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1話

 ゴールデンウィークとは何だったのかというくらいに時間が経ち、桜は葉桜へと変化し、代わりに九十九市内を彩るのは、紫陽花の小さな花達。

 五月末、九十九学園の学生は、暑さと眠たさに一方的な勝負を挑まれていた。

 金曜日の六限目。工学科と普通科の必修科目――『術式工学』。工学科には必要なのは明白だが、普通科にも必要なのか? という疑問が、二ヵ月弱の空御達普通科の一同は思っていた。


「これぜってぇ要らねぇって……」


 扇状の講義室。その窓側の最奥席で空御は玉のような汗をかき机の上に身体を投げていた。直射日光の被害を大いに受けてか、ブレザーを脱ぎ捨て、カッターシャツ一枚だけだ。それでも熱が籠るようでボタンを二つ目まで解放し黒のインナーが顔を出している。


「残念だが、工学科よりも、普通科――まあ実戦するだろう異能者の方が必須な内容だったりする」


 その横でブレザーを着崩すことなく、涼しげな顔で夜斗は講義をまとめていた。

 机に内蔵されたPCに、壇上で教鞭を執っているシンこと阿戸慎之介のゆったりとした口調から綴られる情報とその後ろのARボードに流れる情報全てを高速で写しとっている。


「なんでだよ?」

「そんなことも知らないでよく特待生で居られますね」

「悠霧!?」


 思わぬ方向から矛が飛んできたことに驚いて、空御は顔をそちらの方へと勢いよく向けた。

 夜斗の隣で静かに講義を受けている悠霧は、空御を一瞥するだけに留めた。


「術式を理解する必要性は解樹先生の著書にも度々でてきているんです。シン先生がよく例えに出す、運転手と車の関係。異能者は自分が使う術式をチューンできなくても、構造を把握するくらいは必要なんですよ。特に軍用術式は、回路が複雑なものが多くて自分の体調やオーラの状態とすり合わせられるくらいの技術は必須ですから」

「っちょ、なんでそんな詳しい、つか自信ありげなんだよッ?」

「そんなの決まってるじゃないですか。未来の夫の仕事を理解するのが良妻というものなのです!」

「そうなのか。悠霧はその誰かのために頑張っているんだな」


 夜斗の柔和な表情が悠霧を捉えたが、彼は全くもって悠霧が誰に向けた台詞なのか解っていなかった。そのせいで彼女は頬を膨らませて不満を漏らす。


「ところで、二人は来月の三校合同合宿の準備って済んだか?」


 暑さとは別の汗を流して空御が、話題をすり替えた。


「この週末に行こうかなって考えてますね」

「俺は……宿泊セット持っていくから問題――」

「ちょっと待ってくださいッ。あれですか、あれですよね!?」


 悠霧が講義中にもかかわらず、声を荒げた。シンの苦笑いが窺えるがそんなことはお構いなしにと彼女が言葉を続ける。


「ジャージとかウィンドブレーカーの類に、替えの無地の下着、歯磨きセットにタオル……娯楽要素、お洒落要素、皆無のあれですよねッ!?」


 何時だったか、夜斗が悠霧の家へと赴いた時の事だ。前日に宿泊セットを持参とあり、持って行った際にいつも笑顔を絶やさない彼女が、夜斗のキャリーバッグの中身を覗いた瞬間に固まったのだ。

 その時のことは強く印象に残っている。


「あ、ああ。あれだが。必要な物は全部詰め込んでいるが?」

「ぜぇ――――ったい、駄目です、あんなのは駄目ですッ。せめて服くらいは買いに行きましょう!」

「あったところで……」

「いやさすがにおれでも思うぞ。お前の部屋のクローゼットに制服と運動着しかないのはどうかと」

「外出するのに困らないと――」

「馬鹿か」

「馬鹿ですか」


 友人二人が息を合わせての罵倒。

 少しばかりのダメージを受けて夜斗が消沈しているのをいいことに、両翼の男女は作戦会議を開き始めた。


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