福でなかろうと、父が幼少時に蒸発しようが、親戚の家で暮らす日々が続こうが負ける気配など見せなかった。それどころか、重い枷すらも引きずりながら前進するのを諦めなかった。
舞春の強みは1つ。限界を知らなかった事。
誰かがやっている事は自分も出来て当たり前。姉がやっている事も出来て当たり前。大人がやっている事だって直ぐに出来ると思い込んでいた事だ。実際にそれらは確かに出来た。学校行事でスキー、水泳、スケート、手芸、学問、それこそ学校内で誰かが出来る事はやってのけたのだ。例え出来なくても出来るまでやり続けた。
今になって考えてみると父が居らず、母が精神を病んでしまい、限界を教えてくる大人が居なかった事がいい作用を働かせたといえる。
ただしこれも高校にもなれば限界が出てくる。いや、努力する意味がない事を世間が叩きつけてくる。
大学に行かず、就職して、お金を家庭に入れる。家族を支えなければならないという現実に。
そして舞春は天才、神童、鬼才と言われながらも普通の社会人として生きて行くしかない選択へと足を踏み入れたのだ。
ただし――小さな世界の社会人になったとはいえ、舞春の努力はそこで途切れない。
半年後。18歳の身で部署マネージャーになり、同期はもとより、高校の2歳年上の先輩すらも部下とすると、更に2年後には係長の話が出る。普通なら満足すべき結果である。だが彼女は転職を選んだ。もっと上を目指すために。
次の会社は国内どころか国外でも有名なアパレル企業。高卒が入社出来ただけでも奇跡と言える。そこで1年間はどん底を味わう。田舎育ちの舞春には未知の世界で、全く経験した事のない世界で戸惑うばかりだったからだ。それでも2年後には結果を出す。個人売上が国内200店舗で1位の成績。やり遂げたのだ。最悪の家庭環境から育った女性が1つの結果を出した――はずだった。
何も変わらなかった。
生活には何も変化はなく、店舗で同じような仕事をするだけ。ようやく辿り着いた場所だったのに、何も変わらない世界。心が折れかけていた。
次へ向かうにしても自分には美貌がない事は分かっている。権力がある男性に擦り寄る事は無理だ。もっと高い企業に転職しようにも学歴がない。
その身一つで、この残酷な世界に挑み続けてきたが、結局は自分も普通の女性だったのだ。認めるしかない。もう屈するしかないと、その膝を大地に落とそうとした時に、それは耳に届いたのだった。
「あなたの人生を私に譲ってくれませんか?」
姿は見えないが、心に響き渡るような透き通った声が舞春を支配したのだった。