9話
講師一同と椎名唯、北城楓那がてきぱきと各学校、クラスなどを分けていく中で竜胆弥が担当することとなったのは三校の一、二年生、若い組だった。
想像していた八重の麒麟児とは遠く、集合場所として改めて指定された場所には最後に現れた。しかもその足取りは怠惰と面倒という足枷でもあるのか、かなり重い。
「うーんじゃあ、、まあ僕が担当するのは一、二年ってことでよろしくー」
戸惑いを隠せないそれぞれの事など意に介した様子もなく、弥が首を傾け欠伸をこぼしている。
「今日はまあ【クリーク】でもしようか」
広葉樹が広がる森林帯を眺めたかと思うと彼がそう口にした。
「僕は君たちの事をよく知らない。名家と一般、特化と一般。そういう差が正直どこまで出ているのか知りたい。だから【クリーク】OK?」
同意を求められたところで、生返事が良いところ。ポカーンとした空気は変わらず散漫としたやる気が戻ることは無かったが、さも当たり前のように弥は続けていく。
「んじゃパーティを組んでもらおうか。今回はオーソドックスな組み合わせ、大会でも使用される、【フューラー】、【イェーガー】、【ウーボード】、【パンツァー】、【ファルシュ】の五役。勝つために適した人選をするか、仲良しこよしで組むか、どうぞご自由に」
各々が思惑を働かせながら相手を探している最中、夜斗はというと立ち止まっていた。
ボッチ、孤独、独り身――なら慣れていた。
「は?」
間抜けな声が素で飛び出す。
情報というのは錯綜するが、根源、本をただせば、少なからずの正解、正しさが眠っている。
その結果がこれだろう。
夜斗の周囲には群れが形成されていた。
エンジニアとしてある程度名が知れ渡っているのはしょうがないとしても、異能者としての実力が計り知れない存在とチームを組もうと考えるのが解らない。
夜斗としては空御や悠霧、能力も実力も把握している異能者の方が都合が良い。逆を言えば、こうしてアプローチしてくる連中を理解も把握も認識も認知していない。
乱暴な言い方をすれば専門的知識を有していなければ操作できない機械を前に選べと言われているようなモノでしかない。
「ごめんなさい。私が先約をしているのよ。だから後、空きは三席かしら」
もう驚くことすらしない。異能ではない体術〝独歩〟による接近。一日に二度も体験、ここ連日の関係、溜息すらでない。
自分の中で消化され昇華された人物。
「黒須、才華」
夜斗の横へ自然に並ぶと、さも当然とばかりに宣言する。
誰かの呟きが波紋のように広がり螺旋を作る。
今まで優良物件として狙っていたのはライバルが同レベルであったためだ。自分に自信のある者は、名家へと売り込む。
それらが一瞬で瓦解したのだ。
名家の中でも有力な黒須家の人間が選んだのだから、その凄さというのは否が応でも伝わってしまう。逡巡した後、彼らは一様に言い訳を残して去っていく。
幸いなのか災いなのか定かではないが、ただ騒々しい空気は去って行った。
「良いのか?」
その問いかけに才華が流し目を向ける。子供が新しい玩具を与えられたような無邪気さがほのかに滲んでいる。
「別に構わないわ。貴方が本気を出すのか出さないのかはともかく」
「善処はする」
「それ、政治家が言うやらないのと同義よ?」
「政治家じゃないから安心しろ」
「そう思わせてもらうわ。さて、それじゃあ後三人かしら」
「いえ、二人よ」
人波に逆らうように現れた赤髪の少女が才華とは別の凛とした声音で拒否権を奪った。
「南条、さん?」
意外な人物の登場に才華が珍しくキョトンとした表情をうかべる。
「驚かないでください。あたしと更科は同じ工学科。面識はあるんですよ、色々と」
含みのある言い方に夜斗は無意識に眉間にしわが寄った。
先日の件。直接的には関係は無いが彼女を挑発して動かした。アゲハの協力があってこそだったが、どういう訳かこちら側が関与した事が、目は口ほどにものを言うを如実に表したかのような鋭い目つきを通してヒシヒシと伝わる。
――アゲハのやつ何かしたな……。
「勝手知ったる相手、とまでは言いませんが恐らくお互いに手の内は理解してる。それに、協調性に欠けているし、その点同種ということで組みやすいと」
中々に酷い言い様であったが、あながち間違いではないことに自然と肩を落とす。
半ば強引に三人目として決定した南条葵に続く四人目、五人目を模索するも捕まらない。
あまりに餌が良質すぎた。理性ある動物にわざとらしいまでの高級品をぶら下げたところで、自分の価値を推し量る事の出来る生き物にとってはただの罠でしかない。
詰まる所――。
「こうなるわけか」
仲良しこよしは怠慢や甘えが生じ、意図的に避けるようにやんわりと竜胆弥が忠告していた気がしたが、夜斗の属するチームは悲しいほどに顔見知りばかり。
だが、チーム全体の質、性能であればおそらく【クリーク】に参加する中で最高と言っても過言ではなかった。
夜斗、才華、葵に空御と悠霧が加わりほぼ名家という破格の状態なのだ。
「まあ必然じゃね?」
「そうですね。わたしと夜斗君が赤い糸で結ばれているように……」
あっけからんとした空御と頬に手を当てて腰をくねくねと揺らす悠霧。彼らは数分前までは必死なアプローチを受ける側として群がられていた。
流石にてきとうな相手と組むわけにもいかない、かと言ってその性格故強くは断れないでいたところに、見かねた夜斗が救いの手を差し伸べた。
そうして、出来上がってしまったのが最強とも言えるパーティだった。
「おーし全員組めたみたいだな」
全員を見渡した竜胆弥が一人満足げに頷く。
「早速【クリーク】に移ろうか。僕から見て右手のチーム二組からどんどん始めてもらうよ。時間は三〇分、フィールドの範囲は印を木々につけてあるから自分で確認するように」
気分で【クリーク】にしたわけではなく、前々から決めていたのだろう。その準備で遅れたと夜斗は勝手に推測していた。
「で、これが大まかな地図」
弥が携帯端末からホログラムを投影する。大きさは自動車ほどで地上から三メートルほどの中空に浮かび上がっている。
「東西に各チーム用の拠点が用意してあるからそこにあるものは自由に使ってくれていいよ。ただし、保護具は必ず着用する事。これは解っているとは思うけども、義務として説明をするよ。まず身を守る事、特殊な繊維と自発型の防御術式がよほどの術式じゃない限りは怪我はもちろん命を守ってくれる。次に、そこから派生する形で各々に設定されたライフが防御術式と連動しているから着用義務。さて説明は終わりとして各自、端末に入っているマップを頼りに移動を開始するように」
「マップを頼りにって言われてもよ」
「こんなの……」
先ほど見ていた3Dマップとは違い、新たなマップは平面で構成されている。その地図上にマーカーでA、Bと表記されているだけで後は点と線の集合体だ。
「確かにこれは普通には解らないな」
ナビシステムに3D描写など便利な機能が充実したアプリではなく、画像データとしての地図を〝読む〟のは素人には一苦労。
理解を示しているのは全体の一割にも満たないだろう。苦言や文句を口にしているのは一部ではあるが内心彼らと一緒なのはその表情から窺い知れる。
「とりあえず、竜胆さんに着いてこうぜ」
夜斗を含めた皆が地図と格闘しているが空御は一瞬地図に目を通すと携帯端末を閉じていた。
「そうね。ここで油を売っていても意味がないわ」
葵が同意すると、すたすたと去っていく。
「夜斗君、行きましょう」
悠霧に急かされるかたちで夜斗はその場を離れる。
広葉樹林の中を歩くこと数分、仮設テントが乱立した場所へと到着した。
「ここで観戦とチームごとに一つのテントを利用して休むなり作戦会議するなり自由にしてね」
それぞれがタープテントを選びその下へと陣取っていく
机と椅子にホログラムディスプレイ、保冷庫とかなり揃っている。
「おー、なかなか充実してるなー」
「飲み物も豊富ですね」
「用意周到というよりも無駄に金を消費している気がする」
「まあ、お金はあまり貯めすぎてもいけないから、学生や従業員に還元しているそうよ」
「経営者の納税対策の一環のようね」
各々がくつろぎ始め、他のテントに走っていた緊張が緩和されだした頃、夜斗達のテントは机を中心として輪を作っていた。
卓上ではホログラムディスプレイには【クリーク】の中継映像が淡々と流れているが見向きもせず、夜斗の用意していた携帯端末に表記されている各役職を簡易的にまとめたものを一同の双眸は映していた。
・【フューラー】ターゲット兼リーダー。 術式移動制限無し。撃破されると競技終了
・【イェーガー】戦闘の要。術式、移動制限有り。近接術式、敵、中立エリアのみ。
・【ウーボード】狙撃手。術式、移動制限有り。遠、中距離術式、味方、中立エリアのみ
・【パンツァー】盾役。術式、移動制限有り。中、近距離術式、味方エリアのみ
・【ファルシュ】囮役。術式、移動制限無し。【フューラー】の代わりに撃破されると勝利
「何で俺が――と言いたいが面白いな」
ニヤリと珍しく夜斗は笑みを浮かべた。
【クリーク】は軍隊の模擬戦を元に構築されており、エリアを三分割して行う。それぞれのプレイヤーに役職が与えられ、各役職は使用できる術式と侵入可能エリアに制限がかかっているのが特徴的な競技。
セオリーの一つがグループの中で最も強い異能者が【フューラー】を務めることだ。現状のメンバーで言えば夜斗以外が妥当な所ではあるがそこを外す。逆を言えば消去法でそうならざるを得ない部分も少なからずあるが、それは客観的にもしくは前情報無しだった場合のみに限られるだろう。
何せ――。
「だろ。誰も夜斗が強いなんて考えない。そこをついてみたおれなりの作戦」
夜斗を【フューラー】に置く、常識外れの提案だった。
昔からの付き合いのある空御や悠霧をはじめ、ここ一ヶ月で実力を見せすぎた才華。加えて同じエンジニアにしてネット上で無法術式を散布している南条葵は先日の件からある程度夜斗という異能者の情報を掴んでいる。
夜斗が【フューラー】になることに誰も異議を唱えない。
内包する感情はそれぞれだが、自然と各々の役目というのも解ってくる。名家が固まっているのだから得手不得手は自他共に理解しているようで、簡単に決まるかと思いきや、
「あたしが【ウーボード】を引き受けるわ」
「え? でもこの中じゃわたしの方が適任だと思うんですけど?」
普通に考えれば悠霧がメンバーの中で随一の【拡張】系統の異能者なのだから【ウーボード】に就くのが適格だろう。
特に広範囲をピンポイントで捉えられるその能力は絶大だ。それを解っているのか定かではないが葵は引く姿勢など一切みせずに話を続ける。
「更科が【フューラー】なのは構わないは正直どの役職に就いたところで足手まといだもの」
「直球だなぁ」
「ああ、その前に確認させて。このゲームの勝利条件は何?」
「【フューラー】を特定してその人を倒すことです」
悠霧が模範解答を口にする。実に彼女らしいところで通常ならば一〇〇点だろうが、この問題の答えとして相応しくないのだろう。葵が呆れたような瞳を向けた。
「普通そう……なら問い方を変えるわ、妥協的勝利点はどこ?」
「相手チームの【フューラー】を特定すること?」
「そう。なら裏を返せば相手に【ファルシュ】を掴ませる事で勝利する。もう解って来たんじゃない?」
【クリーク】において【イェーガー】に【ファルシュ】を討たせる事こそ、葵が考える正解だった。
正直、夜斗もそれは視野に入れていた。この競技、推測だが実力の拮抗した異能者同士を戦わせるという側面があったはずだ。その場合、制限時間が設けられている分、【フューラー】を倒せず終わる試合は何件もあっただろう。そうして生まれた措置からのルールの一種。
「そうとなれば如何に誤認させるか。その上で【パンツァー】の役目が重要になる。特に相手が【拡張】を得意分野とする異能者を二人以上抱えていた時、同時に【フューラー】、【ファルシュ】を狙われた場合【パンツァー】は【フューラー】の守りに徹する」
【ファルシュ】を守る価値が無いから、とそう付け足す。
【クリーク】において設定術式の一つにある防御膜。これは、異能者の身を守るのと同時に競技内における各プレイヤーのヒットポイントにあたる。
強度は【パンツァー】【ファルシュ】【フューラー】【ウーボード】【イェーガー】の順となっている。
即ち、同一術式をぶつけた場合【ファルシュ】よりも先に【フューラー】が撃破される。
両チームに置いて重要な存在である【ファルシュ】をいかに理解しているか、そしてどれだけうまく運用できるかが、【クリーク】では重要なのだった。
「おさらいとしては上々じゃないかしら? そろそろ南条さん自分がどうして【ウーボード】となるのか、紅ノ木さんはどの役職に就くべきなのか説明して頂戴」
黙って聞いていた才華が、パンクしかけの空御や少しばかり不満を露わにしている悠霧、話半分な夜斗達に代わって催促した。
「まあこれに関しては単に消去法。紅ノ木がこの中で空間把握能力が桁違いになのは明白。【パンツァー】の移動制限を踏まえるなら下手に【ファルシュ】と【フューラー】を往復して守るよりも、中間地点をキープして防衛した方が圧倒的に有利。ただそれを成し得るだけの技量と判断はこの中では紅ノ木しか居ない」
手放しの賞賛に悠霧があたふたとするが、
「さっきの事を踏まえると怪しいけれど」
と、上げて落とす葵であった。
「そうなると【ウーボード】の枠で真っ当なのはアタシしかいないのよ」
【ウーボード】は言わば狙撃手と暗殺者を担っている。
実の所、撃破数は【イェーガー】が多いが、【フューラー】の撃破数だけをとれば【ウーボード】の方が多い。
推奨系統は【拡張】それは誰もが予想する選択。ならば属性はという問い、不可視性や順応力ならば風が最も優秀。
逆に炎という属性は適切ではない。派手さと威力はむしろ【イェーガー】が向いている。
それでもなお自分が最も適切だと言い放つその根拠に夜斗は少しばかり興味が湧いていた。
「【強化】系が威力重視なのは知っての通り。けれどもそれだけじゃない。【強化】には他の側面があるのよ。それは競技中にみせるわ」
論より証拠というスタンスらしい。
「後、【ファルシュ】と【イェーガー】だが二人で勝手に決めるといいわ。どっちが英雄を取るかどっちが汚名を被るか好きにして」
それだけを言い終えると葵は、夜斗達から距離を置いた場所に一人で腰を預けると自分の世界へと潜っていった。始まるまで関わるなと言わんばかりだ。
「難しい話は置いといて、後は【ファルシュ】、【イェーガー】をおれと黒須先輩で埋めろってことでいいんだよな?」
「ああ、それで間違いない。ただこの作戦は色々と厄介な点があるがな」
主導権を葵に握られた段階で必然的に作戦は自滅。それも【ファルシュ】となった名家の敗北によって。
「……私が【ファルシュ】に――」
「いやおれがなりますよ先輩」
空御の台詞が才華を遮った。彼女が理解しているのは明白。苦悩に満ちた表情が物語っている通り、面目とお人好しな性格が災いしている。
「どうしたんだ空御? 花形だぞ」
「おれよりも一撃が重い黒須先輩の方が良いだろ。それに機動力なら自信あるし、囮なら向いてると思ったんだが。何か作戦があるなら逆でも――」
「いや、別にそのままで大丈夫だ」
彼の嗅覚が鋭敏過ぎたのか、その優しさという経験が警鐘をならしたのか、彼は才華を立てるかたちで彼女を守った。
ホログラムディスプレイで流れていた賑やかな映像が終了し、静寂が訪れるかと思いきや、小さなアラームと文字が浮かび上がった。
「お。おれ達か。じゃあ行こうぜ」
「えーっと……場所は、ああ空御君、確認するんですから待っててくださいよ~」
「ん、大丈夫だぜユーリ。ここに入ってる」
側頭部を二回指先で叩き、ドヤ顔を決める空御だった。
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