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6話

代表会議の会場へと向かうべく夜斗と才華は舗装された森林の中をゆっくりとした足取りで歩いていた。

とは言っても、夜斗は道中人の気配が消えるまで歩くことすら許されておらずつい一分ほど前にようやく解放された。

港近くまでは抗議をしていたが、意外なことに影の拘束というのが固くも柔らかくもなく包み込むようなものだった。そもそも影には質量が存在せず、オーラで擬似的に質量を与えて操作している。

彼女が気を利かせてくれているのか居心地はさほど悪くはなかった。

森林浴を演出するためか遠くから小さな滝の音が木霊しており、小鳥のさえずりも仄かに届く。

木々の隙間から差し込む天然光をしるべに道なりに進んでいる最中、ふと夜斗は小さな疑問を口にした。

「生徒会長? ああそう言えば居たわね、そんなの」

「おい、副会長がそんな雑な扱いしていいのか」

 ほんの数分前、話題の中心であった人物をかなりぞんざいな扱いをしていた。人としては優秀でも人柄はあまり気に入られていない様子だ。

「いいのよ。そのくらいしても罰は当たらないわ」

「そんな言い方酷くないか、なッ」

 機嫌よく才華が話していると彼女のふくらはぎから太もも、脚の付け根までに微風が流れた。

「――ひゃん……とでも言うと思ったのかしら」

「ふむ、黒か――やぁおはよう、黒須君に更級君」

 無垢な顔だちと無邪気な表情。細身の身体つき。見方を間違えれば少女とも言えなくもない少年。夜斗よりも年下言われても誰も疑問を挟まないだろう。ポーズは万歳と言えなくもない、傍からみれば間抜けそのものだった。

 気にした素振りはなかったが心中では導火線に火が入っていたようで彼女が舞う様に血の散弾、影の槍を躊躇いなく小柄な少年へと向けていた。

 しかし対する少年はいとも容易く避ける。その表情は柔らかく余裕が見受けられる。いかに才華が本気ではないにしても、彼女の攻撃がかすりもしないのは中々見れるものではない。

 ただ、その回避している姿はどう見てもバ○ブの振動を意識しているようにしか思えない。

「ええ、おはよう、ござい、ますッ」

「いや~今日もなんというか健気だねぇ。というかあれかい、僕が学園を離れている間にゴールインでもしちゃったかい」

「んなッ!?」

「おッ! その反応はあれだね、もう既に更級君の精子が黒須君の子宮にゴールイんぶはっ」

「とりあえず。会長、おはようございます。後、女性に対してそれは下品すぎではないでしょうか?」

 傍観を決め込んでいた夜斗だったが飛び火を受け、肥大しないよう即座に沈静化を図った。幸い、この変態は夜斗の放った捕縛用の〝呪符〟にあっさりと捕まりその軽い口をつぐんだ。引き際と言うか限度というモノを弁えている様で、これ以上すると才華の顔が茹でだこを越えて赤鬼へと変貌せんとするギリギリだった。

「ハァハァ――」

「いや~、まあなんというかね。師匠の影響が少なからずあるとは思うけども……今の彼女をみてごらん?」

 夜斗は視線を才華へと向けた。珍しく息が上がっており、若干ではあるが汗を浮かべている。ただ手を膝に乗せているだけだというのにどこか扇情的に映った。今も会長を睨まんと顔を上げるがそれが更に拍車をかける。お尻を高くつき上げ背中を弓なりに逸らしている格好は、最後に投げキッスでもすればイチコロの悩殺ポーズになるだろう。

「……否定はできないですね。それでもこれに関しては会長に非があるかと」

 素っ頓狂な表情を作りかけた会長へと一睨みすると、冗談だって、と返し、

「これでも一応役職『会長』だからね。最低限の仕事はしないと」

「なるほど」

 彼が会議へ出席する道すがらに後輩を見つけ悪戯心でも芽生えたのだろう。

 ある程度憶測を纏めると興味を失った夜斗は歩みを再開する。

才華が、ちょっと待ってよ、といった様子で早足で夜斗の横へと並ぶ。会長は相も変わらず二人の後方からついてきていた。

「ねえ夜斗?」

「なんでしょうか?」

「着てからはさほど違和感がしなかったのだけれど。ここ、薄くない?」

 才華の疑問を夜斗は黙考した後すぐさま納得の表情を浮かべて返した。

「鳴上島は人為的に空気の濃度を下げられているんだ。加えてオーラの消費――正確には展開してからそこに留まる滞在時間を強制的に短くされている。だからいつも普通に使える能力でも名家にとっては異能の行使に違和感はないが、体力は平時以上に奪われているという訳だ」

 ただし、【付与】系統を得手とする才華の場合は〝体感〟が自然とオーラの消費に歪を感じ取ったのだろう。

夜斗は意識して初めて島の違和感を察知したが才華は経験からその情報を得た。紛れもなく彼女は優秀だと言えた。

「空気を薄くするのはなんとなくだけれど理解できるわ。けれど、オーラの『持続力場』を弱くさせられるのはどうなのかしら、と」

「最もな考え方と言うか、そこまで意識を向ける人はそういない。精々、環境が違うからいつもより調子が悪いくらいにしか考えない。でもここがあえてそうしてるのはいくつか理由があるらしい」

「らしい? 曖昧ね」

「実際の所、俺はこの土地の事を詳しくは知らないからな。成上島――現在は異能者機関、中央市に在る異能者協会が保有する島で年に数回、教育機関が合同で合宿したり、国軍の演習に使われたりするくらいの事と、本筋である〝薄い〟理由……感覚や出量の強化」

 低酸素トレーニングの要領を異能の核とも言えるオーラにスポットを当ててアプローチする環境を提供するのが目的だろうと夜斗は淡々と語っていく。

「薄いときちんと把握すればオーラの出力を上げる。かつそれを霧散させないよう維持する。そういった当たり前の基礎、地力を鍛えることができる――完璧ではないにしてもそんなところだろう」

 結局のところ推察の域を出はしなかったが、概ね間違いではなさそうだ。

「ただ……それが全てじゃないんだよねぇ成上島は」

 引っかかる台詞を会長が吐いたが、それは開けた土地へと出た途端に飲まれ消え失せた。

 成上島の中腹部。その一角にポツンと佇む平屋建ての屋敷。隣接する小さな池には錦鯉が悠然と泳いでおり鹿威しが静寂を際立出せている。

 いや違った。その静けさを演出していたのは屋敷の前で佇む少年少女だった。彼らが放出するオーラが自然とその空間に溶け込んでおり、浸透力と圧力を感じさせている。流石、各教育施設の代表だ、と夜斗はそれぞれに目を寄せていた。

「遅いで、九十九んとこ。今回の総締はおめぇんとこやろ、祐」

「や~、八重の会長。時間は指定の一一時半の五分前だよ。遅れては無いというか、皆が早漏なだけだって~」

 九十九学園会長――祐が、人垣を割る様に登場した八重の会長と向かい合う。夜斗と才華を挟んで。

「まぁともかくさっさと入って会議を始めようよ~」

「皆、鍵を預かっとるお前を待っとったんやッ」

 そんな苦言文句を流して祐が屋敷を開錠するのだった。


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