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12話

夜斗は光と影が織りなす斑模様の絨毯を駆け抜け、遠方から爆音と流れてきた風圧にたじろぐのが幸いしたのか、足元からそそり立った火炎を予兆の段階で避けることができた。


「何の真似だ、南条」


 火柱を従えて対面から現れたのはチームメイトのはずの少女。


「いえ、丁度、あちら側では鳳が居るでしょう? 彼が倒されればあたしたちの勝ちよ」

「【フューラー】である俺には行くな、と」

「その通りよ。【フューラー】であるあなたが敵地へと赴くのを善意で止めようとしているの」

「にしては中々に強引な手段を取ったな」


 立ちのぼる柱は数を増し、壁を構築する。さながらコロシアムのようだった。


「だが悪いが通らせてもらう」

「悪いと思ってないでしょうッ」


 激動に駆られた南条葵の放った術式。炎の壁から無数の火の鳥が夜斗へと目がけて襲い掛かる。

――〝千羽赫灼〟だったか。

【強化】系の術式において広範囲そして出の早さが売りだ。加えて彼女の改造が合わさりホーミング性を得ている。逃げの一択は無くなった。


「〝迫り上がれ・舞い上がれ・強固であれ・厚くあれ〟」


 冷淡に詠唱を綴ると夜斗の周囲を地面が膨れ上がり火の鳥の侵入を阻んだ。


「〝集え・光れ・燃えろ・穿ち・貫け〟」


 葵も結果など見えていた。〝千羽赫灼〟程度で仕留められるほど易い相手ではないと。夜斗の詠唱に合わせて自らも五節を唱えながら弓を射る動作をとった。

 二重詠唱により、本来以上の性能を発揮する術式。即時発動型の術式とは違い、構えた段階で一連のプロセスは終了、後は矢じりを持った手を放す動作によりスキルとして放たれる。


「〝燈弧棘矢〟ッ!」


 轟音を置き去りに土埃を引っ提げた火矢が、壁を突き破り弛むことなく連綿を描く。


「ッチ」


 読み合いは終わっていなかった。〝千羽赫灼〟が囮もしくは弾幕だと判断しており、即座に行動へと移していた。


〝ミラージュシフト〟


 拍子を術式的に模した不可視の移動スキル。一度相手の視界、もしくは意識から外れた状態でしか効力を発揮しえない癖のある代物。


「〝開け・綻べ・揺らめけ・咲き――誇れ〟ッ!」


 葵を中心として炎の花が咲いた。柔らかな花弁からは想像を絶する熱量を放出している。

 牽制兼炙り出しとしては申し分なく、姿をくらました夜斗は術式の解除を余儀なくされた。


「その術式、面白いな」

「……」


 淡白な物言いが癇に障ったのか表情が一層険しく歪んだ。


「確か〝漣蓮華〟」

「〝百火繚乱〟」

「ああ、そうか」


 彼女が食い気味に食らいつく。見た目は何の変哲もない四節の【強化】術式だが、おそらく変化があるのだろう。そうでなくては、ルールに反する近接攻撃に値するのだから。


「お互いジリ貧だ、ここは手打ちで――」

「ジリ貧? まだ五分しか経っていないでしょう? それにあなたの場合本気すら出していないじゃない。それで拮抗しているなんて口にしているのなら……なおさらやめられないわ」


 実力差を見せてなお諦める様子が無い。対抗心を燃やすのは好きにしてくれればいいが正直時間が惜しいのが夜斗の内心だった。

夜斗は嘆息を零していると……閃光が頬を掠めた。


「〝燈弧棘矢〟!?」

 一筋の光は衰えることなく曲線軌道で旋回するともう一度的へと狙いを定める。

 それよりも発動の動作や予兆が感じられなかったことへの驚きが強かった。


「〝燈弧棘矢・連綿〟」


 追尾式のスキルのため発動後はオーラの供給のみで稼働し続ける。撃墜するか、発動者の意識を奪うしかない。

 だが火の矢だけに気を取られていては足元で開花する爆弾には目がいかなかっただろう。


「ッチ」


 跳躍し木々の枝へと着地を決めた頃合いに、元居た場所が花弁をまき散らしながら盛大に爆ぜていた。


「なるほどな、それで〝百花繚乱〟か」


 防御兼攻撃そして仕込みの種まき。一つの術式に思わせ、実のところ複数のコマンドを織り交ぜていたのだ。


「【連鎖】――精密な作業をこなすエンジニアらしい」

「すごく嫌な言い回し」

「そろそろ終幕としよう。中々面白いものだった。――ただ、どれも目新しさには欠けていたが」


 夜斗の声にノイズが帯び始め、姿形は紙の寄せ集めのような風に吹かれる度に表皮が一枚いちまい飛んでいき言い終える前に一片残らず消え失せた。


「ぁあッ!」


 葵が怒り心頭で手の平に極大の火球を作ると近くの木々へと放った。イライラは決して消化されること無く、燃え広がる炎のように沸々と湧き上がってしまうのだった。



 ――この距離までが限界か……。

 一キロ弱進んだところで細い糸のように通していたオーラが切れた。視界の片隅に客観的視点で流れていた映像もぷつりと途絶える。

 夜斗は自身のオーラの量と濃度を計測していた。

葵との一戦はヴォイスコマンドを装い、呪符によって土の壁を形成したのだった。


【クリーク】中に唯一オーラを使用した状況ではあったが、その継続時間の短さに落胆の色を隠せない。

 ある程度オーラは取り戻したとは言ってもリハビリ期間中に近く、身体や意識が現状に追いついていない。

 体感ではまだ残量としてあるが、身体が使用を拒んでいる。


「こればかりは慣れが必要か……」


 じれったい気持ちを脳裏から払拭しようと走る速度を上げていく。ほどなくして濁った意識を取り去るような凄まじい風圧を浴びた。

 オーラの残滓があることからそれがスキルであり、空御の放ったものだと理解する。地につけていた足を枝へと移し静かに漸進していき視界に人影を捉えると動きを止めた。


「空御に才華と……相手が二人か」


 傍に一人倒れている状況も鑑みて状況を把握する。

 加勢する必要はなさそうだが、どうにも戦況に納得がいかなかった。多分に柳生七瀬の入れ知恵が働いているのだろう。実力的に基本戦術をなぞるならば七瀬が【パンツァー】を担い、味方エリアで【フューラー】と共に籠城戦術に徹した方がベスト。


 ――いや、違う。


 九九パーセントの狂意に満ちた坪に何か一パーセントが混じっている。水と油の様な一つの桶の中で決して混ざることのない意思。

 それがもたらした結果がこの構図ではないか? 

 だからこそ夜斗は、視界に映る戦闘の無駄さを知ってしまった。止めるより加勢するより、逃げたのかはたまた頭を取りに行ったのか、定かではない一。無駄な自我の尊重、自己中心的な人物、腹に含ませた野心を燃やさずにはいられない愚かで、そして輝かしい人物――【フューラー】を狩るために転身した。


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