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ことつぎ  作者: りんたろ
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 フィリス・ローランド。柔らかな亜麻色の髪に白い肌、そして藍色の瞳と、北の人間だと一目でわかる。実際に北の村の生まれで、齢は僅か十五だった。フィリスは真面目な性格で、書架に身を沈めることを好んでいた。だから祖父の訃報を受けて、すぐにことつぎの称号を受け継いだのだ。ことつぎは志したからといってなれるわけではない。ローランド家の系譜から受け継がれてきた生業である。だからフィリスは自分がことつぎであるということに、誇りを持っていた。




「今日からここがフィリスの家だ」


 ザクセンとの観光が終わり、案内された先は団地だった。王都の外れの方に位置しており、ここら一帯は住宅区になっている。フィリスの眼前には煉瓦造りの建て物があった。二階建のその建て物は、なかなか古めかしい。木製の看板にはきっと団地の名前が書いてあったのだろう、今は字が薄れていて読むことができない。フィリスは建て物を見上げて、思わず感嘆のため息をついた。


「少し古いが、慣れると愛着が湧いてくる」


 そう言ってザクセンは中へ入るように促す。フィリスはそっと、落ち着いた茶色の扉を押した。重苦しい音を立てて、扉が開かれる。まず目に入ったのは、開放感のあるエントランスだった。窓からはたっぷりと日光が注ぎ込まれ、やわらかな雰囲気を醸し出している。緑色のソファとシックなテーブルが中央を占拠しており、その奥には二階へ続いていくであろう階段があった。隅っこのほうにはピアノが置いてある。


「もともとは私の祖父の屋敷だったのを改築して、団地という形にしている」


 ザクセンが隣で感慨深げに言った。

 ザクセンの家は有名な商家だった。本業は別にあるのだが、ザクセンは道楽で団地の管理人をしているのだ。


「すごく素敵です、ここで暮らせるなんて夢みたい」

「ありがとう。フィリスの部屋は二階に用意しておいた」


 ザクセンの言葉を聞いて、フィリスはすぐさま階段へ行こうとした。ザクセンはフィリスの首根っこをつかむ。


「待ちなさい、その前に食堂や浴場を案内しよう」

「だって……、私の部屋って聞いてすごく楽しみだったんです」

「そう急ぐな。楽しみは最後にとっておくものだ」


 ザクセンが器用に片目をつむる。フィリスは黙っているほかなかった。


「まず最初にここはエントランスホール。基本は自由に使ってくれて構わない」


 確かにテーブルの上には栞の挟まれた本が置いてあったり、トランプが散らばっていたりと、ここの住居人は思い思いにこの空間を楽しんでいるようだった。


「で、次に食堂だが……」


 ザクセンが案内しようと一歩前へ踏み出した。その時、軽やかな笑い声が響いて、フィリスは振り向いた。そこにいたのは、妙齢の女性だった。背が高く、すらりとしていてかなりの美人だ。波打つ金髪を揺らしながら、フィリスに近づく。勝気そうな瞳が印象的だった。


「あら、新しい住民?」


 女性が言う。フィリスは慌てて頭を下げた。


「今日からお世話になります、フィリス・ローランドです」


 女性は値踏みするような視線をフィリスに投げかけた。その後、口角を緩やかに釣り上げる。一つ一つの動作がさまになっていた。


「よろしくフィリス。あたしはライナよ」


 すっと差しだされた手に、フィリスは緊張しながらそれを取った。ザクセンが苦笑しながらその様子を見ている。

 ライナは思い出したように「ああ」と声をあげた。


「そういえば、ことつぎの子が来るって言ってたわね」

「は、はい! 本日付けよりことつぎになりました」

「まだ子供じゃない」


 皮肉でも嫌味でもなく、純粋にライナは驚いているようだった。


「ま、頑張りなさい。困ったことがあったら、あたしに言うのよ」


 ライナが優しくフィリスの頭をなでる。ふわりと花の香りが漂った。


「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる。顔をあげると、ライナが快活そうに笑っているのが見えた。笑うと目がすっと細くなり、猫のようになる。フィリスはライナを好ましく思った。


「ことつぎっていえば、王城にも入ったりするのかしら」

「はい、明日王城に向かいます」


 ライナの疑問にフィリスが頷く。ことつぎは国公認の職業だ。国はことつぎを支援しなければならない。それほどまでに、ことつぎとは重要なのだ。

 ライナは少しだけ目を見開いた。


「あたしも一度でいいから城にお呼ばれされたいわ」

「そう思うなら仕事で成果を上げなさい。もしかしたら騎士団の目に留まるかもしれない」

「嫌よ、あたしは自由にやりたいの」


 ザクセンとライナの間で交わされる会話に、フィリスは首をかしげた。


「ライナさんのお仕事って」

「ああ、冒険者よ」


 ライナはさらっと言ってのける。今度はフィリスが驚く番だった。どう見たってライナは冒険者には見えない。冒険者よりも、貴族の令嬢なのだと言えば納得しそうだ。

 この国の冒険者は、基本的にギルドに入って依頼を受注する仕組みになっている。冒険者の仕事は様々で未開の地の調査や開拓、そして魔物の討伐まで任されるのだ。


「あたしなんかまだまだはしくれのほうよ」

「しかしライナ。この前は凶暴な魔物を一人で討伐したと聞いたが」

「あんなのは雑魚よ。並みの冒険者ならできて当然の依頼だわ」


 事もなげにライナが言った。フィリスは感心する。


「ライナさんって、すごい方なんですね」


 フィリスの言葉に、ライナは面食らったような顔をした。


「すごいって、あんたね。あたしから言わせれば、フィリスの方がすごいわよ」

「へ」

「だって、国の歴史とかなんやかんやをあんた一人が背負ってるってことでしょ」


 そういえばそうだ、とフィリスは今更ながらにことつぎの重大さを実感した。それでも人間の何倍もの大きさの魔物をやっつけるくらいなら、ことつぎの仕事をこなすほうがずっと簡単に思えた。

 ライナは「とにかく」と話を続ける。


「何かあったらあたしに相談なさい」


 そう言ってライナはあくびを一つした。


「あたしは部屋に戻って寝てくるわ。またね、フィリス」


 ひらひらと手を振りながらライナは階段を上っていく。フィリスはその背が眩しいもののように感じた。


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