5話
今回も行間が詰まったままで申し訳ないです。何時か、時間のある時にでも調整をしていこうと思うので、長い目で見て頂けると幸いです。
ショッピングモールでの騒動はニュースとなったが、死者ゼロということもあり一夜にして沈静化された。
人の興味は移ろいやすく、それこそ死亡者が出たとしてもこのニュース連日程度、一週間もすれば意識から薄れていただろう。
実際夜斗達もあれから数日経った今では事件のことなど、この海原のように広い脳裏のどこか片隅に流していた。
「ん~、気持ちが良いわ。夜斗もこちらに来ればいいのに」
「遠慮しておく。どうして今の時代にクルーザーで島に行かなければ……」
九十九学園生が居るのは大海原だった。
大型クルーザーが各教育機関によって手配され九十九市――旧千葉港から出発した船旅は四時間かけてゆっくりと成上島へと到着するようで、その間の時間は自由となっていた。
夜斗もまた例に漏れず自由に使うべくあてがわれた部屋に引き籠ろうとしていたが、クルーザー内で開かれた代表者による会議を終えた後、才華に捕獲されこうして炎天下へと運ばれた。
クルーザーの前方部。開けた場所には先客がちらほらと点在していたようで、才華の登場と同時、動画が一瞬読み込まれず固まったような沈黙に包まれた。
高嶺の花が何の前触れも無く現れたのだ、ほんの一瞬だとしても目を、意識を奪われてしまうのは仕方がない
「そう言わず、日陰に居ないで少しは太陽でも浴びてはどう?」
クルーザーの隅、屋根が設置されている所で夜斗は端末を開こうとしていた。
「わざわざ炎天下に身を置く理由が解らない」
「はいはい。ならこうして――悪くないでしょう?」
無理やり腕を絡めて日光の下へと晒していく。
――吸血鬼の癖になぜ日光を好むんだ……。
彼女の『フェアエンデリング』を知っている夜斗は、その術式のベースとなっている生物〝ヴァンパイア〟の特性である太陽光が弱点の部分が働いていない事にため息が零れる。
能力を発現していないのだから当然なのだが、その特性がほんの少しでも出ていればと思う夜斗であった。
さらにはこの日射に加えて周囲から刺さる視線が居心地を悪くさせていた。
「ほら風もあって、これぞ南国って感じがするじゃない、風情っていうのかしらね?」
手すり付近にまで近づき目下は光を反射する海が広がっている。嫌になる程の眩しさだった。
だが、夜斗は心底嫌いにはなれなかった。どこか温かさを感じる煌びやかなこの海を。
それを顔に出したり、ましてや言葉にしようものなら隣の小悪魔が喜ぶだろうことが一番釈然としない夜斗は皮肉で返すことを選んだ。
「にしては島の一つも無いがな」
「本当にもう……」
数分間、自然を眺めていると遠くから何時もの顔ぶれがひょっこりと顔を出した。
その片割れが猛ダッシュで近づいてくる。たわわに実ったそれを揺らしながら。
「だ~か~ら、抜け駆けなんですよッ」
ハァハァと息を切らしながら駆けてきた悠霧。荒い呼吸に合わせて揺れる二つの果実。
否が応でも注目の的になるが当人は一切気付いておらず、勢いよく顔を上げ夜斗と才華を睨みつける。上下する胸元がここ一番の揺れを起こし静かな歓声が上がった。
「夜斗君も夜斗君ですよ、どうして部屋に居ないんですか!?」
「いや、黒須先輩が無理矢理ここまでだな……」
「なら断ってくださいよッ」
「そんなの無理よ。私が魅力的だもの」
才華がフフッと不敵な笑みを湛える。勝ち誇った彼女に対して悠霧がぐぬぬと効果音が流れる程の嫉妬が漏れ出ている。
修羅場と化しそうな現場へとゆっくりとした足取りで赴く空御がほくそ笑んでいた。
「両手に花だな夜斗」
「……」
空御が夜斗をからかっている最中。犬猿の仲とも言える美少女二人がいがみ合っていたのは言うまでもない。
「お、見えてきたな」
船の進路方向の先、米粒ほどではあるがようやく島が顔を覗かせた。デッキの最前部へとちらほらと学生が集まっていく。
期待に胸をふくらます者。
緊張を抑えようとする者。
自信をたぎらせている者。
それぞれの思惑を抱えたままクルーザーは、到着までの時間をただ波音を立てながら突き進むだけだった。
「さてと、ようやく到着ね。もう少しゆっくりとして居たかったのだけれど致し方ないわね」
港へと着岸したクルーザーを名残惜しそうに眺める才華を他所に話しかけられていたであろう夜斗は、あえて聞いていないふりをしながら浮桟橋をすたすた歩いて行った。
彼と肩を並べて歩く空御と悠霧。
ふと空御が疑問を浮かべ口にした。
「そういや他の学校のやつらは何処なんだ?」
「おそらく島の各教育機関に割り振られた宿泊施設に既に移動しているんじゃないか?」
「んでもクルーザーが見当たらないぜ」
港から伸びる複数の浮桟橋は九十九学園の一隻のみが鎮座しているだけで他には形跡が見当たらない。
「島の裏手にも係留施設があるわ。そちらに今二隻留まっているそうよ」
才華がスルーッと気配を感じさせることなく夜斗の隣をゲットした後、補足した。
ムスッとふくれっ面を浮かべる悠霧ではあったが、幸い反対側をキープをしていたため、少なからずの安堵は訪れていた。しかし、独占欲は勝手に働くもののようで、少しでも彼の横は私、と主張するようにか細く握っていた服の袖を自分の方へと引き寄せていた。
「ん、どうかしたか?」
「な、何でもないですッ」
「まあともかく、さっさと宿へと――」
「あーいたいた、夜斗君とえっと黒須さんも一緒のようだね。良かった良かった」
人ごみをかき分けてきたのはモヤシもしくは白アスパラガスを連想させる人物。この暑さの中でもぶれずに白衣を纏いボサッとした髪を上下させながらハァハァと息を荒げてようやく夜斗達の下へと辿り着いたのは阿戸慎之介ことシンだった。
「どうかしましたか先生?」
「うん、代表として会議に出席してほしい旨を黒須さんに伝えようと思ってね」
「私がですか」
「そう。他校への体裁というか、いくら実力主義の機関といっても建前や看板っていう世間体というか……ともかく今年はホストが九十九学園なのは知ってるでしょ?」
「ええ、まぁそれは」
要領を得ないシンの発言に戸惑いを隠しきれない才華の返事もどこか宙に浮いているようなものだった。そんなことを気にする余裕がないのかシンの続きは萎むようにか細い声へと変わり果ててしまう。
「例年通りなら生徒会長と総代表の二名を立てて臨むんだけど今年は……」
そう今年は総代表であり名家の一角でもあった四月朔日が事件を起こしたために現在、総代表の枠は生徒会長が暫定的に埋めてはいるが……。
「あの人が今は兼任していますね。その事は私も把握しています。けれど当人が不在と」
「彼なら連絡をした限りでは会議までにはこちらに来ると言ってたから大丈夫だとは」
「ならどうしてですか? あの人なら一人でも事を回せるはずですよね」
「だからこそだよ――一般異能者が目立ちすぎちゃいけないんだ。君なら、いいや、君達ならこれの意味が容易に理解できるんじゃないかな?」
そこにいた一同は脳裏に先月の事件がいとも容易く浮かび上がった。
それと同時に夜斗以外の三人は思い返す。表向き事件を解決したのは彼らの実力そして追従するように地位と名声が嫌でも縋り付いている。
だからこそ、この話の流れで九十九学園の生徒会長の像も付随してくる。
「彼は九十九学園創設以来、初めての一般異能者でその座にまで上り詰めた学生なんだ。もう言う必要はないと思うけど――」
口調は変わらず静かで自信の欠片なんて一片も持ち合わせていない。けれども断ることの出来ないものだった。差し詰め迷宮、それも常に姿形を変える、たちの悪さ。おそらくどう転んでも黒須才華という探索者を逃がさないようになっていた。
ただ黒須才華は捕まっても無抵抗では死なないようで、諦めない、正しくは往生際が悪いとも言えようかチラッと夜斗の方へと流し目を送る。
夜斗は彼女の不意な行動にドキッとしたがそれがどうにも恋心や異性として魅力などとは縁遠い、例えるなら悪魔に心臓を握られたようなどうにも不快もしくは恐怖とも捉えられる実に嫌な感情だった。
過大解釈の末、才華が口を開いた時に夜斗はサッとその気配を消していた。
「ええ、解りました。引き受けさせていただきます。しかし会議の情報は一切知らないのでその用意や準備が必要です」
「データを送っておくよ――後、必要な物はないと思うけど大丈夫かな」
「そうですね。補佐が欲しいです。特に情報系統に強いもしくは場慣れした人物が」
「そうだね。僕はパッと紹介できる学生が居ないから君が選んだらいいよ。代表とかだと面目も立つしね」
シンの台詞を受けた瞬間。ヘビもとい才華が自身の影を操り、逃亡を図っていた獲物を羽交い絞めにすると共にずるずると引き寄せていく。
「おかしい、何もかもがおかしい」
捕獲された夜斗の内心は講師の前で勝手に術式を起動する事とか、実は前々から練られていた誘拐計画とかあげれば枚挙にいとまがなかった。
「まあそういう訳で二人とも頼んだよ」
そう言い残してモヤシはさっさと去ってしまった。彼の背中が雑踏に消える頃にはポカーンとしたままの友人二人を置いて才華と夜斗は会議場へと意識と歩みを向けていた。
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