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幕間2

夜斗が解析を進めている頃。

八重と九十九を繋ぐ新アクアラインを黒塗りのバンが後ろ二台、前三台の形で走っていた。

芸能人御用達の車両のため気にするほどでもないが、その五台の前後には一台も車が走ってない状況は違和感しかなかった。

だがそれは正確に表すと止められているのだ。タイヤが切り裂かれ、蛇行運転から壁に衝突し、他の車両を巻き込むなど、あらゆる手段で動きを阻害させられている。


「カハハハッ。やっぱ、ちっせぇもん潰すのは楽しいなぁ、おい」


 前方中央を走るバンの助手席に座る男の掠れた声が夜空に木霊した。

ヘアバンドで上げた髪色は目に毒とも思える黄金。目つきも髪のように鋭く尖った三白眼。

 服装はジャラジャラとしたものを好んでいるのか、アクセサリーがひどく目につく。

 一言で言えばバンドマンのような印象を受ける青年の横で、上から下まで真黒な服を着こみ、アクセサリーの類もつけていない男が、ハンドルを握ったまま目線だけを寄越して言葉を返した。


「……オーラの無駄、だろ」


 ボソボソと聞き取りづらいトーンの彼もまた雰囲気や装いは金髪とは違うが、オーラの質はどこか似通っていた。

 後部座席や他の車両の搭乗者も老若男女、一律に統一感がない。しかし、内包するオーラの荒々しさは同じだった。

 理性の蓋で閉じ込めた本能。幾人かは漏れ出しているが、それも慣らし運転やガス抜きしているとも取れる。


「つかよ。車で行く意味あんのかよ?」

「アハハ。そんなのも知らないなんて、脳みそ入ってないんじゃない?」


 今度はキーの高い声が社内に纏わりつくように響く。

 派手な化粧に身なり、それらとアンマッチなツインテール。ぴょこぴょこと穂先を揺らしながら嘲笑う女に対してヘアバンドの男が睨みつける。


「――殺すぞ、あばずれ」

「もっかい言ってみろ、ウニ野郎ッ」

「すこしは黙れないのか……――如何に、あの人の異能で転移ができるとはいっても、九十九市内、九十九学園には強力な結界が敷かれている。下手に突っ込めば――」


 新アクアラインの終わり、車線が広がり料金所へと流れる先。六つのヘッドライトが人影を捉えた。


「止まらず、そのまま轢き殺しちまえ」

「ど~か~ん」


 派手な二人の台詞をよそに黒ずくめはブレーキを目一杯踏んだ。慣性の力が働き、シートベルトを掛けていない男女は、前方に投げられる。


「いってぇッ。てめぇなにしてんだ」

「いったぁ」


 鼻を抑える二人を完全に無視して、運転手は現状を視界に入れつつ数秒前を振り返った。

 人影の口元が微かだが上下し、身体もほんの少しばかり揺らいだ気がしたのだ。

 その瞬間に左右の車両が火柱に飲まれ舞い上がった。もしも自分も直進していたならば餌食になっていただろう、そのくらいの推測は容易かった。


「っておいおい」

「あっれ~、なんかやんばいことになってるじゃん」


 能天気な発言にかぶせるかたちで人影が、その炎の術式とは真逆の冷徹な機械のような声を出した。


「あなた達か、あたしの術式に細工をしたのは?」


 厚い雲の隙間から差した月光が影を振り払い、濃紺の中で燃える朱色が照らし出される。炎髪を飾る目つきはひどく冷たく鋭い。

丈の長いジャケットにダメージの入ったデニムパンツにショートブーツ。学園でみせる南条那由とはかけ離れたイメージでそこに立っていた。

 


ようやく害敵が現状を理解しだした時、那由は心底呆れていた。

ここ数日怪しい集団や人物を調査し接近してみたが、どれも外れか下っ端以下、末端もいいところ。

――これは当たりか?

下がるわでもなく、ましてや謝罪するわけでもない。牙をむく。そんな愚かな行為を選択する理由が、意味が理解できない。

だからこその答えが出てきた。

 全五台あった車両の内、二台は潰した。何人搭乗していたかは知らないが、バンの扉の隙間から血が漏れ出ている。蒸し焼きになっているのは確かだろう。


「おいおい、なんだよ、あのねーちゃん。すげぇつえじゃねぇか」

「なにあいつ、なんか気に入らないんだけど」


 咄嗟に気付き難を逃れた車両から降りてきたのは、全身真っ黒で唯一覗いている相貌は病的なくらい青白い、根暗な雰囲気を醸している青年と、V系、パンク系の装いをした男女。

派手な二人と物静かな一人に続くかたちで残った車両から続々と異能者が出てきた。

 那由は素早く左目で瞬きを二回する。

 微量のオーラが無駄なく、そして悟られる隙もなく消費されると、視界に映る存在の情報が視覚化された。対象のオーラの状態から得意属性と系統を把握していく。

様々なタイプが入り乱れているが、那由は至って冷静だった。

 ――これだけだと……無属性は居ても特化は居なさそうだ。


「もう一度訊く。『星炎』の術式に小細工を仕掛けたのはあなた達か?」

「だったらなんだって――」

「燃えろ」


 機械音声と聞き間違えるくらいに平坦な口調で下した命令。ヴォイスコマンドではなくモーションコマンドで発動された異能は、最低限の動きから最速で展開されていた。

 術式名は『燈柱火葬』。指定地に印を設定し、そこに生物が侵入した瞬間に火柱が発動する遅延術式。

 しかし、那由は相手の足元に設置し直接起動している。

 鬱憤を晴らすため、彼らを煽るため長髪の意味を込めてわざとそうしているのだ。


「こうなる」


 生まれた火柱は二本だった。 

 一つは先の発言者の元。二つ目は那由の死角に居た一人の元からだ。

 一瞬で二人を片付けた那由の実力にその場にいた者達が全員、震えた。

 だが数人はその意味が違った。恐怖や防衛本能からではなく武者震い。強者を食い殺さんとする気概。獣染みたオーラを噴出している。


「これは……。南条那由それともスフィア、どちらで呼べばいい?」


 その中で、さらに異質だったのは黒ずくめだった。オーラを展開しておらず、かつ無防備。それでも隙があるかと言えばそうではなく。冷静なのだ。

 ――リーダー格か?


「交渉?」

「……、いいやこれは情報提供だ。おまえが求めている相手は、五蘊市から降下するように九十九市に入る俺達の仲間の中に居るはずだ」

「ちょあんた、何言ってのよッ」

「っそ」


 相手のやり取りを聞いてから那由は翻り、戦場から降りようとするが……。


「逃がすかよ!」


【付与】系統だろうか。両腕を鋼と化し、鋭利な剣を演舞のように流麗にふるう。 

 他の者とは違い、色濃い獰猛なオーラが滲み出ている。


「ハァ……愚かすぎる。彼我の差すら推し量れないのは、異能者、もっと下、獣ですらない。愚物だ――『千羽赫灼』」


 ヴォイスコマンドを詠み――発動。幾千の燃え盛る針が、男を容易に貫き穿つ。


「――ん、だと……」

「あなた達は遂行すべき事があるんじゃないか?」

「なに、見逃してあげるから絡むなって?」


 女が顔を歪ませて声を静かに荒げるが、那由は完全に無視して、コンコンと二回つま先で地面を鳴らすとグラーデションのかかった炎の翼が背中から伸びた。

 黄色から藍色へと伸びる翼を羽ばたかせ、瞬きすら許す間もなく曇天を貫いてその場から消え失せた。


「くっそ腹たつ……」


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