表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最下層魔法使いでも時には煌めきたい  作者: スーパーマン
4/6

1-3

「ガラガラガラガッ」

 

 教卓側に視線を向けると、どうやらギリギリ間に合わなかったようだ。

 

 教卓側では安っぽい紺色のスーツを着たおとぼけ顔の中年男性が腕を組み俺とひよ子を見つめている。この人はEクラス担任の『安岡道男やすおかみちお』先生だ。


「安岡先生おはようございます、遅刻ですかねぇ?」

 

 恐縮して聞く俺に対し安岡先生は深く頷く。ひよ子を降ろし自分の席に着くと早速遅刻の罰が先生から言い渡された。


「長谷川君、今日は教員トイレの掃除です。放課後やっておくように」

 

 俺は渋々頷く。


「それでは今日の予定ですが」


「ちょ、ちょっと先生待って下さいよ!」

 

 当たり前のようにホームルームを始めようかとする先生を俺は慌てて呼び止める。


「どうかしたのですか長谷川君」


「いえ、そのぉ……放課後の掃除って俺だけですか?」

 

 自分の顔を指差しそれとなあく後ろを振り返り、ひよ子の席に目をやるとひよ子は目を瞑ったまま不定期に首をコクリコクリと動かして気持ち良さそうに眠っていた。


「ああ、松本さんですか、松本さんはまだ幼いから許します。私いつも言ってますよね、一人は皆の為に、皆は……コホン、それでは今日の予定ですが」


(皆は何の為にだよ!)

 

 わざとらしく咳払いをする先生を見て俺は諦めたね。

 

 いつもは言っていない。いつも言っているのは遅刻の罰の内容だ。先生は『今日は』と言っていたが『今日も』だ。

 

 俺はひよ子のおかげで年間約二百四十四日は教員トイレの掃除をしている。つまり土日と祝日を除きほぼ毎日俺は教員トイレの掃除をしているのだ。

 

 そのせいで俺は学院中でとあるニックネームで呼ばれているらしいと最近緑さんに聞かされた。

 

 トイレの神様とね……。


「それでは今日の予定ですが皆様には体育館の方へ移動してもらい入学説明会で魔法を披露してもらいます」

 

 朝のホームルームが仕切り直され先生の発言を聞き今日が入学説明会だった事をちょうど今思い出したとこだった。


「はい!」


 突然、ゆみねぇが手を上げると席を立つ。


「どうかされましたか笹川さん」


「先生、毎年思っていたのですがどうして私達が魔法を披露しないといけないのでしょうか」


「魔法学院の入学説明会では魔法は欠かせないからです」


「私達が魔法を見せたとこで子供達は納得するのでしょうか」


 ゆみねぇは真剣な眼差しで安岡先生を見つめていた。


「笹川さん、貴方は何が言いたいのですか」


「わざわざ私達じゃなくてもこの学院には私達より優れた生徒はいくらでもいると言っているのです」


 ゆみねぇの声には気迫を感じてしまう。自ら俺達を否定するとは流石はゆみねぇだ。


「笹川さん他のクラスの生徒には公務があるのを知っていますよね?」

 

 先生が言う『公務』とは、魔法使いが特殊な人材である為にこの学院のほとんどの生徒が国から何らかの使命を与えられている。

 

 基本的にはこの学院も普通の学校と同じく普段は誰しもが学業に勤しんでいる普通の生徒ではあるのだが国から要請があった場合は如何なる時でもそれに従わなくてはならない。公務の内容は個々の能力によって様々だ。

 

 例えば、災害時のレスキュー要請であったり、電力供給の要請であったり、能力によって多種多様なものがあるが、能力が高い者は個人的に警察機関から要請を受ける場合もある。

 

 しかしそれら公務があるのはDクラスまでの魔法使いまでであり、俺達Eクラスの魔法使いには公務など無縁なものであった。


「この中に災害時のレスキューや電力供給の足しになるくらい魔力がある方はいらっしゃいますか」


「…………」


 ゆみねぇは無言で腰を下ろすと机の上に頬杖をつき何事もなかったかのように天井の蛍光灯を見つめる。当然俺も先生の発言に対して何も返す言葉が見つからずこのまま沈黙が続くのかと思いきや俺の後ろから誰かが勢い良く席を立つ音が聞こえた。


「他の生徒に公務がある事は知ってるわ、だけど常にある訳じゃないでしょう。私達Eクラスばかり雑用を押し付けられているようで不公平だわ!」


 咄嗟に後ろを振り返ると、凛々しい瞳で緑さんが先生と向かい合っていた。

 

 どうやら驚いているのは俺だけではないらしい、ゆみねぇも唖然とした表情で緑さんを見上げている。緑さんのこの発言に対し先生は何と反論するのだろうかと教卓側に期待を込めて顔を戻すと安岡先生は眉間に手を添え「はあ……」と深い溜息を吐く。


「緑さん貴方は勘違いをされています。私達教員は貴方達Eクラスの魔法使いを見下してはいませんし他の生徒同様平等に扱っているつもりです」


「平等ですって? よく言うわよ、じゃあこの質素な教室と私達のあのお粗末な部屋はなに? どう説明するつもりなの、私達はモグラじゃないわ!」


 まるで緑さんが俺達の心の声を代弁して言ってくれてるようで聞いてる分には心が晴れるようであったが、今日の緑さん結構ガチだな……。


「緑さんそれが勘違いなのですよ」


「どういう事よ!」


 割と核心を突いたと思ったが、どういう訳か先生は妙に落ち着いている。


「公務をやっていないこのEクラスには予算なんて下りていないんですよ」


「なっ、何ですって!」


「最近、国の税金の使い方に対して国民の皆様は強い不信感を抱かれておられます。この魔法学院は国が管轄する施設ですので国民の皆様の税金で成り立っているのです。ですので国民の皆様の為に貴方達魔法使いが少しでも社会に貢献できればと奉仕活動の一環として始めたのが公務なのです」


「その公務をやる理由と私たちを取り囲むこの悲惨な環境と、どう関係があるのかしら」


「深く関係してますよ、公務の実績に応じた予算がクラス別に支給されているのですから。ここEクラスは他のクラスの余った予算を分けて貰い成り立っているのです。だからこのような質素な設備でも仕方がないのですよ」


(まっ、まじか……)


 初めて耳にした。そんな仕組みになっていたのか……。


「バンッ!」


 突然机の上を叩いたような音が聞こえ後ろを振り向けば緑さんが怒りに満ちた表情で安岡先生を睨みつけていた。


「それなら尚更不公平よ! 私達は自ら望んでEクラスに入った覚えはないわ」


 俺は心の中で緑さんに拍手を送ったね。全くその通りだ。


「なる程、それでしたら緑さん明日からDクラスに編入してもらっても構いませんよ。担任の山田先生には私から伝えておきますので」


「はっ?」


 緑さんはキョトンとした表情で安岡先生を見ている。


「緑さんもともとこのEクラスは私達教員が独断で設立したクラスです。嫌でしょう? 周りが自分達より魔力の高い人ばかりなら。そう思いこのEクラスを設立したのですが、どうやら要らぬお節介だったようですね」


 安岡先生はそう言うと一つ咳払いをして、俺達全員の顔を見渡した。


「緑さんだけではありません。貴方達も明日からDクラスに編入されますか?」


 みっ、緑さんの見ている手前首を横に振りにくい……。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


「どうかされましたか緑さん」


 緑さんは頬を真っ赤に染め安岡先生から顔を逸らした。


「わっ、悪かったわね……そんな理由があるとは知らなかったのよ」


(緑さんそれでいいんだ)


 俺も自分の置かれた環境にそんな理由があったとは知らなかった。


 そりゃあ、ふかふかのベッドには憧れるけど。わざわざ背伸びしてDクラスなんかに編入するよりは今まで通りのスクールライフを送りせんべい布団で眠った方がましだ。


「緑さんなぜ謝るのですか、貴方は何も間違った事は言っていませんよ」


「そっ、そうね……でっ、でもいいのよ。今のままで私は満足しているから」


「そうですか? それでしたら私達もEクラスを設立した甲斐があったというものです。あっ、それと緑さん。貴方目上の人と話す時は敬語を使いなさい。そんな口調では先輩方に嫌われますよ」


「余計なお世話よ」と言った緑さんの言葉はとても微小な声であった。


「そういった訳ですので、貴方達が少々損な役回りをするのは致し方ないのです。わかっていただけたのでしたらそろそろ時間ですし体育館の方に移動しましょうか」


「「「「はーい!」」」」


 俺を含むひよ子以外のクラスメイト全員が一斉に手を上げる。


 現金な奴らだとは思わないでくれ、仕方がないんだ。


 俺達みたいな非力な者は自分達より強大な者を目の前にすると臆してしまう。


『力なき者が理想とする環境』


 それは強大な者と共存しなくていい環境だ。


 このEクラスがまさにその理想の環境だったと今思い知らされたとこだった。


「くっ、くぅ……」


 隣を見れば安岡先生の優しさに感動したのか紅音が机に突っ伏したまま肩をヒクつかせている。


「紅音ちゃん大丈夫」


 そんな紅音を後ろから見ていたゆみねぇは心配そうな表情でそっと右手を紅音の背中にやった。


「だっ、大丈夫です。ぷっ」


(んっ?)


 紅音の口からは何かが吹き出すような音が聞こえ、何故か声は笑み含みだった。


「紅音ひょっとして笑っているのか?」


 俺がそう尋ねると紅音は顔を伏せたまま首を微小に縦に振る。


「だっ、だって、緑さん、ずっと真剣な表情してるんだもん。ぷっ、ふふふ、ぶふふふ」


 紅音は何かが吹っ切れたかのように突然笑い始めた。


 笑う紅音を見て危機感を募らせた俺はすぐさま後ろを振り返る。が、緑さんは怒っておらず机の上に頬杖をつきながらぼーっとした表情で笑っている紅音を見つめていた。


「ケン君」


「はっ、はい」


「紅音ちゃん幸せそうに笑っているわね」


「ええ、まあ、そうですね……」


「身丈に合わないこと言って悪かったわね」


「いえいえ、とんでもない。紅音も悪気があって笑っている訳じゃ……」


「いいのよ」


「はい?」


「これでいいのよ、これが私達だもの」

 

 そう切なそうに呟く緑さんの後ろではひよ子が幸せそうな寝顔をこちらに向けていた。


「ですね……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ