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22話

夜斗達は風を切って夜空を疾駆する。

音を置き去りにするほどの速度を出し、夜斗と悠霧を運ぶ空御の胆力もさることながら、三人の周囲に薄い膜のように水を張り、風圧を抑える悠霧の術式操作のセンスも中々だった。

「後、二キロで陥落街に入る」

『解りましたワ――ルートの方はこちらで手配させていただきましてヨ』

 病院を出てすぐの事だった。夜斗の携帯端末に幾度となく登録を消したはずのアドレスから着信が届いた。

 普通なら応答か拒否を受信側に委ねられるはずが、強制的に通話画面へと切り替わり、陥落街に鎮座する女王――アゲハの重く甘いねっとりとした、ハチミツのような声が鼓膜を震わせた。

 しかし、声音自体は真剣みを帯びていたので夜斗は意識を傾けた。それが数分前のこと。

「まさかアゲハが、真面目に話すとは思いもしなかった」

 その時の瞬間を振り返り夜斗は、驚きの声でアゲハに返した。

「ワタクシだって、真剣になることくらいありましテ。なにせ、解樹璃音との契約が続いておりますもノ――それに連日ワクタシの根城にちょっかいを出して、あまつさえ、今日――同胞を惨殺して回っていますのヨ。そんな輩をこうして一網打尽に出来るチャンス……見逃すわけないワァ」

 餌を前にした犬と例えると可愛らしいが、夜斗の脳内では食虫植物が連想された。

「そう言っているが一切戦闘音が聞こえないぞ――どこに居るんだ?」

「……そこは乙女の秘密ですわヨ――と、着いたようですわネ」

 はぐらかされたようだが、実際必要ない情報と判断して夜斗は彼女の続きを催促した。

 アゲハから送られたルートは曰く『協力者』によって『掃除』がされた道筋。

「酷いな……」

 空御の引きつった表情が物語る通り、灰色の街にレッドカーペットが敷かれている。

 鉄と肉の焦げた臭いが鼻につくが、一同で夜斗と悠霧はその表情の変化が乏しい。

「術式痕からみると……南条那由か、これは?」

 焼け爛れた死体を視界に捉えた夜斗は淡々と口にした。那由とは違い文字通りの裸眼で見抜いた。

「ここに、那由が?」

「ありえない話ではなかった。スフィアと名乗っているエンジニアの術式と南条那由の術式は似ているとは思っていたが、――この術式形態とオーラの残滓で合点がいった。あいつの本質は冷静や冷徹の冷めたモノではない。それこそ、性格と属性は似通るとはよく言ったものだ。彼女のソレは燃え滾る炎、それも生半可な火を越えた劫火のような――スフィアはあいつだ。間違いなく」

「それなら尚更……」

「空御君――何か来ます、避けてくださいッ」

 今まで術式制御に集中していた悠霧が、何かを感じ取ったようで語気を強めた。

 瞬間。不快な羽音を空にまき散らしながら黒い塊が夜斗達目がけて突進してきた。

 それは一塊ではなく、集合体。羽音の通り虫の群れ。

「きっめぇええええええええええええええええええええええええ」

「いやぁあああああああああああああああああああああああああ」

 空御と悠霧の絶叫が不快音を掻き消し、即座に連携で進行方向を切り替える。

 しかし傍らを通り過ぎたそれは、追随するように後方から迫ってくる。

「ちょ、嘘だろ!?」

「見たことないが術式の匂いがする」

「マジかよ。趣味悪すぎだろ!」

 夜斗が知らない術式は【領域】内に存在しない、もしくは新規の術式ということになる。

「仮にオリジナルにしても酷いチョイスですよね……」

 空御が速度を上げて振り切ろうとするが彼我の距離は開くどころか縮まる一方。まるで、いたぶるか嫌がらせのための追い駆けっこ。

 痺れを切らした空御が、ブレーキを掛けて一八〇度回転し害虫と対面する。即座に、オーラを展開し術式を起動する。

「『Storm――bringer』」

 手の平の空気を押し出すモーションから発せられたスキル。微風が疾風へとそして暴風――黒雲へと届くころには竜巻へと化けていた。塊の中央をくり抜く不可視の龍は、霧散とは言い難く食い破ると例えた方が近い。

「いいですねぇ~~~」

 ねっとりと纏わりつく、しかしアゲハのような妖艶さは微塵も感じられない、例えるなヘドロが最も近く、醜く汚い声音が三人の鼓膜を震わせた。

「あなたが術者か……加えて裏切り者、密告者か」

 淡々とした夜斗は、彼の声に聞き覚えがあった。しかし詳しくではなく、街中で美人を見つけたくらいの認識程度の記憶。更には、業腹かと思えばそうでもなく、事実確認が取れたくらいの感覚。

「まさかウチの講師が……」

「近年アーカイブに名を連ねる術式を組むようになった人ですね。でも年齢的に目立った功績が過去になくて評価も低かったはずです」

「あまりそのいう腐った経歴を羅列されるのは嫌いですねぇ~。せめて大器晩成型と評してもらいたいですよぉ~」

 再度声が聞こえるそれは、騒めく羽音のように張り付く。

 同時に、夜斗達の視界の下方。倒壊しかけのビルの屋上。灰色の中に黒い粒が集合すると、人型を形成する。

「どうもこんばんわぁ~」

 痩せこけた長身に、真っ黒から反転したような青白い素肌、それらを隠す外套を着こんでいる男が現れた。間違いなく

「まさかぁ、あなた方が来訪するとは思いもしませんでしたよぉ。紅ノ木悠霧は兎も角ぅ、更級夜斗の心は折れたと聞いていましたしぃ、鳳空御は軍規の元で動けないはずなんですがぁ」

「ふんッ。そんなの知ったこっちゃねえんだよ」

 視線だけを夜斗と空御に寄越した悠霧。それを合図に、彼女の身体に重力が戻った。降下していく中で悠霧が術式を展開し落下の衝撃を軽減する。

「ユーリ、頼んだぞ!」

「はいッ」

「逃がしま――ッ!?」

 ブーンッと夜斗と空御を追わんとする害虫の群れが、悠霧の遥か上空を過ぎた瞬間だった。

 時が止まったように、蟲の動きが固まった。

「逃がさないのはこっちです」

 夜斗達と居る時には見せない座った眼を男にぶつけていた。


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