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オープニング

 五つある分散型学術研究都市の一つ、五蘊(ごうん)市。元は茨城県つくば市とその周囲の市の合併地。昔から学術研究都市として有名な所だった。それらの影響により、ここは他と比べて最も発展しており、研究所が最多数を占めている。四六時中、在中している研究員たちが昼か夜かも解らなくなるまで研究に没頭している。そのため眠らない街とも言われていた。

常に自然光と人工光が織りなす舞台に夜風が運ぶのは女性の歌声だった。


――ベルカント。


イタリア語で美しい歌と言われるこの言葉が適切だろう。

それは研究所から漏れだす雑音や、風に揺れる植木、人々の会話、大型モニターに映るCMすら塗りつぶし、五蘊市の主役だった。

しかし美しいものには毒なり棘なりがある。それこそ女性をみれば一目瞭然だ。美人ほど腹に抱えているものはどす黒い。


この歌にもそれはあった。ただ、前述したものは触れなければいいだけの話だが、これはそういったことではない。否が応でも振り撒かれる美声には魔性がついていた。

気付かない内に毒は蒔かれ、花開く時には遅かった。

研究所に併設されている駐屯地。有事の際に即座に対応できるようにとつくられている。その駐屯所内の宿舎。ちょうどゴールデンウィークということもあり、街へとくり出している軍人が多く、あまり残っていなかった。 


ただそれが幸か不幸か。

在中している兵のほとんどが二等兵だった。彼らは一般公募からのため異能者ではない者が殆どだ。


『戦争は異能者の舞台』


 その定説により、彼らは異能者同士の戦いで起きる二次災害を専門としている。だからその弛緩しきった空気に、一つの種がばら撒かれた瞬間に――一変した。


「あぁあ」


 一人の男が壊れた機械人形のような声を漏らした。


「どうしたんだ? 女とヤれなさ過ぎて、とうとうおかしくなっちまったか?」

「ハハハッ……一応、五蘊市にもそういう店あるぞ。まあ質は言わずもがなだが、な」

「んなら、九十九市の『陥落街』行った方が何倍もマシだわ」


五蘊市の内容上、特に何も起きないのに、複数人で共同の部屋に押し込められている階級の低い軍人は、ストレスに悩まされる。

そんな場所だからこそ水商売に目を付けられる。

裏通りと呼ばれるそこは、霞ヶ浦方面に広がっている風俗店密集地。俗に言うソープランド街である。


「間違いない。あっちの女とヤれるなら死んでもいいく――」

「あぁあああぁ」


男の壊れた声は、他の男たちの会話を揉み消す。


「ぁぁぁああああああああああああああああ」


 そして、飲み込んだ。

 共同部屋には各それぞれにベッドと机、ロッカーが与えられている。

 吠えた男は、自分のロッカーから護身用に携帯を許されている拳銃を取り出すと、躊躇いなく引き金を引いた、引き続けた。

白を基調とした部屋には新たに赤色がぶちまけられる。


「お、おま、なにやって――」


 言葉は銃声と銃弾によって阻害され、一人、また一人と身体を撃ち抜かれていく。国民の血税で賄われている弾丸が自分たちに牙を向けている。


「「「あぁあああああああああああああ」」」

「あぁぁぁあぁあああ」


 二つの絶叫が混じりあう。

そうして、装弾数二〇発中一九発を撃ち終えると、拳銃を手にした男は自らの側頭部に銃を突きつけると引きつった笑みを浮かべてトリガーを人差し指で押し込んだ……。




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