1
世には、ことつぎという職業がある。
事を継ぎ、異を継ぎ、言を継ぐ。過去を紡ぎ、現在を繋ぎ、未来を導く。眼を見開き、視野を広くして、歴史を解く。ことつぎは全てのものに中立だ。けして感情にのまれることなく、事象を受け止め、書き留める。時にはその足で世界を歩き、時には書に埋もれて文を吟味する。万物は流転していく。だから、ことつぎがいるのだ。
「王都アーネルクス! アーネルクス! 下車する人は切符を落とさないように! 大変込み合いますので、小さいお子様連れの方は……」
息の詰まる車内から解放されて、少女、フィリスは思い切り息をついた。乗降場では人がごった返しており、アナウンスが慌ただしく鳴り響く。人の波に押されながら、躍り出るようにして駅を出た。燦々と日光が降り注ぐ中、駅前の広場では旅の一座が芸を開いている最中だった。ジュース売りの売り子が、それを暇そうに眺めているのが横目に入る。フィリスは目当ての人を捜そうと、つま先立ちで四方を見回した。
「フィリス!」
人ごみの中に、一つだけ見知った顔があった。赤毛を丁寧に撫でつけた、長身の男だ。その人は片手をひらひらと振った。
「お久しぶりです、ザクセンさん」
「長旅、ご苦労だったな」
ザクセンと呼ばれた男は顎に蓄えた髭を撫でながら表情を緩めた。そのきれいな薄い青の瞳が細まる。
「アーネルクスには初めてきただろう。どうだ、感想は」
「噂通り、人がとても多くて新鮮です! 村とは何もかもが違う」
ザクセンが満足げに頷く。少しだけ、しわが深くなった。フィリスは目を輝かせながら広場を眺めた。あちこちから耳に届く、活気づいた街の音。フィリスは胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「さっそくアーネルクスを案内しよう。それとも、部屋に荷物を置いてからにしようか」
フィリスは首を横に振った。
「いえ、今すぐ案内してもらいたいです!」
「わかった、じゃあまずは……」
ザクセンが王都アーネルクスのことを語りかけながら、歩き始めた。フィリスは興味深げに何度も頷き、時には相槌を返す。フィリスはこれから先の王都の生活を夢想して、心が弾んでいた。祖父から受け継いだ、ことつぎの称号。小さな少女フィリスは、期待を胸に秘め、アーネルクスの空を見上げた。
プロローグ的話なので、短めです。
フィリスの成長や、人々との交流を書けたらいいと思います。
更新頻度は遅いですが、精一杯頑張ります。