1-4
「さてと」、体育館へ移動する為に重い腰を上げた俺達。物置小屋のような教室を出ると渡り綱のような廊下を歩き縄梯子のような階段を上り蜘蛛の巣のアーチをくぐり抜けると別世界のような一階のロビーへと出た。
「ケンケンここは何処なの」
先頭を歩いていたゆみねぇが突然立ち止まり後ろにいた俺達の方を振り返る。
「俺も一瞬自分の目を疑いました」
俺達はいつも夜になると三階にある共同の食堂と大浴場には行っているのでこの一階のロビーはいつも通っている。しかし半日地下に潜ると地上世界が毎回神々しく見えるのだ。
「ここって私達の知っている世界なのかな……」
「はっ、はい?」
別世界とは言ったが目が慣れてくると今目の前に見えているロビーも普通の学校のロビーと何ら変わらないのだが、ゆみねぇ少々大袈裟ではないのか。
「いつもの発作ね」
横に立っていた緑さんが俺の耳元でぼそっと呟く。ゆみねぇは立ちすくんだまま周囲をキョロキョロと見渡していた。
「発作?」
ゆみねぇに聞こえないように俺は微小な声で緑さんに聞き返す。
「ゆみねぇってああ見えて結構ロマンチストなとこあるでしょう」
「えっ、まあ確かに……」
声に出しては言わないが、ゆみねぇは今だにサンタクロースの存在を信じているんだよな……。
「ゆみねぇは魔法幼稚園出身だから産まれてすぐに魔法使いと認定されたの、社会的な常識に疎いのは仕方がないのかもしれないわね」
「そうですねぇ、で、緑さん発作って何の発作なのでしょうか」
「ロマンチスト病よ」
「ロマンチスト病?」
「正式名称は妄想癖とでも言うのかしら、ゆみねぇは妄想癖が強いのよ」
「はあ……」
「ほら、よくクリエイター作品であるじゃない。草垣の中をくぐり抜けたりトンネルを抜ければそこは別世界だったって」
「よくありますか? それって一部の企業が制作したアニメ限定で」
「いいの! ケン君そこはよくあるって事にしとくのよ。とにかくゆみねぇはあの蜘蛛の巣のアーチをくぐり抜けたら自分を時をかける少女だと毎回思い込んでいるのよ」
「なっ……」
どっ、どうりでゆみねぇは毎回一階のロビーに出る度に記憶を失ったような顔をしていた訳だ。
「じゃ、じゃあ緑さん、その時をかける少女をどうやって現代に戻せば」
「簡単よ」
割とあっけなく緑さんは言うとゆみねぇのもとに歩み寄って行く。ゆみねぇの前に立った緑さんは右肩をポンと叩くと両肩を掴みゆみねぇの顔を真っ直ぐに見据えた。
「貴方は時空属性の魔法使いではないわ、風属性の魔法使いなのよ!」
緑さんのドスが効いた低い声が周囲に響き渡りゆみねぇは目を見開くとその場にヘタリ込んだ。
「みっ、緑、それだけは言わないでっていつも言っているでしょう……」
「ゆみねぇ理想と現実って違うものなのよ。貴方の気持ち痛い程わかるわ、でも現に私達Eクラスじゃないの」
「わかってる、わかってるのよ緑。でも……思うのよ、あの蜘蛛の巣のアーチをくぐり抜けこの広大なロビーに出た瞬間に私自身が気付いていないだけで既に私を中心としたファンタジー小説のような物語が始まっているのではないのかと……」
「ゆみねぇ、それは心配しなくてもいいわ、仮に始まっていたとしても私達みたいなエキストラクラスの人間にスポットライトは当たらないの。私達が世界を救えるとでも思っているの、無理よ」
「何故よ、何故そう言い切れるの!」
「だって私達、幼稚園児に怯えているのよ」
「…………」
ゆみねぇは何も言わず深くこうべを垂れた。
「わかったわ……」
力なく上げたゆみねぇの右手を緑さんは掴むと肩を貸す、戦場で負傷した仲間を助けるように緑さんはゆみねぇと共に立ち上がると俺に視線を向けてきた。
「行きましょう」
「はい……」
原因は不明だが、我々Eクラス部隊、戦場到達前に一名負傷。