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4話

「ええ。全部この住所に郵送で――はい、お願いします。支払いは一括で」

 ブティック内でも数個しかない買い物用のカゴ三つ全てをパンパンにした男性客である夜斗は萎れたモヤシのような状態のままなんとか会計を済ませた。

 購入の際に表示された五桁をサッと払った少年にレジを打っていた女性店員は少しばかり驚いた顔を浮かべているのだった。

 その後、場所はモール内に増築されたであろう空中庭園を模したカフェへと移った。

「んー、買ったッ~~」

 一息つけたのか、紡姫が大きく声を出し背伸びする。

 一同――主に女性陣だが、買い漁った品物が足元に展開されている。服、化粧品、お泊りグッズ――多種多様だ。

 男子二人はと言うと明暗きっちりと別れていた。

 空御は女性慣れしている分余裕があるようで、テラスに座っていても疲労一つ見せない。むしろまだまだ回れるだろう気力が窺える。

 対しての夜斗は机に肘を立てて手の平を重くなった身体を支えるため額に当てていた。璃音と外出する際は目的地まで一直線に行き、必要品を買うとすぐさま出ていく。それが当たり前だった分、この無駄な疲労感に心身ともにダメージを負っていた。

「予想以上だなこれは……」

 しかしこうして必需品は買えたわけで後は休憩を挟んで帰路へと着くだけだ。もう終わったと言っても過言ではない。

 安堵のため息を零してから注文していたコーヒーを一口嚥下する。

「そんなのでは今後身が持たないわよ?」

 横に座る才華がカフェラテに口をつけてから心配する素振りをみせた。

「誰のせいだと――んッ!?」

 夜斗は文句の一つでも言おうと顔を上げた途端に、口腔に何かが侵入した。初めに感じたのは舌に金属的冷たさ。その後甘さが口内に広がっていく。最後はその金属であったモノ、スプーンが抜き取られていった。

「どう美味しいでしょ? ここのパフェ」

 疲れた身体にもったりとした甘味、だが溶けて飲み込む際には重さは無くすんなりと入っていく。子供よりも大人向けの実に才華らしいチョイスのデザートだった。

 不服ではあったが夜斗は美味しいと呟いた。

それをまざまざと見せつけられていた悠霧が黙っているわけはなく、若干恥じらったような赤面で自分のパンケーキを切り分けて夜斗へとフォークを伸ばす。

ふわふわの生地にベリー系のソースだろう赤紫色の濃厚な液体がとろりと纏われている。

「あ、あーん」

 羨ましそうに対面の空御がすねた表情をつくっているが、それどころではなかった。

【付与】系の呪術にでもかかったのだろうかと間違えるくらいに、逆らない引力がそこにはあった。

 相互に近づいていき、もう首を動かせば届くという距離。甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐる。夜斗は頬張らんと動いた時、黒いカーテンが視界を遮り開けた瞬間には、パンケーキは元から無かったようにただただ空っぽのフォークだけが宙に佇んでいた。

「な、なななな何するんですか――――ッ!」

「甘すぎず酸味も程よくて芳ばしいパン生地とよくマッチしているわね……あら、私にくれてるのかと思っていたわ? 違ったのかしら」

「どう考えてもあなたじゃなかったですよねッ。夜斗君に食べてほしかったんです。それくらい解りきった上でやってますよねッ! 確信犯というか、悪意と敵意と害意しか――」

 ――ゴォオオオオオオンッッ。

と、悠霧の怒りを語る様に何かが爆ぜた。

 轟音は連鎖していき不協和音を奏でる。

「な、何!?」

 紡姫の戸惑いをよそに音源の一つが近くで轟く。ショッピングモールに備えられている警報装置が意味をなさない程の煩さ。

 遠くで警備員と思しき人々が出入り口で誘導を必死に促しているが誰一人としてそれに従おうとしない。

「自立型の補助機械模型(オーグジュアリ)かッ……」

「なんだぞれ?」

 空御の疑問がその場にいた全員の代弁だった。

「そうか……お前達には馴染みがない単語か――なら戦闘用補助装甲(エイドアーマー)と言えば概ね解るだろ?」

「なんでそんなものが商業施設に!?」

「民間企業がエイドアーマーの機構を買い取り、異能を持たない人の補助システムとして造られた非殺傷模型の総称――とは言っても、自重だけで簡単に人は潰せるし、勢いもあれば建築物も砂の城のように崩せる代物だ」

「〝長々と・説明・どうも〟――ッ!」

 空御がヴォイスコマンドとして言葉を紡ぐ。

『Air Line』――三節詠唱の攻防一体の術式。風属性、系統【強化】を覚える上で最も基礎的な役割を果たすスキル。破れやすい生地を均等にそして大きく作るイメージが必要とされる。オーラの出力、濃薄、維持、異能者の基本技能全てのレベルが高い者ほど『Air Line』は輝く。

 かく言う空御の技術力は申し分ない程で、境界線を引く様に風の膜が生み出され、瓦解するビルの破片が宙に固定される。

 目下、全ての空間を覆いきる規模をこの一瞬、それも詠唱を本来のものとは違うかたちでだ。

 咄嗟の判断力もさることながら、応用力、選択、適切な力量――戦場の経験者だけの事はあると夜斗は納得していた。

「――視つけました……九時、一二時、二時方向に各一体ずつです」

 悠霧がきっちりとスイッチを切り替えており位置情報を掴んでいた。この中でダントツの【拡張】系の使い手。ショッピングモール全体を包むほどのオーラ総量にそれを担える程の処理能力。紛うことなき名家。

「どうしましょうか。このままわたしが」

「いや、悠霧には一般人の誘導と安全確保を頼みたい。恐らく警備員だけじゃ人手が足りない。特に子供や老人は避難が遅れる可能性が高いそういった人たちの発見も一緒に頼む……後、神代さんの保護も」

「解りましたッ。任せてください」

「じゃあ正面と右方向は私が行くわ――左は」

「おれが――」

「俺が行こう」

 空御の申し出に割り込んだのは意外なことに夜斗だった。

「空御は瞬発力、反応速度が高い。もしもの時への対応を見越せば、俺よりも空御が残る方が適切だ。――消去法で俺が止めに行く」

「呪符とか無いんじゃ」

「問題無い。外出する時は、最低五枚はしのばせている。それに昔とは違ってある程度のオーラが戻ってるからな」

「おいおい、それってどのくらい」

 疑問を口にした空御。

三者三様。友人として、そして異能者として夜斗の実力を知る機会に期待の眼差しをしていた。

「三節は数回程度――一節なら……二〇回はかたいな」

 拳の握る緩めるを繰り返し、貯蓄されている自分のオーラの総量を推し量る。

 万能型異能者と比べても圧倒的な総量の少なさだ。継戦能力で言えば赤点。持って三〇分がいいところ。名家である空御、悠霧、才華は隠せるはずもない落胆を滲ませていた。

 しかし。当人はあっけからんとしており、さも出来るだろうという自信を溢れさせている。

「まあ安心しろ。死人は出さないよう気を付ける」

「そ、そう……それじゃあ行きましょう」

 才華の掛け声を皮切りに夜斗は行動に移した。

「〝KraftHeben〟」

 夜斗は簡易詠唱で身体能力強化の術式を自らに施す。

 カフェテラスから躊躇いなく飛び出すと、左斜め上空部へと刹那の間に視線を移すとモール内の壁面を強く蹴った。そのまま向かいの壁、オブジェクト等へと移動を繰り返し、目標地点へと着いたのはものの三〇秒とかなり早かった。

「ふむ、建設用の補助機械模型『typeクリオネ』か……」

 遠くへ目を寄せれば駅方面に増築する案内板らしきものと立ち入り禁止の標識と防災シートにフェンスとあつらえられたようにあった。

 目線を戻せば、動きがいくらか抑えられた補助機械模型。

 体長は二メートル強のクリオネ。

 胴体から伸びた羽状の部分――翼足は姿勢制御を担い。下半身部分には浮遊装置とその内部には大小さまざまな工具が内包されており、それらを上半身部分が開口し六本のしなやかな多関節機構が適宜、腹部の工具を選択して使用するという。

「〝Zwang〟」

 拘束術式を瞬時に展開されると『typeクリオネ』の周囲から光の鎖が幾重にも伸び、雁字搦めに絡まる。

 だが、咄嗟に反応したのだろう。頭頂部から六腕が展開され、それぞれに工具と言う名の殺傷兵器が取り付けられ、駄々をこねる子供のようにその腕で周囲を薙ぎ払う。

「ッチ」

 動き自体は単調であり鈍器、刃物の類の攻撃に光の鎖は微塵もびくともしない。

 しかし周囲の建物はどうだろうか? 

 いとも容易く破壊されていく。幸いその棟にいた人々は避難を終えている様で人的被害は無かった。

 崩れ落ちる瓦礫は空御が制御している術式『Air Line』のおかげで一階までは落ちないで済んでいる。

「面倒だな――〝(なず)め・束ねて・(いまし)めろ〟」

 拘束術式を発動し、改めて相手の動きを阻害する。簡易詠唱とは違い完全詠唱のためその強度と捕縛性はかなり高い。

 しかしそれ相応に代償はあり、空御達からすればそんなのはありえないだろうと思われる問題。三節以下の術式を数回使用しただけで夜斗のオーラは半分以上失っていた。

 それに伴って肩が少し上がっている。

 ――まだこの程度か。

 自分の状態を把握するとほんの少しだけ苦い表情を作った。

「他は――」

 モールの反対側。才華が二体を相手取っていたが、夜斗が戦闘を終える頃には彼女もまた無力化していた。

 涼しい顔でこちらに手を振る。嫌でもスペックの差を見せつけられた。現実逃避するように視線を下へと移すと地面が揺れていた。

 荒れ狂う波のように人垣があらゆる方向へと鳴動している。被害は抑えられたがモールの利用者は未だに気付いていない。

 悠霧がどれだけ声をあげても見向きすらしない。恐怖と狂気に飲まれたその渦はあらゆるものを吸収する。

 その最中。人波を逆方向に縫って進む一人の少女――紡姫が居た。切羽詰まった表情だが、目は死んでいない。何か手段が希望が彼女の中に眠っているのだろう。

 紡姫がその足を止めたのは一階フロアの中心。噴水の中だった。ビチャビチャになろうとも関係なく進み、階段状の頂点へと昇ると深呼吸を繰り返す。そうして意を決してゆっくりと開口する。

 歌だった。

 なんの変哲もない歌。それに意味があるのかと言えば無いと夜斗は言い切る。されども結果は訪れ、じょじょに人々が興味を示していく。それは連鎖を生み騒然とした足並みが着実に静寂へと変わっていく。

「落ち着いて下さい。状況は変わりました。安心してゆっくりと出口に向かってください」

 歌い終え間を取るとそう言った。さながら御旗のような聖女。その佇まいもさることながら声音に凛とした強さと柔らかな優しさが詰め込まれている。老若男女問わず魅了された一同は彼女の言葉通りに動き出した。

「凄まじいな……」

 夜斗の口から自然と感嘆が漏れる。決して異能が発揮されていたわけではない。予兆や前兆、工程、結果どの部分を切り取ってもオーラの余韻、波長、残滓が無かった。彼女は完全に素の力で群衆を制御してみせたのだ。

 興奮にも似た戦慄が夜斗の中を駆け巡っていた。


 モール一階。自衛隊が到着してから早三〇分。

 国家の防衛組織であった自衛隊は昔とは違いもっぱら人命救助や災害派遣といった任務が主だったものへとシフトしている。

「解らないだってよ」

 自衛隊員から話を伺ってきた空御が夜斗、才華、悠霧、紡姫の元に戻ってきたようで、開口一番がそれだった。

「テロなのか悪戯なのか、はたまた暴走、回路の異常、異能の影響、何をどうしたらそうなったのかの一点張り」

 家柄的に自衛隊に融通の利く空御が情報収集に走ったが空振りに終わったあたり額面通りなのだろう。

 夜斗は思案顔をつくるがこれ以上首を突っ込んでも得策ではないだろうと判断し、思考の海からあがった。

「まあいいか。それより神代さん、すごいな。貴方のおかげで被害はかなり抑えられた」

「そ、うかな……あはは」

「や、夜斗君が手放しで褒めるなんて……」

 悠霧に次いで空御と才華もまた驚きの表情を浮かべている。

「まあ実際紡姫のおかげで助かってる訳だしな、おれからもありがとう」

「大したことじゃないよ。誰かがやらなきゃいけない事をできる人がそこに居て、できる状態だったからやらなきゃいけないって思って」

 照れながらも自論を展開する彼女。

年端もいかない少女の発言。言うこと自体は誰にでも出来るが、神代紡姫は行動に移し結果を出す。その事実が夜斗を含めた四人に強く影響を与えたのは言うまでもなかった。

「あッ」

遠くから時間を知らせる音楽が喧騒の中でも確かに響いた。

「ごめん。園の子たちのご飯作らないといけないから帰るね。今日は本当に楽しかったよ、ありがとう皆」

 そう言い残した紡姫が雑踏の中へと消える頃にようやく彼らは彼らなりの咀嚼で彼女の言葉を飲み込めたようだった。


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